医学界新聞

寄稿

2012.08.20

【寄稿】

10分でわかる!
現代的重症患者診療

讃井 將満(東京慈恵会医科大学麻酔科・集中治療部)


 読者の皆さんの中で,急性呼吸促迫症候群(ARDS),敗血症性ショック,急性腎傷害などの病態が好きでたまらないという方は少数派であろう。本稿は,急性重症患者診療が苦手という方のために,集中治療の最新の知識を一気に理解していただくことを意図している。約10分,お付き合いいただければ幸いである。

◆鎮痛・鎮静

 この10年で大きく変わった分野の一つが鎮痛・鎮静である。スケールを用いて目標鎮静レベルを設定し1),鎮痛を十分に行いながら2),一日一回鎮静の中断を行い,患者をできるだけ覚醒させ3),早期にリハビリテーションを開始する4)スタイルが主流となった。

 そこには,(1)せん妄は単にICUという環境が原因でなく,多臓器不全の一部として発症する急性脳障害の一徴候であり,それ自身が長期予後の悪化と関連すること5),(2)ベンゾジアゼピンによる深い鎮静が,長期の認知機能・精神機能予後や生活の質に影響すること6),(3)深い鎮静を避けることにより,人工呼吸器時間・ICU滞在日数が短縮し,せん妄が予防できる臨床データが示されたこと,などの背景がある2,3,7)

 現在では,鎮静ばかりでなくICUにおけるすべての診療行為において,"長期予後"という視点が必要である8)

◆呼吸

 ARDSは,人工呼吸そのものによってさらに増悪するので(ventilator-induced lung injury;VILI),それを防ぐための呼吸管理法を確立することが最重要課題であった9)。2000年以後,複数の大規模研究を経て,(1)6 mL/kg(予測体重)の小さい一回換気量10),(2)肺傷害や重力の影響で虚脱した肺胞を開通させ,できるだけ多く換気に動員(リクルートメント)9)するための十分高いPEEP(オープンラング戦略)11-13),(3)VILIを防ぐための高濃度酸素の回避14),を目標とした人工呼吸法が確立された。

 以上の換気法で救命できない重症のARDS患者に対して,気道圧開放換気(APRV)15)や高頻度振動換気(HFOV)16),体外式膜型人工肺(ECMO)17,18),腹臥位療法19),一酸化窒素吸入20)などが緊急避難的に行われてきたが,死亡率を改善する明らかなデータは示されていない。しかし近年,ECMOがH1N1インフルエンザ肺炎によるARDSの救命手段になるとして注目を集めた17)。さらに,ECMO専門施設を中核として地域でARDS患者を診療する体制が有効であるとするデータも提示されている18)

 意外かもしれないが,人工呼吸管理の中で最も強い根拠を持つのが,自発呼吸トライアル(spontaneous breathing trial;SBT)である。すでに1990年代に,同期式間欠的強制換気(SIMV)や圧支持換気(PSV)で徐々にサポートを下げる(ウィーニングする)よりも,一日一回,一気にTピースや持続的気道陽圧(CPAP)に変更して30分から2時間,離脱の可能性を試験(SBT)したほうが,人工呼吸器時間が短くなることが示された21)。近年では,一日一回鎮静の中断に続いてSBTで離脱を図ると,急性期ばかりでなく1年後の生存率が改善するという驚くべきデータも公表された7)

 ARDSでは,血行動態がいったん安定すれば,水分バランスをドライに管理することも重要である22)。これは,重症患者の救命のためには,(1)臓器特異的(ex.呼吸器)な管理,(2)原疾患(ex. 感染症)の制圧のほかに,(3)全身管理の最適化が必須であることの一例である。

◆循環

 まず,世界の敗血症診療の標準的ガイドラインである『surviving sepsis campaign guideline(SSCG)2008』23)の中核をなす,敗血症性ショックの初期循環蘇生について理解しておく必要がある。これは早期目標志向型治療(early goal directed therapy;EGDT)24)と呼ばれ,輸液,輸血,循環作動薬を駆使して,平均動脈圧≧65 mmHg,中心静脈圧8-12 mmHg,尿量≧0.5 mL/kg/時,正常乳酸値などの目標値を6時間以内に達成しようとする循環蘇生法である。この方法の妥当性については依然として議論が絶えないが25),直感的でわかりやすいため広く普及している。

