医学界新聞

2012.08.06

Medical Library 書評・新刊案内


質的統合法入門
考え方と手順

山浦 晴男 著

《評 者》丸山 晋(ルーテル学院大学総合人間学部教授)

メイド・イン・ジャパンの質的研究法

 評者にとって待望の書である。またこの内容で一書をものすることができるのはこの著者をおいてほかにないのではないかと考えている。

 近年注目されている質的研究の歴史は,実は学問研究の歴史とともにあると思う。評者は長らく自然科学の分野に身を置いてきたせいか,これまで数量的研究を目にすることが圧倒的に多かった。分析的な学問研究で数量的研究が盛んなのは,確かにもっともなことだ。しかし,しかしである。質的研究はそれに劣らず重要なのではないかとずっと考えてきた。それは「総合の学」のための方法論であり,臨床を一つの「野外」としてみる考え方である。評者はかつてこの視点を川喜田二郎から教わり,目からうろこが落ちる経験をした。

 川喜田二郎は,評者が長らく関心を抱いてきた今西錦司学派の一人で,地理学者にして文化人類学者である。彼は「野外科学」という学問研究のあり方を提唱し,その方法論として「KJ法」を提示した。本書のタイトルである質的統合法は,KJ法と別名ではあるがほとんど同じものであると感じる。著者は長らく川喜田研究所の所員として,川喜田二郎の片腕として,KJ法の開発と教育研修に従事してきた。また川喜田の著書『KJ法――混沌をして語らしめる』(中央公論社,1986年)を読めばところどころに著者の名が出てくる。また著者は,地域開発や看護研究(指導)にこの方法を十二分に活用して来た実践歴がある。この本にふさわしい著者はほかにはないといったわけはここにある。

 本書は,第1章:質的研究の特徴と意義,第2章:質的統合法によるデータ統合の進め方,第3章:質的統合法を用いた質的研究の展開,第4章:質的統合法のIT化という構成になっている。

 第1章はいわば総論である。川喜田の理論をかみ砕いて説明した著者の記述はわかりやすく,独自性があり,とてもフレッシュに感じた。第2章は技法そのものである。しかし単なる技法解説ではなく,著者の研修体験からにじみ出たノウハウが詰まっている。研修でいかにKJ法をうまく伝えるかということに苦慮した経験や,看護研究のスーパーバイザーとしての経験が形になったものといえよう。第3章は,本書の一番重要な部分である。第2章で説明した技法を質的研究の文脈に当てはめ,研究テーマの設定から論文執筆までのプロセスを概説している。この部分は著者のオリジナリティの部分であるし,師匠の川喜田を超えている部分と評することができよう。第4章は質的統合法のIT化で,プレゼンテーションの方式に触れている。いってみれば実践の学の方法論として知の探究のプロセスが述べられている。読者は,本書を読むことにより,自分でも「質的研究」ができそうだという気がするに違いない。事ほどさように,至れり尽くせりの書なのである。

 精神科リハビリテーション学を研究する評者の周辺には「質的研究」というとすぐに「グラウンデッド・セオリー」を連想する人が多く,まるでグラウンデッド・セオリーが質的研究の代名詞のように扱われている。しかし,「日本発」の質的研究法を紹介した本書は,そんな風潮に一矢を報いた書であるといえよう。

B5・頁160 定価2,940円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01505-9


放射線医学イントロダクション
縦横無尽の入門講義

竹川 鉦一,田中 良明 著

《評 者》山田 章吾(杜の都産業保健会理事長/東北大名誉教授・放射線腫瘍学)

放射線医学の入門として最適な教科書

 本書の特徴は,診断と治療のベテラン名誉教授二人によって執筆されている点,また入門に特化したわかりやすいコア・レクチャーである点にある。

 医学の進歩は急速である。特に医療機器に頼る放射線医学はコンピュータの出現以来,診断においてはCT,MRIやPETなど,また治療においては定位放射線治療や強度変調放射線治療(IMRT)など,日々進化している。進歩に乗り遅れず,さらに先を行くには学問は細分化されざるを得ない。放射線医学においても診断,治療,核医学,さらにIVRに分かれ,またそれぞれの領域で臓器別に細分化されている。

