医学界新聞

寄稿

2012.07.30

【寄稿】

オランダのコミュニティケアの担い手たち(後編)
コーディネートされた認知症ケア――Geriant

堀田聰子(労働政策研究・研修機構 人材育成部門研究員)


前編はこちら

 本稿後編では,認知症ケアを取り上げる。オランダにおける認知症ケア政策の流れを概観した上で,認知症ケースマネジメントの先進的な事例とされるGeriant財団の取り組みを紹介する。

「コーディネートされた認知症ケア」実現に向けた国家戦略

 オランダでは,2000年代に入り,「コーディネートされた認知症ケア」の実現に向けて国を挙げた取り組みが本格化した。

 現在までに大きく3段階の発展がみられる。第1段階は地域レベルでの利用者視点からみた問題抽出,そして改善に向けたプロジェクトの展開を通じての「良い認知症ケア」像の明確化。第2段階は統合ケアのガイドライン作成,またそれに基づくケアオフィス(註1)によるケアの購入に関する地域での実験・普及。第3段階はガイドラインの見直しとケア基準の策定,である。

◆認知症者と介護者視点による「各地域での課題抽出」が出発点
 第1段階は全国認知症プログラム(LDP,2004-08年)。全国57地域においてケア提供(事業)者と認知症者,介護者から成るワーキンググループを設け,当該地域の認知症ケアの課題抽出・優先付け,緊急度の高い問題改善に向けたプロジェクトを実施した。
 特徴は,ワーキンググループに認知症者と介護者を必ず含めたこと。認知症者と介護者の言葉を用いて整理された「各地域で」「認知症者と介護者が日常直面している問題」が出発点となった。

 緊急度が高いとされた問題領域の上位は,(1)介護者の恐怖・怒り・混乱,(2)介護者のストレス・不安・孤独感,(3)施設入所への抵抗感,(4)何かがおかしいが原因も対処法もわからない,(5)専門職とのコミュニケーション。改善に向けて取り組まれたプロジェクトの上位は,(1)ケースマネジメント,(2)認知症および認知症ケアに関する情報の充実,(3)早期発見・診断,(4)家族介護者支援・レスパイトケア,(5)専門職教育,であった。

 LDPは「利用者視点に基づく良い認知症ケア」の明確化のみならず,各地域における多様な連携,現場の熱気の高まり,ケースマネジメントの開始・拡大等大きな成果を挙げた。しかしマネジャークラスの理解不足により,提供(事業)者間の組織的連携が未成熟であることが課題とされた。

◆統合ケアのガイドライン作成,地域での実験と全国への普及
 そこで,第2段階の認知症統合ケアプログラム(PKD,2008-11年)では,認知症者・介護者の状態とニーズに応じてコーディネートされた認知症ケア(いわゆる認知症ケアパス)の開発,組織的連携に基づく統合ケアのガイドラインの作成,ガイドラインに沿ったケア購入に向けた地域での実験・質の評価,認知症者と介護者に対する体系的な支援を提供するケースマネジメントの発展をめざした。

 標準的なガイドラインは,保健福祉スポーツ省・アルツハイマー協会・ケア事業者団体・保険会社連合が主導して作成。診断前,診断とケアへのアクセス,ケアやサービス提供という3つのフェーズにおいて,質の高い認知症ケアの構成要素,関与すべき関係者(機関)を整理し,連携の要であるケースマネジャーの役割・要件,統合ケアの質の評価指標,調達プロセス等を盛り込んだ。

 16地域で各地域版ガイドラインに基づく連携構築とケア購入に関する実験を経て,2011年までに全国約90%の地域でケースマネジメントを含む認知症統合ケアが提供されるようになった。しかし,地域によるばらつき,質の評価指標の有用性が課題とされた。

 これを受け,第3段階として,PKDで作成されたガイドラインにおけるケアプロセスの内容改善,組織間の効果的な連携の在り方,質の評価指標改訂,ケースマネジメントの定義明確化等をとりまとめた認知症ケア基準の策定が進み(Zorgstandaard Dimentie,2011-12年),今後全国に普及予定である。

 さらに,今年から認知症登録システム,認知症ケアポータルサイトの構築,産学官連携の認知症にかかわる長期的な研究開発計画作成にも着手している。

各地域の組織間連携を基盤とする認知症ケースマネジメント

 オランダでは,1980年代以降の脱施設化の流れのなかで,ケース(ケア)マネジメントが発展をみた。ただし基本的に制度上の位置付けはなく,ケースマネジメントの在り方は極めて多様である。

 こうしたなか,認知症ケアについては各地域のケア提供組織間連携の中で,独立してケースマネジメントの役割を担う専門職を割り当てる動きが多くみられるようになった。

 彼らは認知症ケースマネジャーと呼ばれ,認知症の疑いが出てから死亡(もしくは入所)に至るまで,認知症者と介護者に対するコーディネートされたケア・サポートの体系的な提供の窓口となる。

