医学界新聞

寄稿

2012.09.03

【寄稿】

機器を利用した認知症の生活支援

安田 清(千葉労災病院リハビリ科主任言語聴覚士/京都工芸繊維大学総合プロセーシス研究センター特任教授)


 高齢化社会の進展に伴い,認知症の方も急増していますが,いまだ根本的治療法のめどは立っていません。このような中,筆者はさまざまな情報機器やメモリーエイドを用い,もの忘れ外来にて認知症の方の生活支援を行っています。本稿では,具体的な支援方法の一部を解説します。

多数の情報機器を貸し出し

 当院では,ICレコーダーが30台,さらにパソコン,小型ビデオ機,デジタルフォトフレームなどもそれぞれ5台以上と多数の情報機器を備え,認知症の方へそれらの貸し出しを行っています。機器の貸し出しによる生活支援リハビリを行っているのは,全国でも珍しいのではないでしょうか。

 ソニー製のICレコーダーには,「薬を飲んで」などと録音して時間を設定すると,その時間に自動的に音声が流れる機能を持つものがあります。認知症の方は,当然ながら予定の想起などに障害があるため,この機能を使い,服薬・散歩・日記記入・火元点検を促すといった生活支援を行ってきました。認知症の方自身で操作するのは困難なため,多くの場合は筆者が録音,設定した上で貸与しています。

 パソコンは,主にボランティアとテレビ電話で遠隔会話を行うために利用しており,会話終了3時間後でも,心理的安定が継続していた例を経験しています。小型ビデオ機は,装用して日中の全行動,例えば物を置いた場所や会話内容などを記録するためのものです。実際に全行動の記録や録音に成功した軽度認知障害(MCI)の方もおられました。一部のデジタルフォトフレームは,家族の伝言用動画や歌などが自動再生できるため,この機能を活用し,留守番時の不穏回避などに使いたいと考えています。こうした支援に役立つ市販の機器は,ほかにもたくさんあります。

必要な情報を必要時に提供する“情報支援”の重要性

 15年前,犬の散歩に出るたびに家に戻れなくなっていた認知症の方に,ICレコーダーを渡し「犬の散歩は終わっているから外出は不要です」と音声で知らせるようにしました。その方がレコーダーに向かい,正座して感謝してくれたことが情報支援を始めるきっかけとなりました。

 認知症の中核症状は,記憶障害,つまり必要な情報を貯蔵できない,想起できないことです。例えば失禁に至るのも,トイレの位置情報が貯蔵できないためなのです。したがって,必要な情報を必要なときに速やかに提供すること,すなわち情報支援が大切になります。現況では,認知症への支援は心理・社会的な視点から行われるものが多く,情報支援,あるいは道具的対処という発想はまだ乏しいように感じます。しかし筆者は,視力や聴力が低下したらメガネや補聴器を使うように,記憶力が悪くなったら,情報機器を使うべきだと考えています。

 現在,ハイテクな支援システムの開発を,いくつかの工学系の大学と共同して行っています。会話の機会の減少による妄想の発現等を防ぐため,パソコンの画面上に現れるキャラクターと話せるシステムや,テレビ電話によるスケジュール通知,写真を共有しつつ会話できるシステム,トイレ手順支援,置き忘れ探索なども研究中です。

 もちろん“ハイテク”な情報機器だけではなく,“ローテク”なメモリエイドも支援には必須のため,認知症の方向けの日記帳,各種カレンダー,日課表(写真1)なども発案してきました1)。中でも数年前,市販が実現した「記憶サポート帳」(エスコアール社,写真2)は,予定・食事・薬などを書く欄が決まっているもので,何人もの認知症の方から「これがないと生きていけない」という声が届いています。思いついたことを忘れる前に,即座にメモの記入や参照ができる“服着”メモ帳の開発も5年前から始め,完成が間近になりました。

写真1(左) チェック式日課表(中等度認知症向け)
写真2(右) 記憶サポート帳(軽度認知症向け)

認知症になっても困らないような準備を

 MCIやもの忘れが軽度の方には,「もの忘れがある方の日常生活対処法一覧」1)を活用しています。また,毎月開催している,もの忘れがある方が集まる懇談会での話し合いから発案した「もの忘れ対処法冊子」2)も参考にしていただけると思います。

 不確かな認知症予防説も多い中,認知症になっても困らないよう,健常のうちから準備することが大事です。

 最後に,現在考えている最新のアイディアをご紹介します。有用な機械でも,しばしば認知症の方はそれらを持ち忘れたり,着用を拒否します。そこで,情報機器を飼い犬に登載し,認知症の方を追従させて情報を出せないかと検討中です(写真33)。「ICT機器を搭載した認知症補助犬」と題してこの8月,国内(HIS第89回研究会)および国際学会(ICHS2012)で発表しました。これから,実現策を練っていきます。

写真3 カメラ用の帽子と小型パソコン用の胴衣を着た犬

参考URL
1)筆者HP
2)「もの忘れ懇談会」ブログ
3)http://hojoken.grupo.jp/

参考文献
安田清.連載 もの忘れを補うモノたち:簡単な道具と機器による認知症・記憶障害の方への生活支援.訪問看護と介護.2007-08;12(5)-13(4)


安田清氏
1978年立命館大文学部卒。83年国立身体障害者リハビリテーションセンター学院卒業後,千葉労災病院に勤務。2003年よりATR情報メディア研究所客員研究員。ローテクなメモリーエイドの開発やハイテクの活用による記憶・認知障害者への生活支援を行っている。