がん患者さんの“働きたい”思いをかなえる就労支援とは(高橋都,近藤明美,金容壱,和田耕治)
対談・座談会
2012.07.30
【座談会】 がん患者さんの“働きたい” |
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5年生存率が平均54%1)まで上がり,長く付き合う病気へと姿を変えつつあるがん。16-65歳までの働く世代では,毎年新たに約22万人の患者が生まれている。本年6月に決定された,第二期のがん対策推進基本計画にも就労支援の必要性が明記されるなど,がん治療と働くこととの両立が課題となるなか,医療者の立場からはどのようなサポートができるのだろうか。本座談会では,がんの当事者が自分らしく働き続けるための,支援の在り方について考察する。
「働くこと」の意義とは?
高橋 まず「働くこと」が,がん患者の方にとって,あるいはがんの治療の上でどのような位置付けにあるのか,がん体験者である近藤さんからお話しいただけますか。
近藤 私にとって働くことは,“生活の糧”でもありますが,何より“生きることそのものの糧”という意味合いが強いです。それだけに,積み重ねてきた自己実現の過程ががんによってリセットされ,生きる糧を失ってしまうことに強い抵抗感があります。がんを人生のイベントの一つととらえ,その前もその後も同じように働き続けたいと考えるのは,がん患者にとってごく自然なことだと思います。
金 働くことで社会における役割を見いだしていた方が,ある日がんという病名がついたことでその役割を奪われる。それはまさに,アイデンティティが引きはがされるような苦痛ですし,その苦痛は,心身に大きな影響を与えます。
がんサバイバーのなかで,就業している方のほうがQOLがよい傾向にあるという研究結果2-4)も北米やアジアで報告されています。働くことが治療にプラスの影響を与える点にも,注目すべきだと思います。
和田 お二人のお話の通り,がん患者さんにとって「働くこと」は,生活や治療の費用を確保するためにも,“ライフ”を充実させるためにも重要な要素です。ですから医療従事者は,治療しながら働きたい患者さんがいることを認識し,その中で仕事の継続に困難を感じている方を特定する必要があります。全体から見ると少人数かもしれませんが,抱えている困難の内実は千差万別で,根深い問題が潜んでいる場合もあると考えられます。
治療やその副作用により就労継続が困難に
高橋 それでは具体的に,がんの治療と仕事との両立の難しさは,どういった点にあると考えられますか。
近藤 まず,手術が治療の第一選択肢に挙がることが多く,そのための検査や入院で,必ず仕事が中断されます。また,化学療法のための通院が長期間続き,スケジュール調整が難しくなることもあると思います。
高橋 2年前から始まった,厚労科研「がんと就労」5)(図)の研究班によるネット調査でも,手術日の急な決定,化学療法の予定変更など治療計画が予測しにくく,仕事に影響するという声が多くありました。
図 厚労科研「がんと就労」研究概略 |
あとは,やはり化学療法の副作用の問題です。副作用の程度には個人差があるため,その不確定さゆえの悩みもあるようです。心身に現れる倦怠感や集中力の低下,消化器症状,抑うつなどさまざまな副作用の症状により,思うように仕事ができずにつらさを感じている方は,たくさんおられます。
金 副作用については大まかな想定は可能ですが,専門医でも詳細な予測はできないというのが実情です。ただ,化学療法の最初の1コースを経験することによって,2コース目以降のだいたいの感覚がつかめてきます。ですから患者さんには「1コース目の間だけは何とかお休みをもらうか,すぐ早退できるような態勢を整えて,どんな副作用があるか,様子を見てほしい」とお話ししています。
疾患イメージや,職場環境からくる“働きにくさ”も
近藤 がんという疾患に対して社会が持つイメージも,就労に影響していると思います。私自身も以前はそうでしたが,がんと聞くととっさに“死”を連想してしまう。当然「仕事のことなんて気にしている場合じゃないよね」と考える方もいると思います。
金 『隠喩としての病い』(スーザン・ソンタグ,みすず書房)では“かつては結核が死の病だったが,結核が克服されてからは,がんがそのイメージに取って代わった”と記されています。これだけ生存率が上がった今でも,必要以上に悲観的なイメージががんという病名に被せられて,いまだに一人歩きしている感はありますね。
高橋 そういうイメージをどう打破して周囲に理解を得ていくか,その過程で悩まれる方も多いです。
和田 職場で理解と配慮を得るためには,病気の話を「どこまで」「誰に」してよいか,患者さん自身が見極める作業を要します。特に働き盛りの40歳未満に多い女性の乳がんや子宮がんに関しては,男性上司に説明しにくいなどジェンダーの問題も絡み,事態が複雑化する可能性もあります。