◆診断・治療・ケースマネジメントと介護者支援を担う独立組織
 Geriant財団はオランダの認知症ケースマネジメントの先駆けのひとつであり,国家戦略における認知症ケースマネジメントや認知症ケースマネジャーの発展にも大きく貢献している。

 地域のナーシングホームとメンタルケア組織のネットワークが母体となり,2000年にDOC-team(認知症診断・ケースマネジメントチーム)が発足。その後,外来治療および急性増悪期の短期集中治療(16床)等のためのDOC-centrumを創設した。これらが2003年に独立した組織体,Geriant財団となる。

 Geriantにおける認知症ケースマネジメントの目的は,認知症者と介護者のQOLを維持しながらできる限り認知症者の住み慣れた家での暮らしをサポートすること。Geriantモデルの特徴は,「多職種チームによるcureとcareの包括的な提供」にある。ここには診断,治療,ケースマネジメント,介護者支援,限定的な在宅ケア等が含まれる。

 現在,北オランダの人口60万人エリア(高齢化率14%)で在宅の人を支える4つのDOC-team,ケアホームや高齢者住宅に住む人のためのGeriant-wonen,DOC-centrumを擁する。スタッフ約190人(うち認知症ケースマネジャー約70人),利用者約3700人,営業利益は約1100万ユーロで(2011年),短期医療保険(GGZ-DBC's,精神保健の包括払い)を主たる財源とする。

◆看護師・医師・心理士等から成る多職種チームマネジメント
 DOC-teamは,10人程度の認知症ケースマネジャー,在宅で老年精神看護を提供する看護師(TOP-zorg),老年医,精神科医,心理士,認知症コンサルタント等各1-2人から成る。

 Geriantのケースマネジャーは,全員が認知症ケアの経験を持つ学士レベル以上の看護師であり,独自に開発した研修を修了している(現在アルツハイマー協会の支持を得て高等職業教育訓練機関で実施)。この研修は,単にケアをコーディネートするだけでなく,多職種チームと協働で治療と介護(臨床ケースマネジメント),福祉を横断して認知症者と介護者に効果的な援助を展開する力を身につけることを目的としている。

 認知症の兆候が見られる人と介護者は,主にゲートキーパー機能を持つ家庭医や在宅ケア組織,病院等の紹介によってGeriantにやって来る。ケースマネジャーとDOC-teamの医師や心理士が自宅を訪問,本人や家族等と面談ののち自宅もしくはDOC-centrumで診断を行う。介護拒否等がある場合は必要に応じてTOP-zorgが期間限定で在宅老年精神看護を提供。各職種のアセスメント結果をもとに多職種チームミーティングにおいて治療・ケア・サポート計画(投薬,行動療法,看護・介護,家事援助,認知症者と介護者へのガイダンス・カウンセリング,介護者支援)を立案,ケースマネジャーが本人と介護者に説明・合意の上,必要な援助を調整する。

 その後,ケアはすべて地域の在宅ケア組織等に,治療も随時家庭医等に引き継がれるが,ケースマネジャーは,認知症者が亡くなる(あるいは入所する)まで一貫して援助する。また他のケア提供(事業)者や介護者を交えた利用者ごとのカンファレンスをもとに,DOC-teamが継続的に専門的見地からモニタリングを行う。

◆介護者と地域の専門職への多様な支援と助言の提供
 Geriantの援助対象は,認知症者だけでなく,介護者や地域の専門職にも及ぶ。介護者にはケースマネジャーを中心とするDOC-teamの専門職が日常的にサポートを提供,Geriantは介護者支援コースを設けるほか,アルツハイマー協会等が開発したアルツハイマーカフェも主催する。また,認知症者と介護者を統合的にサポートするミーティングセンターと呼ばれる地域のデイケアを紹介することもある。

 さらに,地域の認知症ケア提供(事業)者の専門職や家庭医には,研修の開催に加え,認知症コンサルタントが助言・アドバイスを行う。

 各地域での利用者視点による問題抽出を起点にケアパスを開発し,多職種チームを基盤とした認知症者と介護者への包括的で一貫した援助を展開する認知症ケースマネジメントの独立組織(本稿後編)。そして,あらゆるタイプの利用者にケースマネジメントとケア・サポートを提供するジェネラリスト看護師が活躍する在宅ケア組織(前編)。この両者が共存するオランダ。考えさせられるところは多い(註2)。

註1)長期ケアを保障する特別医療費保険の保険者(国)の事務代行者。国内32圏域において当該地域でマーケットシェアが高い保険会社がケアオフィスとなり,ケア提供者との契約・ケア購入,保険料徴収,被保険者の相談対応といった運営実務を担当する。
註2)なお,本稿の詳細は,労働政策研究・研修機構HPで近日公表予定のディスカッションペーパー「オランダのケア提供体制とケア従事者をめぐる方策」を参照されたい。

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