医学界新聞

2012.07.30

Medical Library 書評・新刊案内


《標準作業療法学 専門分野》
基礎作業学 第2版

矢谷 令子 シリーズ監修
小林 夏子,福田 恵美子 編

《評 者》鈴木 由美(公立置賜総合病院リハビリテーション部/作業療法士)

学問として成熟した作業分析を学べる幸福

 何年か前の話である。ある学会で顔見知りの方(作業療法士ではない職種)と会った。

 「鈴木さん,うちのスタッフの発表を聞いてやってよ。患者さんに『お茶入れ』させて治療しているんだよ」。その方はちょっと自慢気に言った。作業療法士ではないのに作業を用いて治療をしている……というのが,その発表のトピックらしかった。言われるがままに私はその発表を聞きに行った。発表は惨憺たるものだった。高次脳機能に障がいを持つ方へのアプローチだったが,「お茶入れ」という作業と対象者の状態が適合していない。「お茶入れ」をする対象者の戸惑った顔だけがビデオで映し出されていた。このような発表は作業療法士の発表では見たことがなかった。

 「先生,なぜ,『お茶入れ』を選んだんですか?」私を誘った方に尋ねた。

 「『お茶入れ』の分析をした文献を見付けたんだよ」その方は非常に誇らしげだった。しかし,次に私の口をついて出た言葉は「でも,先生。作業に患者さんを合わせようとしちゃだめですよ。患者さんに作業を合わせないと」だった。

 作業療法士は対象者の治療に作業を用いる。その根底には,作業を取り扱うための知識を確かに持ち合わせている……ということを,明確に感じた出来事だった。

 では,作業を取り扱う知識はどうしたら得られるのか。世界中のどこにでも作業は存在している。この作業のどれか一つを対象者の治療に用いようとする場合,作業療法士は作業を分析しその特性を知るところから始める。作業の内容によっては複雑な工程にはなるが,作業療法士が対象者に合う作業を選択するということは,少なからずこの工程を実施していることになる。そこで必要なのが作業を分析する視点であり,この作業療法士が最低限持つべき視点を記述しているのが本書だといえる。

 私が学生だったころは,作業療法の教科書も乏しく,作業分析は恩師の手書きのプリントで学んだ。今にして思えば,恩師の臨床経験から得られた知見がそこにあった。あれから30年が過ぎようとしている現在,本書を読んで,あの時の作業分析が「基礎作業学」という学問として成熟してきたことを,あらためて知ることができる。

 本書の構成は非常に丁寧で,編集に携わった方々の気遣いをいたるところに読み取ることができた。用語の解説または歴史的背景の記述は,原点を明確に伝えようとする著者らの意向を強く感じる。本書の中で特に注目すべきなのは,やはり第2章の作業療法士が打ち立てた「感覚統合理論」と「作業遂行分析の理論」に基づいた分析の方法が記述されていることだと思う。この2つの理論は,専門外の領域の者にとっては知りたくてもなかなか手が出せないところにあるが,作業分析の方法というのはその理論の根幹である。本書でそこに触れることは,その後に続く専門課程への導入にもなる。第3章の「分野別作業の適応」では,迷える作業療法学生や発展途上中の若い作業療法士に多くのヒントを与えてくれると感じた。

 作業を取り扱うための知識は簡単には得られない。巻末資料のワーキングシートを見ると,学習課題がいっぱい詰まっている。しかし,本書を熟読していくと,長年作業療法士をやってきた私でも,今度は学問として「基礎作業学」を学びたいと痛切に思えるのである。

B5・頁216 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01492-2


《標準臨床検査学》
病理学・病理検査学

矢冨 裕,横田 浩充 シリーズ監修
仁木 利郎,福嶋 敬宜 編

《評 者》坂本 穆彦(大森赤十字病院顧問)

「標準」の名を冠するにふさわしい臨床検査技師養成のための教科書

 臨床検査技師資格の取得を目指す臨床検査技師養成コースの学生向け教科書は,医学書院からはこれまでに時代の要請に合わせていくつかのシリーズが編纂されてきた。このたび,1997年からのシリーズ「臨床検査技術学」が全面的に刷新され,新たなシリーズとして「標準臨床検査学」がスタートした。本書『病理学・病理検査学』はその一翼を担って刊行されたものである。