最近では,企業の効率化を目的とした人員削減や非正規雇用者の増加などにより,職場で互いに助け合うという文化が失われつつあります。特に中小規模の企業は人的余裕に乏しく,体調不良などで戦力になれない人にとっては,必ずしも居心地のよい環境ではない。そうした状況が,患者さん本人の葛藤も生み,結果として辞めざるを得なくなるケースも少なくないようです。
まずは,就労について話しやすい雰囲気を作る
金 以前,患者さんの勤め先の産業医/看護師から連絡をいただいたことがきっかけで,仕事と治療の調整がスムーズに進み「ここまで動いてくれるんだ!」と感銘を受けた経験があります。そうすると,ほかの患者さんのケースでもいろいろお願いしてみたいという気になり「職場に産業医の方はおられますか」とつい聞いてしまうのですが,空振りが多いのです(笑)。
和田 産業医の選任義務がある50人以上の職場は,日本の総事業所数のわずか3%,労働者数でみても4割弱です。さらにこれらの企業でも,産業医の訪問回数が月1回であったり,あるいは定期訪問さえない場合もあります。常勤の産業医へのアクセスが確保されている企業労働者は,全体の数%程度でしょう。
こうした実情がありますから,主治医の先生には,少しでも産業医的な視点を持って患者さんの就労にかかわっていただけたらと思うのです。「職場の上司とどんな話をしているか」「重量物の運搬・出張・長時間労働への配慮が必要か」といった話題を出すことが,きっかけ作りになります。
金 患者さんは,病院で就労の相談ができるとは考えてもいませんし,まずは医療者が気を配って,就労について話しやすい雰囲気を作ることからですね。
高橋 支援に当たっては,「がんと就労」研究の一環で作成した「実例に学ぶ がん患者の就労支援に役立つ5つのポイント」(表1)を参考に,できることから順に試みていただけたらと思います。
表1 実例に学ぶ がん患者の就労支援に役立つ5つのポイント(一部抜粋,改変) | |
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※「がんと就労」HP内に全文掲載 |
和田 治療と就労の両立の支援に熱心な外科医や腫瘍内科医にインタビューを行ってまとめたものですが,多忙な中でも取り組んでいただけるような“好事例”を集めたつもりです。
金 私自身,「5つのポイント」を参考に,患者さんに問いかけをしています。すると「こういう症状があった場合,どうしたらいいですか」などと,具体的な相談ができ,より進んだ対応につながることが多いです。
「役割分担」が生み出す柔軟な治療体制
高橋 日本臨床腫瘍学会と日本がん治療認定医機構の先生方のご協力を得て実施された調査では「治療スケジュールを患者さんの仕事の都合に配慮して決められるか」という設問に対し,放射線については28%,化学療法については42%が「決められると思う/まあ思う」と答えています6)。この数値にはよい意味で少々驚きましたが,金先生の実感としてはいかがですか。
金 化学療法も放射線治療も,基本的に医師の診察が毎回必要ですから,勤務体制など病院運営上の限界もあります。しかし診療科ごとに役割を分担して,専門性を高めるほど,融通は利きやすくなると思います。私自身,薬物療法は一任されている一方,病棟は外科の医師も共同で診てくれており,外来中に急変で呼ばれることはありません。ルーチンの検査業務もあまり入っておらず,比較的まとまった時間が取れるので,患者さんと仕事の話もできるわけです。
高橋 例えば週に3-4日外来が開いていれば,患者さんも都合のいい曜日を選択しやすくなります。それも,各科の医師がおのおのの役割に専念できる環境が整っていれば,実現しやすいということですか。
金 そうですね。そのためには,私たち腫瘍内科医も,病院の中で役割を自ら作り出すくらいの気概を持って治療計画に介入していく必要があります。一方で臓器別専門科の先生方にも「腫瘍内科に任せてもいいんだ」という認識をぜひ持っていただきたい。最近では早期からの緩和ケアの気運も高まっていますから,チーム医療の観点から,就労の問題へのコンサルトを「社会的苦痛へのアプローチ」という意図で緩和ケアチームにお願いするというのも,一つの方向性ではないかと感じているところです。
和田 「5つのポイント」作成の過程であらためて認識したのは,医師は病院の中で提案しやすい立場にあるということです。「仕事と治療の両立を支援する」ことを方針として表明していただき,その上で看護師やMSWなどメディカルスタッフも含め,どんな支援や役割を担えるか検討する。それだけで,状況はずいぶん変わるのではないかという感触を得ています。