 教育においてもこの傾向は顕著で,単純写真や造影検査の時代には系統講義と称して教授一人が時にユーモアや人生観などを混ぜて講義をしていたものであるが,情報量が桁違いに多い現代においてはその余裕はない。ほとんどの講義は,准教授,講師など多くの教員総がかりで行われているのが現状で,こうした変化は教科書にも及び,放射線医学全般にわたる教科書ともなると執筆者は数十人を超えるのが普通である。多くの専門家による教科書は各専門家から深く詳細な知識を得られるという利点がある反面,何が大事で何が重要でないかがわかりにくいといった欠点もある。各専門家にとってはあれも大切これも大切であり,また,いろいろな読者がいるので知識を切り捨てることができないためである。専門的教科書はこれでよいが,入門的教科書には別な形があってよいと思う。

 本書は放射線診断学を専門とする竹川鉦一名誉教授と放射線腫瘍学を専門とする田中良明名誉教授の二人で執筆されている。二人とも私どもの大先輩で,現在も臨床で活躍されている。本書は,その豊富な経験を生かし放射線医学の入門者にとって特に必要な核心のみを残し,それこそ他をバッサ,バッサと切り捨て,さらに各専門領域に“縦横無尽”に立ち入って必要な知識を記憶に残りやすく解説した大変ユニークな入門的教科書である。

 増加し続ける医学知識をすべて学生に講義しても記憶に残るのはわずかである。むしろ講義では核心に絞り,応用力を身につけさせることのほうが大切だとして医学教育にコア・カリキュラムが導入された。しかし,講義時間を短縮してコアのみのわかりやすい講義を,とお願いしても,結局以前と同量の講義を早口で行っている講師も多い。講師も学生も,切り捨てられる知識,伝えられない知識があることが不安なのである。しかし,すべての情報を記憶するのは不可能であり,またいずれは各々の診療科の,さらに細分化された専門家として診療に当たることを考慮すると,専門領域以外は本当に核心のみ長期間記憶していればよいのではないかと考えられる。

 最初の画像診断やがん治療における治療の選択は,患者さんにとって決定的な意味を持つ場合が多い。その点本書は,放射線医学のコア・レクチャーとして,緊急時において忘れてはならない画像診断のサインや,がん治療において放射線治療の役割を患者さんに説明できる知識などを豊富なX線写真やイラストを用いて平易に解説している。さらに,福島第一原子力発電所の事故を受けて特に関心が高まっている医療被曝に対しても適切に解説されている。

 これから放射線医学を志す人や医学生,また当直など専門家に相談する前に放射線診断を余儀なくされる研修医など多くの医療関係者に,本書は放射線医学の入門書として最適と推薦できる。

B5・頁276 定価3,780円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01381-9


《標準臨床検査学》
生理検査学・画像検査学

矢冨 裕,横田 浩充 シリーズ監修
谷口 信行 編

《評 者》齋藤 憲(徳大大学院教授・生体機能解析学)

『生理検査学・画像検査学』において必読書となる一冊

 本書は臨床検査技師をめざす学生向けに書かれた教科書「標準臨床検査学シリーズ」の改訂第1弾であり,『生理検査学・画像検査学』で学習する広範な生理系検査学領域の内容が「臨床検査技師国家試験出題基準(平成23度版)」に基づき,系統的に要領よくまとめられている。

 今回の改訂では,各章の始めに「学習のポイント」,各項の始めに「本項を理解するためのキーワード」が箇条書きにされており,「サイドメモ」も利用して本文中の専門用語の平易な解説を行うなど,多岐にわたる『生理検査学・画像検査学』の検査内容が無理なく学習できるような工夫が随所にみられている。また,より鮮明となった多色刷り印刷(2色刷り,一部カラー印刷)の効果も加わり,前版に比べて非常に読みやすくなったというのが本書を一読したときの第一印象である。

 しかし,今回の改訂で最も注目すべきところは,単なる書式の変更や図表の配置の工夫ではなく,生理検査の現状を見据えた本書の大胆な内容の改訂や更新にある。従来の教科書は,国家試験などに対する配慮からか,基礎的・基本的な記述が多く,臨地実習などに携帯しても,現場であらためて教科書を開く機会はあまりなかった。本書は,現場で直接検査に携わる人たちに執筆を依頼し,検査技術の取得や個々の検査の臨床的意義について考えることができるように配慮されているのが特徴である。例えば,心臓超音波検査法に関する記述は,従来の形態診断学的な内容から,ドプラ法を利用した心機能の評価まで多岐にわたり,改訂版全体のページ数が10ページ以上も減っているにもかかわらず,その内容が3倍余りに充実している。