 本書の構成は大きく2つに分かれている。すなわち,前半に病理学そのものの解説があり,後半では実地臨床の場で展開されている病理技術について解説されている。それぞれがわかりやすく記述されており,これらは本文全259ページをほぼ半分ずつに分けあっている。つまり,両者とも臨床検査技師にとって甲乙つけ難い重要な知識であることを物語っている。

 前半の病理学については,第1章と第2章に大別され,第1章 病理学総論では病理学の概要,病因のほか,病気のカテゴリー別の解説(炎症・循環障害・代謝障害・腫瘍など)が8項目に分けて述べられている。第2章では,系統別に各臓器病変が取り上げられている。循環器系,呼吸器系,消化器系など,全身を9系統に分け,その中では,循環器系であれば心臓,血管,リンパ管などのように臓器ごとに腫瘍病変の説明がなされている。全体の項目立てや,説明対象として取り上げた病気の選択は極めてオーソドックスである。

 病理検査学については,第3章 病理検査学総論,第4章 組織学的検査法,第5章 細胞学的検査法,第6章 電子顕微鏡検査法,第7章 病理解剖検査法に分けられ,各章とも標準的な検査技術の解説にあてられている。細胞診のスクリーニングとしての鏡検作業や病理解剖の業務介助では医師の行為や手技と重なる面があるが,それ以外の標本作製に関しては臨床検査技師のプロとしての独壇場であり,当然,本書の核の中でも重要な部分である。

 ところで,昨今の医学・医療の動向は医学研究や生命科学研究の成果を積極的に取り入れつつ早いテンポで絶えず変化している。他方,ホルマリン規制などで具体的に示されているように,職場環境・自然環境への配慮も十分なものが要請されている。このように検査技術に関して学ばねばならない範囲は広い。このような時代の要求に応え,本書では過不足なくさまざまな事項が手際よく整理され,まとめられている。全編を通じて,図,表,シェーマが多用されており,章ごとにまとめがあるので読みやすい体裁になっている。

 本書の編集・執筆は医科大学の一つの部門のメンバーが総力をあげて取り組んでおり,その長所が十分に活かされた安定した出来栄えである。まさに「標準」という名を冠するにふさわしいものとなっており,各章の記述を媒介として検査技術の基礎の基本を身につけていただきたい。

 本書での学習により,一人でも多くの臨床検査技師が輩出されることを期待している。

B5・頁296 定価4,200円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01435-9


帰してはいけない外来患者

前野 哲博,松村 真司 編

《評 者》井村 洋(飯塚病院総合診療科部長)

医学生からベテラン開業医まですべての医師に

 外来診療トレーニングにとって,最良の参考書が出た。一般外来向けに作られているが,ERでも応用できる。いずれの現場でも,「"帰してはいけない患者"を帰してしまう危険性をはらんでいる」からである。その危険性を下げるためには,外来診療においても,病棟診療と同様に,反復学習と教育的介入の機会が必要となる。このことを本書は強調し,それを求める学習者に向けて作成されている。

 「帰してはいけない患者を帰さない」ことは,外来診療のすべてではない。「帰してはいけない患者であっても危険を最小限に抑えて帰す」ことや,「帰してもいい患者にもしっかりケアする」こともある。それでも,あえて本書が強調していることは,十分に外来診療の教育を受ける機会がない学習者にとっては,「帰してはいけない患者」を見逃さない技能の獲得が,患者にとっても医師にとっても最優先されるということである(異議なし!)。その技能支援のため,本書は生み出された。

 全3章からなっており,第1章では,外来で使えるgeneral ruleが提示されている。外来における判断・決断の"オペレーションシステム"が,わかりやすくシンプルに提示されている。長年の外来教育から編み出された方法が示されているのであろう。説得力満点かつ必要十分。「"胸騒ぎ"を"決断"に導くgeneral rule」と,本書の腰帯にうたわれているとおりである。この30ページ分の内容を繰り返し伝えるだけでも,明日からできる指導医になれそうだ(私はそうする)。

