医学界新聞

対談・座談会

2012.09.24

座談会

がん看護教育の充実をめざして

小松 浩子氏(慶應義塾大学看護医療学部教授)=司会
渡邉 京子氏(都立広尾看護専門学校 教務係)
廣崎 道代氏(都立板橋看護専門学校 教務係)
シュワルツ 史子氏(神奈川県立がんセンター 看護局 看護教育科)


 がんの罹患数・死亡数は現在も増加を続けており,がんはわが国最大の健康課題となっている。今後,看護師が臨床現場でがん患者とかかわる機会はますます増えると考えられるなか,現在の看護基礎教育において実施されているがん看護教育は果たして十分なものと言えるのだろうか。

 本座談会では,がん看護の臨床・教育の現場を知る4氏が,がん看護教育を充実させていく方策について考察した。


豊かな学びを生むがん患者とのかかわり

小松 ちょうど今日,3年生に慢性期看護実習のオリエンテーションを行ってきたところです。看護基礎教育における実習では,必ずと言っていいほど学生たちががん患者さんと接する機会がありますよね。

 がんとともに生きる患者さんと触れ合い,その患者さんの人生について一緒に考えていく。その体験は,未熟な学生たちを一気に大人に成長させる,そう感じるほどに大きな学びが得られると思っています。

渡邉 実習の場で患者さんを受け持ち,あれこれと悩みながら接する体験は非常に価値のあるものです。教員である私自身も学生たちとともに学ぶことが多く,体験の一つひとつが財産となっています。

 最近,私が印象的だったのは,終末期の肝がん患者さんを受け持った学生のエピソードです。腹水が溜まり苦しむ患者さんに対し,学生は「こんなことしかできない」と日々思い悩みながらも腰をさすっていたといいます。

 患者さんが亡くなられた後,患者さんが学生に対して感謝していたことをご家族から伝えられたのですが,当の学生は「自分がすべき援助はもっとあったはずなのに,どうして感謝されるのかがわからない」と。この体験の学びを学生自身が深く理解するには看護経験を積んでいく必要があるのかもしれませんが,患者さんに寄り添うことを実践できた貴重な経験になったのではないかと感じています。

廣崎 「こんなことしかできない」とは逆ですが,本学には「自分は役に立っている」と思っていたところを患者さんに一喝され,「『看護ができている』と奢っていた自分」に気付いたという学生がいました。

 患者さんは,背中の痛みが強くて夜に眠れないせいか,いつもイライラしていて病棟の看護師さんすら戸惑うこともあった終末期にある方。学生は背中をさすることを中心にかかわり,患者さんもそれを喜んでいました。

 でもある日,いつものように背中をさすりながら,「私でよかったら何でもしますから言ってくださいね」と学生が伝えたところ,患者さんからは「黙ってさすっていればいいんだよ!」と言われてしまったようです。学生は,涙を流しながらも,「ショックだったけど,勘違いするなと指摘された気がして勉強になった」と言っていて,いい学びを得たなあと感じています。

渡邉 実習中に「こんなことしかできない」と感じた学生と,「奢っていた」と感じた学生。どちらのケースもそうですが,教員や臨床指導者としては,経験の浅い学生たちの気持ちの揺らぎにどう応えるかを常に考えなければなりませんよね。

シュワルツ そうですね。臨床指導者や教員が学生の経験をどの切り口でとらえ,どの角度から学生に伝えていくのかによって,学生が得られる学びは変わってくるものです。

 私が所属する施設は「がんセンター」という病院の特徴から,すでにがんと診断された患者さんが来院されます。ですから,診断期における患者さんの心の揺れ動きという点を学生に見せることは難しいかもしれません。でも入院時に診断期をどのように過ごされたのかを意識してお話をうかがう機会もありますし,治療選択などこれまでの過程でさまざまな意思決定を経た患者さんやご家族との交流もまた,学生に豊かな学びを与えていると思います。

小松 実習時のがん患者さんやそのご家族との交流は,学生にとってかけがえのない経験です。そこががん看護と触れる初めての体験になるわけですから,そこで得た学びを一場面のものとして終わらせず,経験知として積み重ねていけるように私たち教員はかかわっていかなければなりませんね。

“体系的”に学ぶ機会のないがん看護

小松 わが国でがんによる死亡者数が年々増加する中,がん対策には国をあげての取り組みが進められています。2012年6月8日に閣議決定,公表された第二期の「がん対策推進基本計画」において,化学療法や放射線療法,緩和ケアなどを推進していくために,「患者とその家族に最も近い職種として医療現場での生活支援にもかかわる看護領域については,外来や病棟などでのがん看護体制の更なる強化を図る」と謳われました。がん看護に携わる者としてとてもうれしく,身の引き締まる思いです。

 がん看護体制の強化は,現場の看護師だけでなく,看護教育に携わる教員にも求められていることです。がん看護に対する社会的な要請が高まる今,看護師が担うべき役割を卒前教育の中でも示していく必要があります。

 しかし,今日の看護基礎教育を顧みると,がん看護を効果的に教育できていないのが現状ではないでしょうか。看護基礎教育においてがん看護を体系的に指導し,内容を充実させていくことが求められると考えています。

渡邉 経過別看護科目があった当時の当校のカリキュラムでは,「終末期」を扱う授業の中でがんを取り上げることができていました。たった1コマの講義であったとしても,がん看護に話題を絞って指導する機会になっていたと思います。