 その他に近年の主な研究成果を挙げるとすれば,(1)蘇生輸液の種類は,アルブミンやスターチなどの膠質液は晶質液に比べて優位な点は原則としてなく,むしろ膠質液が有害である患者群が存在すること26,27),(2)ノルアドレナリンに不応性の敗血症性ショックにバゾプレッシンの併用を考慮してもよいこと28),(3)ショックの種類にかかわらず,血管収縮薬の第一選択はドパミンよりもノルアドレナリンが妥当であること29),(4)周術期心血管イベント予防におけるβ遮断薬やスタチンに関して,使用すべき患者群および使用法がより明確になったこと30,31)であろう。

◆腎・泌尿器

 この分野の主な研究の成果は,(1)低用量ドパミンに腎保護作用はなく,むしろ有害である可能性が高いこと32),(2)本邦で承認されているヒトA型ナトリウム利尿ペプチド(カルペリチド)は,その汎用に足る根拠が依然として不足すること33),(3)血行動態が不安定な患者では,間欠透析よりも持続腎代替療法(continuous renal replacement therapy;CRRT)が推奨されるが,それ以外の症例に対するCRRTの利点は認められないこと34),(4)高用量(≧35 mL/kg/時)の血液濾過の有効性が否定され,世界の腎代替療法の標準用量は20 mL/kg/時に落ち着いたこと35,36)(本邦の保険適応量は15 mL/kg/時程度であり,このような低用量が患者予後に与える影響は依然として不明),が明らかになった点だ。

◆消化器・栄養

 (1)各種の栄養ガイドラインでICU入室早期(48時間以内)の経管栄養開始が推奨されていること37,38),(2)経静脈栄養の併用により早期から目標エネルギー量をめざすことは弊害が多いので,極端な低栄養患者以外,最初の1週間は経静脈栄養を行うべきでないこと39),(3)同様に,ARDS患者に経管栄養で早期から目標エネルギー量を投与しても利点がなく,最初の1週間は最低限のエネルギー量でよいこと40),(4) ARDS患者で期待された免疫強化栄養にも臨床的に有意な利点がないことが,この分野で近年明らかになった41)

◆内分泌・代謝

 2001年,van den Bergheらが,外科ICU患者でインスリンを積極的に用いて血糖値を80-110 mg/dLに調節する厳格血糖管理により,死亡率が改善するという衝撃的な単施設RCT結果を発表した42)。しかし,2008年以降の3つの大規模RCTによって,この厳格血糖管理は低血糖発作を増やすだけで利点がないことが示された43-45)。現在では,180 mg/dL程度以下の管理で十分とされるようになった45)

 ARDSに対するステロイド投与については,古くから研究者の注目の的であるが,時期にかかわらず,どのような種類・量を使用しても臨床的に有意な効果はないと考えるのが現在の標準的な考え方である46)。特に発症から14日以上経過した後期の症例については有害である可能性が高い47)。一方,敗血症では,血管収縮薬に不応性のショック症例で,ストレス補充量のヒドロコルチゾンの投与を考慮してもよい48)

◆感染

 この分野で重要な点は,(1)敗血症の認知後,できるだけ早期に感受性のある抗菌薬を投与し,感染源を制御すること23),(2)敗血症に対するガンマグロブリンの本邦の保険適応量は諸外国のそれよりも圧倒的に少なく,死亡率の改善などの臨床的に意義深い効果が証明されていないこと49),(3)本邦で広く行われているエンドトキシン吸着療法について,イタリアで行われたRCT50)後,現在も世界で2つの多施設RCTが進行中であり51),その結果が期待されること,(4)人工呼吸器関連肺炎,カテーテル関連血流感染などに対する感染予防策,耐性菌対策がますます重要性を増していること52-55),などであろう。

◆血液・凝固

 本分野では,(1)深部静脈血栓症・肺塞栓症をガイドラインに基づき,積極的に予防を行うべきであること56-58),(2)赤血球輸血の妥当なヘモグロビンの閾値は,進行性の出血がないICU患者では7 g/dL59),心疾患のある周術期患者や心臓外科患者では8 g/dLであるが60,61),急性の心筋虚血患者に関しては未確定であること62),(3)敗血症における生命予後を改善する抗凝固療法薬として,欧米で初めて承認されたリコンビナント活性化プロテインC(APC)が多数の追試の後に有効性が否定され,市場から撤退したこと63),(4)本邦でAPCは未承認であるが,同族のリコンビナント・トロンボモジュリンが承認されており,現在北米で第三相臨床試験が計画中であること64),などが挙げられる。

文献
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讃井 將満氏
1993年旭川医大卒。飯塚病院,新東京病院で研修後,99年より米国マイアミで麻酔・集中治療の臨床研修を行う。2005年帰国後,自治医大さいたま医療センターでクローズドICUを創始。10年より現職。JSEPTIC(日本集中治療教育研究会)理事。『INTESIVIST』誌編集委員を務める。