金 まずは現場の責任者が意識を変えて,役割分担とチーム医療を若手にも促していく。現場が変わることで,病院全体にも柔軟性が生まれ,結果として,働き続ける患者さんにより資するシステムができるかもしれない,と思っています。
高橋 患者さんの一番近くでかかわり続ける主治医の方々には,彼らの生き方の希望をできる限り聞いていただきたい,というのが私の願いです。「再発して,あと半年だから就労は考えなくていいよね」ではなく,ご本人に「働きたい」という思いがあるのなら,最強のサポーターとして,それをかなえる支援をお願いしたいのです。
今後も研究班として「就労の問題に悩む患者さんが,こんな工夫で働きやすくなった」好事例を草の根的に収集し,臨床現場の方々と共有していきたいと考えています。
相談できる場の充実とそこにつながるルートの整備
高橋 ここ数年で,がんと就労への関心も少しずつ高まり,患者さんが活用できるツールも既にいくつか生まれています。今回近藤さんに,表にまとめていただきました(表2)。
表2 医療費支援・就労支援ツール | |
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近藤 がんに特化したものはまだまだ少ないのですが,患者さん以外にも,企業の方,そして就労支援に興味を持っている医師の方にも,参考にしていただけると思います。
高橋 こうしたツールの活用を促進する一方,それだけでは解決が難しい場合のために,個別に相談できる窓口の充実も求められるところですよね。
近藤 「どこに相談したらよいかわからない」という声は実際に多いです。
がんの治療と仕事,両方を一度に相談できる場は現状では乏しいうえ,ハローワーク,年金事務所,市役所,協会けんぽなど,多くの機関を回らなければならない。精神力も体力も落ちている患者さんには,想像以上に大変なことです。
和田 病院において,社会保険労務士(以下,社労士)の方と連携し,患者さんの相談に対応できるような仕組みが今後できるとよいですね。
近藤 それは私も,医療提供者の方々にぜひ検討していただきたいと考えていることです。
特段問題を抱えていない患者さんには,病院内での情報提供やツールの紹介で十分ですが,不当に辞めさせられそうだったり,保険給付がなされるか否か微妙なラインにいる方など,やはり専門家がかかわったほうがよいケースがあります。自力で相談機関を探し出せる患者さんばかりではない,という点から言っても,医療機関からのルートが整備されることで,救われる方は多いと思います。
金 “社労士”という存在を知らない臨床医も,まだ当然のようにいると思われます。また,こうした問題に明るい社労士の方がどこにいるのかも,病院側ではなかなかわからないものです。例えば,社会保険労務士会などで一括して情報提供していただけると,非常に助かります。
近藤 一例ですが,障害年金に関しては,社労士による全国規模のNPO法人など組織的な支援が可能となっています。がんと就労の問題でも同様に,知識を持った社労士を増やすとともに,組織的な支援体制を整えていく必要がありそうですね。
高橋 院内に,ある程度就労の相談に乗れるノウハウを持つ窓口があること。さらに複雑なケースに関しては,社労士など院外の専門家にコンサルトできる体制が整備されれば,ベストだということですね。
金 もう一つ,院外でも院内でもよいのですが,がんサバイバーの方に就労に関するアドバイスをお願いできるシステムの整備も必要と思います。患者さんも「先生」から促されるより,当事者の集まりやアドヴォカシーグループで「患者として/サバイバーとしてこう行動した」という事例を示していただけると,より腑に落ちやすいでしょう。関係性の要諦は“持ちつ持たれつ”です。そうやって仕事を続けるコツなど,現実的なノウハウを伝授してもらえることを期待しています。
近藤 確かに当事者同士が「働くこと」に特化して話せる場は,まだまだ少ないです。治療でいったん職を辞した後,再度求職する際に病気や通院のことをどう伝えるか,といった悩みを抱える方も多くいます。再就職に成功した方から具体的なアドバイスをもらうことで,大きな励みになります。そういう体験をシェアする場の必要性は,強く感じますね。
患者さんが主体となって問題を言語化していく
高橋 「ルート作り」や「役割分担」というキーワードを体現するものとして,「がんと就労」研究班では,患者本人,産業医,主治医をつなぐ「連絡手帳」のようなツールを検討しています。より効果的な活用のためには,どんな視点を加えればよいでしょうか。
近藤 あくまで患者さんが主体であることが,大切だと思います。
例えば私は,治療中に利用できる社内制度について確認していただくために,「就業規則で“休暇”や“休職”に関するもの,短時間勤務などの勤務制度に関するものを調べる」といった作業を,相談者の方にお願いすることがあります。そうした作業が,状況の整理や理解に役立っているように感じています。