 さらに,私の専門とする循環器系機能検査の領域では,脈波伝播速度(PWV : pulse wave velocity)や足関節上腕血圧比(ABPI : ankle brachial pressure index),血管内皮機能検査(FMD : flow mediated dilatation)などの動脈硬化外来で行われているアンチエイジング検査やホルター心電図検査の項目が,また呼吸機能検査領域では睡眠時無呼吸症候群の診断を目的とした終夜睡眠ポリグラフィー(PSG : polysomnography)検査などの項目が新たに追加されており,日々進歩する新しい生理検査の担い手をめざす臨床検査技師の養成に重点を置いた「標準臨床検査学シリーズ」の出版に対する監修・編集者の方々の熱い思いがはっきりと伝わってくる。

 本書は従来の教科書と比較すると少し高度でより臨床的な内容も含まれており,臨床検査技師国家試験合格をめざす学生のみならず,研究マインドを持って大学院進学をめざす学生の育成をも視野に入れた『生理検査学・画像検査学』の必読書といえる。

B5・頁328 定価4,830円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01418-2


ワシントンマニュアル 外来編
The Washington Manual of Outpatient Internal Medicine

Thomas M. De Fer,Meredith A. Brisco,Rashmi S. Mullur 編
清水 郁夫,金児 泰明,降旗 兼行 監訳

《評 者》寺澤 秀一(福井大教授・地域医療推進講座)

使い始めたら手放せなくなった外来指南本

 この本を手に取って拾い読みし始めたとき,筆者が内科研修医のころ,外来診療を開始したときのことがよみがえった。当時,このような外来診療用の本も手元になかったし,卒後一年目は入院診療の研修しかしていなかったので,卒後二年目にいきなり指導者なしの内科外来はとてもつらかった。外来診療は入院診療と異なり,ゆっくり調べる時間はなく,文字通り即決しなくてはならないので,本当は入院診療よりも外来診療のほうが難しいのである。ほとんどの施設の初期研修は入院診療研修だけで終わっている。そして,ほとんどの医師は,昔も今も,いきなり出たとこ勝負で,指導者なしの外来診療を始めるのである。このためにわが国には外来診療のスタンダードが発生しなかったし,今後も苦戦が続くであろう。

 筆者は現在,月曜日(隔週)と木曜日に大学病院,火曜日に社会保険高浜病院,水曜日に高浜和田診療所で,研修医の先生や医学生に手伝ってもらって診療したり,彼らの診療の傍らに付いて診療中や診療直後に指導したりしている。この書評を書くために,この本が届いてから,これらのすべての外来にこの本を持参して,研修医の先生や医学生に「今の患者さんに関しての疑問点,すなわち……を調べてみてください」と言って,この本を渡してみた。彼らから数分以内に疑問の回答になるページを開いて見せてもらえた。やはり使える本である。以来,この本が手放せないでいる(笑)。

 日本人が書くこの手の本との決定的な違いは,一冊の本に網羅された幅の広さと,ほどほどの深さである。慢性疾患や悪性腫瘍のスクリーニングはもちろんだが,難しい患者との関係構築の姿勢,外科手術前の評価,泌尿器科,婦人科,耳鼻咽喉科,眼科,精神科,皮膚科,成人の予防接種,海外旅行者へのワクチン,禁煙指導,アルコール乱用患者の外来対応まで記載されている。また,重要な点は太字で記載されていて,忙しい外来で見つけやすいし,拾い読みもしやすく工夫されている。研修医の先生の一人からは「紙質が書き込みしやすいので好きだ」という感想もいただいた。

 現在,第一線で開業しておられる先生方,これから診療所総合医や病院総合医をめざして働かれる医師,そして,そういう医師を育てる指導医や施設の外来デスクに必須の一冊になるはずである。忙しい日常診療の合間に翻訳された長野赤十字病院の先生方の努力に,心から敬意を表したい。

A5変型・頁1136 定価8,820円(税5%込)MEDSI
http://www.medsi.co.jp/

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