 しかし,現状の看護基礎教育では,「がん看護」として体系的に学ぶ機会はなかなかありません。

廣崎 そうですね。がん看護を独立した科目として教授している学校は少なく,成人看護学分野で指導するのが一般的ではないでしょうか。

渡邉 現在のカリキュラムでがんに対する看護を指導するとなると,やはり成人看護学分野がふさわしいのでしょうね。ただ,昔からの流れで,成人看護学分野では,「疾患看護」という枠組みのもとに指導が行われているように感じます。授業で使われるテキストの構成も,がんについては臓器別・疾患別にバラバラと入っている印象です。

小松 私もそのように感じます。

渡邉 個々のがんの病態や症状,治療方法などを理解するという点では,それでも十分でしょう。しかし,心の葛藤や気持ちの移り変わりを含め,患者さんがどのような療養過程を送り,その中でどのような問題に直面するのかといった「がんを総体的にとらえる視点」が養われないのではないでしょうか。

小松 そうですね。臓器によらず,がんの臨床過程の全体像を理解できていないと看護の視野も狭まってしまいかねません。

渡邉 実習の場では,実習科目の視点からのみ患者さんをとらえてしまう学生は多いと感じます。例えば,老年看護学の実習として呼吸器病棟に行くと,肺がんを持つ患者さんに対しても,「老年看護学」に基づく看護を提供しようと考えてしまう。その中に,「がんを持つ患者さん」としてかかわっていこうという発想がないのです。

廣崎 「急性期」「周手術期」の実習でも同様です。特に周手術期では短期入院の患者さんが多く,患者さんとの関係性をつくる前に学生のかかわりが終わってしまう。その影響もあるのかもしれませんが,学生は患者さんの周手術期以降の生活までを想定できず,「周手術期」という一場面だけをとらえた看護でとどまってしまうのが現状です。

 本来ならば,周手術期のケアであろうと,退院後のがん患者さんの療養生活を見据えたかかわりが求められるという点まで気付いてほしいのですが,そう上手くはいきません。

 退院後の患者さんがどのような経過をたどるのかを口頭で説明するのですが,体感していないためか,学生の理解はやはり浅いと感じています。

シュワルツ 治療が中心となる急性期の医療現場では,看護のほとんどを診療の補助が占める状況になりかねません。その中で,「患者さんを全人的に見る」ことを実習の場でどこまで伝えることができるかは難しいところでもあります。各病棟にいる臨床指導者たちの患者を見る視点も問われる部分だと言えます。

「全体像」「つながり」を理解させる実習の工夫

小松 臨床現場で経験を積んだ看護師であれば,療養過程の大きな流れも想定した上で「急性期」「周手術期」などの時期に合わせたケアを実践できるものですが,経験を持たない学生が実習の場でそこまで想定するのはやはり難しいのが現状です。

 一場面ごとに対応するための知識や技術だけでなく,長期的な視点に立った援助ができるよう,教育的な方法を考えていく必要があります。

シュワルツ 当院で受け入れている在宅看護実習は,療養過程の全体像や他職種とのつながりを学生たちが体感する点でうまく機能しているかもしれません。

 在宅看護実習は,近隣の訪問看護ステーションなどを回るほか,院内で過ごす3日間のうち1日が外来,残り2日間は医療相談支援室で実習を行う形で進められます。医療相談支援室にはソーシャルワーカーもいるので,看護師とどのように協働しているのかという点も見られます。また,医療相談支援室や外来の看護師も参加するカンファレンスでは,例えば退院される患者さんが地域で生活する上で,どんなことに困っているのかに触れることができる。具体的には,がん医療がいかに費用のかかるものなのか,在宅医療は患者さんにどのようにかかわるものか,というところまで知ることができるのです。

 そういった経験をすると,周手術期の実習の中でも,入院生活と在宅での生活をつなげて考える意識が根付くのではないでしょうか。学生が患者さんの療養生活の全体像を把握するのに役立っていると感じています。

廣崎 なるほど。がんの医療を俯瞰的に見ることのできる立場の方と交流することが,一場面の看護にとどまらない学びを生むのですね。

小松 臨床現場でさまざまな実習を受け入れている立場の方の意見は,教員にとっては貴重なものです。臨床現場で指導に携わっている方と教員で協働して,教育の在り方を探っていきたいですね。

疫学の知識獲得が患者のQOL向上につながる

小松 今後,がん看護教育のさらなる充実を目的とした際,これまで以上に何を教えていくべきでしょうか。

 私としては,まずがんの疫学とEBMが挙げられると考えています。今日の患者さんたちは治療を選択する上で,自身のがんの部位や進行度を基に,どのような治療手段があるのか,それら治療方法にどれぐらいの効果が見込めるのかなどについて,ステージ別の5年生存率,10年生存率といったまさに疫学やEBMに基づいた判断を行っています。

 そのような中で,患者さんのQOLを高めるためには,患者さんと接する機会の多い看護師もがんの疫学の用語を理解し,データを解釈できる力を身につける必要があるのではないでしょうか。

シュワルツ 私も看護基礎教育の中で疫学的な教育を行うのは大切なことだと思います。例えば,医師による治療内容の説明の場には看護師も同席します。不安や緊張の中で話を聞いていた患者さんは,説明後に曖昧な点や疑問が生じることも多いものです。

 患者さんから再確認されたときに,疫学に基づいた正確な返答を行えることは,治療に臨もうとする患者さんの安心につながるはずです。

 また,臨床現場では,患者さんの症状を検査データと照らし合わせ,その後の経過を予測し,看護実践に移すことが看護師にも求められます。そのときに...

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