金 がんは,腫瘍内科・外科・放射線科,そして場合によってはリハビリテーション科など,治療が細分化され,主治医さえ交代していく場合もあります。なので患者さんが主体性を持って就労の問題を解決できるツールができることは,大いに歓迎です。
和田 治療と仕事との両立のために調整が必要な多くの事柄に加え,治療の不確定性や,病気の知識不足などの問題もある。そうした状況で,どんな配慮をどのくらい求めているのか,患者さんが自ら言語化できるよう,ツールなどを通じて支援していければと思います。
■登場人物それぞれの立場で,できることを考える
高橋 これからの支援の在り方について,抱負を一言ずついただけますか。
近藤 私が社労士になったのは,働きやすい職場が増えることで,いきいきと働ける人が増え,より皆が幸せになれるのではないか,という思いからでした。たまたまがんになるという経験をしたので,その経験を社会に還元する意味も込めて,社労士として働きやすい職場作りを進めたいと考えています。
和田 「働きたい」という思いは,社会に参加したいというヒトの根本的な欲求とも言えます。高齢化が進み,現在は70歳まで働くことが目標として示されるなか,一人でも多くの患者さんが「働きながら治療ができるようになる」社会作りを考えなければならない時期にあります。がんという疾患をその代表ととらえ,モデルケース作りなどによってさらに展開ができればと思います。
金 問題そのものの認知度向上や法制度の整備といったハード面の課題がいろいろありますが,基盤は人と人との関係だと思います。人と人の関係では,“持ちつ持たれつ”のバランスの良い関係性を保つ,所与の関係性に責任を持つという努めがあります。患者さんにはぜひ良い関係作りのスキルを身につけていただきたいですし,私たちも診療科,さらには職種も業種も横断した関係を強化し,サポートしていきたいですね。
高橋 「がんと就労」の問題は,登場人物がとても多いのですが,それぞれの立場からできることがやっと少しずつ見えてきた感があります。今年度から始まる第二期がん対策推進基本計画の5年間が終わったときに「がん患者さんの就労環境はここまでよくなった!」と言える仕組みを,皆で連携しながら作っていきたいと思っています。本日は,どうもありがとうございました。
(了)
註
1)Tsukuma, et al.Jpn J Clin Oncol,2006.
2)Ferrell BR, et al.Psychooncology,1997.
3)Ahn SH, et al.Ann Oncol,2007.
4)Mols F, et al.Cancer,2007.
5)がん臨床研究事業「働くがん患者と家族に向けた包括的就業支援システムの構築に関する研究」(主任研究者=高橋都氏)
6)Wada et al.Jpn J Clin Oncol,2012.
高橋都氏 1984年岩手医大医学部卒。卒後,慈恵医大にて内科研修。立川中央病院を経て,94年より東大大学院医学系研究科国際保健学専攻。博士(保健学)。99年同大学院助手,2007年講師。09年8月より現職。共編著に『死生学第5巻 <医と法をめぐる生死の境界>』(東京大学出版会)など。がん診断後にもその人らしい生を実現するための,がんサバイバーシップ研究と実践がライフワーク。 |
近藤明美氏 明治大文学部卒。会社員として働いていた2004 年に乳がんの手術を受ける。08年近藤社会保険労務士事務所開業。09年より「がんと就労」に関する相談会・セミナーなどに携わる。11年「がんと就労に関わる様々な問題の調和と解決」を掲げる一般社団法人CSRプロジェクトを設立,理事に就任。がんになっても働き続けられる職場作りをめざし,がん経験者の治療と仕事の両立をサポートしている。 |
金容壱氏 1999年北大医学部卒。2003年国立がんセンター東病院レジデント,06年より聖隷浜松病院へ。乳腺科,緩和医療科を経て10年より化学療法科。がん薬物療法専門医(日本臨床腫瘍学会)。共訳著に『がんサバイバー――医学・心理・社会的アプローチでがん治療を結いなおす』(医学書院)。 |
和田耕治氏 2000年産業医大医学部卒。企業での専属産業医を経て,06年カナダ・マギル大産業保健修士。07年北里大大学院博士(医学)。同大助教・講師を経て12年より現職。日本産業衛生学会指導医,労働衛生コンサルタント。編著に『新型インフルエンザ(A/H1N1)――わが国における対応と今後の課題』(中央法規出版)など。がんに限らず病気の治療をしながら働ける社会作りをめざしている。 |
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