 第2章では,初期研修の経験目標と同様の27症候についての,「見逃してはいけない疾患」「見分け方」「安心なサイン」「general rule」が述べられている。いずれも,見開き2ページに収まっている。フォーマットが一定しており,字数も限られているので,診療中でも確認が可能である。もしも,症状から見逃してはいけない疾患が思い付かなくても,患者の前で当該の箇所を開いて,「あなたの症状からは,これらが見逃してはいけない疾患です。そして……」と説明を続ければ,説得力アップにつながるかもしれない。問診票があれば,主訴を見た直後に,見逃してはいけない疾患だけをチラ見した後で診療に臨めば,帰してはいけない患者を帰すリスクを下げることにつながろう。指導医はチラ見をして「この主訴から帰してはいけない疾患は?」と問いかけることにも使える(2人ともチラ見したら,どうなるのって? それはそれで,より深い議論が始まるのでは……)。

 第3章では,31の見逃し症例の事例についての解説が提示されている。「非典型的なくも膜下出血の症状」「明らかにショックバイタルなのに看過してしまう」など,読みながら痛い経験を思い出すものばかりである。各々のケースについて数個のTIPS(教訓)がついており,独学をしていても,まるで指導医がいるかのように,思考・決断に際する知恵を授けてもらえる。

 本書は,医学生からベテラン開業医まですべての医師に,目を通していただく価値がある。一般外来やER看護師の学習にも有用である。私は,医学生や初期研修医に対して,総合医の中核技能の説明に使用する。「本書の内容ができるようになれば,総合医技能の一つは研修修了です」と。

A5・頁228 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01494-6


ウィリアム・オスラー
ある臨床医の生涯
WILLIAM OSLER : A Life in Medicine

Michael Bliss 著
梶 龍兒 監訳
三枝小夜子 訳

《評 者》吉田 修(京大名誉教授/天理医療大学長)

等身大のオスラーが生き生きと描かれた一冊

 ウィリアム・オスラーは1919年12月,70歳の生涯を閉じたが,その時寄せられた讃辞の中には「歴史上最も偉大な医師」というものがあった。マギル大学の病理学教授を長年つとめたジョージ・アダーミは,「率直に言って,ハーヴェイ,ヴェサリウス,ジョン・ハンター,クロード・ベルナール,リスターなど,オスラーよりも偉大な医師は確かにいた。しかし,完全な医師の要素である,生き方,診療,著述の面と,これらの活動を通じて仲間に及ぼした影響の面から,この偉大な医師たちを総合的に評価するとき,筆頭にくるのはオスラーだ……」と述べた。

 日本にオスラーを紹介したのは日野原重明先生であり,その著書には『医学するこころ――オスラー博士の生涯』(岩波書店,1991),『医の道を求めて――ウィリアム・オスラー博士の生涯に学ぶ』(医学書院,1993)や,『平静の心――オスラー博士講演集』(日野原重明・仁木久恵訳,医学書院,1983)がある。また,ハーベイ・クッシングによる大部の伝記や,チャールス・ブライアンの『オスラー:偉大なる医師からのインスピレイション』などもある。しかし本書には,今までの伝記のいずれにもない等身大のオスラーが生き生きと描かれている。それも,偶像視されたオスラーでなく,膨大な資料を調べ尽くしての執筆であるだけに,近代医学史の上からも貴重な著書となっている。

 現代の医学・医療は「科学万能主義が蔓延している」といっても過言ではない。オスラーの時代のような「経験と観察」を主体とする医学からは程遠くなってしまった。だからこそ,今オスラーのような先人から学ぶことが重要といえる。

 E. H. カーは「歴史は,現在と過去との対話である」と言った。われわれ現代の医療者は,本書を通じて,オスラーと対話することで多くのことを学ぶことができる。

 本書をすべての医療者および医療者を志す若い人々,医学に関心のある一般の人々にお薦めしたい。

A5変型・頁620 定価3,780円(税5%込)MEDSI
http://www.medsi.co.jp

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