医学界新聞

寄稿 本田 宜久

2012.08.20 週刊医学界新聞(通常号):第2990号より

 2008年に4億円以上の赤字を累積し,経営困難となった病床96床,築40年超の老朽化した飯塚市立頴田病院。研修医教育では一定の評価を得ている飯塚病院を傘下に持つ麻生グループが,同年4月飯塚市より医療法人博愛会として頴田病院の経営を委譲され,再建に挑戦した。3年目に黒字決算となり,市との約束であった病院の建て替えを果たすことができ,新病棟は本年5月に稼働開始した。

 本稿では,病院再建により医療崩壊を阻止できたポイントと新病院の家庭医療センターの特徴を紹介したい。

 経営再建にあたっては,麻生グループがセメント会社で培ったコスト削減ノウハウの貢献も大きいが,医師確保という点では家庭医療プログラム研修施設になれたことが大きなメリットとなった。いわゆる「寝たきり老人の療養病院」というイメージだった地方中小病院に新たな魅力を創造することができたのだ。すなわち,外来のみならず,病棟でのケアやリハビリテーションに家庭医療の力を発揮できたのである。具体的な魅力は以下のようなモデルケースでご理解いただけると思う。

 「肺がんの終末期の男性の外来診療を引き受けて間もなく,自宅で転倒し腰椎圧迫骨折で頴田病院に一時的に入院。疼痛コントロールとリハビリテーションを行い退院調整するなかで,妻の認知症と息子のお嫁さんのうつ病を発見。お孫さんの予防接種の放置も懸念される状況であった。家庭医が主治医として対応。退院のために解決すべき諸問題を俯瞰し,病院のスタッフと共に取り組んだ。複数の病院または診療科を受診する必要がなくなったことは,通院等の家族の負担軽減にも非常に有用であった」

 通常の療養病院であれば家族の諸問題までは見えず,亡くなるまで入院し続けるケースも少なくないだろう。外来での疾病予防からレスパイトを含めた入院診療,退院後の往診まで引き受ける病院機能を構築できたことで,より包括的に,より継続的に医療とケアを提供するcommunity hospitalとしての魅力を,中小病院に創り出すことに成功したのである。

 なお,併設した透析センターも地域の透析患者受け入れと当院の収益改善の力となった。収益のみならず,特に腎臓内科医と家庭医が連携したリハビリテーション入院や終末期への対応は,患者のQOL向上に役立っている。

 頴田病院は飯塚病院から車で15分ほどの距離にあり,飯塚病院とピッツバーグ大学メディカルセンター(UPMC)との提携によって定期的に来訪する米国家庭医からの指導は,当プログラムの研修教育のキモである。加えて当院では教育のみならず,新病院の家庭医療センターのデザインについても助言を受け,米国式を日本向けにアレンジすることができた。

 設計当初のデザインが図1である。日本の外来によくあるデザインで,裏動線を用意し,慌ただしいスタッフの動きが見えない配慮をした。このデザインを当時UPMC家庭医療部門のexecutive administratorであったTerry Jones氏に見せたところ,「30年くらい前のものに見える」と言われたことから,デザインの見直しが始まった。

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図1 頴田病院家庭医療センターの当初の設計図(1階平面図の一部を抜粋)

 まず,Jones氏が頴田病院の外来を見学した。その際の第一印象は「医師がクモの巣の真ん中にいて,次から次へと患者という餌を食べているようだ」ということだった。聞くと,UPMCでは医師が次から次へと診察室を渡り歩き,患者が先に診察室で待っているということ。そこで,「実際を見せていただこう」と,ピッツバーグに見学に飛んだ。家庭医療センターのひとつは,6つの診察室を2人の家庭医が看護師と共に使うというシンプルなデザインで,1人の医師に複数の診察室が必要な理由は以下のようなものだった。

 「初めに看護師が患者に問診を行う。自院や他院の処方薬内服の状況を確かめ,医師に聞きたい内容等を確認する。また,糖尿病で診察を受ける場合,足の診察が必要ならあらかじめ靴と靴下を脱いで診察できる状況をセッティングしておく。検査データや画像データ等も一覧できるようにしておくことで,医師の診察までにかかる無駄を省いている。医師が患者の診察を終えるころには,次の患者診察の事前準備が別の診察室で整っており,医師が移動して対応する。あなた方医師は最も高価な資源であり,最も時間を有効に使わなくてはならない職種である」

 このようなコンセプトを日本で可能にするために考えたデザインが図2で,図1とはまったく違う。このデザインの一番の特徴は裏動線がないことである。また,米国のそれとも異なるものであり,われわれがピッツバーグで見学した家庭医療センターとの大きな違いは,廊下がより広く,中待ち合いも広く用意したことである。高齢化した当地域では車いすでの受診も多いこと,また日本の外来の混雑を配慮した結果である。さらには,病院内家庭医療センターにおいて,超音波検査や頭部CT,マンモグラフィーなど多くの検査を1か所で行うことができる施設となったことも米国家庭医療センターとの大きな違いである。

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図2 デザイン変更後の家庭医療センター1階平面図
図1のような医師・スタッフ用の裏導線を設けていない。患者の待つ診察室で看護師が先に問診を済ませ,医師は診察室を渡り歩く。また,中待ち合い(診察室前の待合室)を広くして検査設備を1か所に固めることで,移動が困難な高齢者や車いす患者にも配慮した。

 看護師が医師よりも先に問診することは,看護師の出番と役割を増やした。服薬状況や最近の情報の整理を看護師に事前に行ってもらうだけでも,医師は医師にしかできない仕事に時間を割くことができる。患者は医師より看護師のほうに正直に伝えやすかったり,聞き忘れ,聞きそびれが防止できる側面もあるようだ。

 新しいデザインは,医師のフォロワーでなく,むしろマネジャーとしての役割を外来看護師が担うことを要求し始めた。内服状況の確認だけでも,「外来患者の家族背景や疾患のより深い理解」が看護師には必要になった。将来的に私が看護師に期待している業務はほかにも,外来看護サマリーの作成,糖尿病フットケア,悪性腫瘍スクリーニングや予防接種状況の確認,糖尿病等の定期採血忘れのダブルチェックなどがある。家庭医と協同して働くプライマリ・ケア・ナーシングの確立をめざしている。

 日本の外来患者数は米国の2-3倍はあるだろう。外来看護師の仕事をその資格にふさわしいものにすることによって,日本の忙しい外来においても,診療の質をより向上させる体制を整えることが私の夢である。そして,このような外来看護師の働き方を,将来開業医となるだろう家庭医療研修医たちに提示し,超多忙な外来を独立後に改善する際の参考にしてほしいのである。

 不思議なことである。家庭医療研修のために米国の家庭医療センターのデザインを取り入れたのだが,本質的には看護師の仕事のイノベーションにつながっていた。医師は数年で医療機関を移ることも多い。家庭医療センターで働く看護師が,継続的で包括的な視点での外来看護を実践し,医師と協同で家庭医療を実践できるデザインになったことがとても嬉しい。

医療法人博愛会 頴田病院 病院長

1999年長崎大医学部卒。飯塚病院の研修医・呼吸器内科医を経て2008年より現職。

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