医学界新聞

寄稿

2012.07.23

【寄稿】

看護の質をどう評価するか
米国・英国における指標開発の取り組みと日本の課題

小林美亜(千葉大学大学院准教授・病院看護システム管理学)


 適切な看護提供体制を整備し,現今の医療水準に見合った患者ケアを提供することにより,質は保証される。この事象を評価するのが看護の質評価である。本稿では,米国および英国における看護の質評価の取り組みを踏まえ,わが国における看護の質評価について検討してみたい。

米国における大規模データベース構築とその活用

 米国は,「不十分な看護人員配置をはじめとした看護師を取り巻く労働環境が患者安全を脅かす」といった実態を可視化し,改善につなげるために,看護の質評価を開始している。

 日本では,医療法によって看護人員配置は規定され,また入院基本料によって高い水準の看護人員配置に報酬が多く支払われる仕組みとなっている。それに対し,米国は国家的に看護人員配置を規定するものはなく,病院における看護人員配置は各州政府に委ねられている。実際に,患者対看護師数比の最低基準を法律と規則によって定めている州はカリフォルニア州のみである。そのほか,看護人員配置を扱うための規則を採用したり,定めたりしている州が15州,看護人員配置の策定方針に責任を持つ委員会の設置を各病院に要求している州が7州,各病院の看護人員配置を公表することを要求している州が5州となっている。

 このような背景が,看護の人員配置(ストラクチャー)や有害事象(アウトカム)を評価するための指標の開発をもたらしている。また,看護が相対的に最も多くかかわるケア(プロセス)についても,指標化が行われている。

 米国をはじめとした諸外国の看護の質評価のために構築された大規模データベースとして,NDNQI®(National Database of Nursing Quality Indicators®)があり,米国の1500以上の病院が参加している。NDNQI®は,nursing-sensitive indicators(看護を鋭敏に反映する指標,)を開発し,参加病院からデータを収集し,その結果のフィードバックを行っている。

 NDNQI®によるnursing-sensitive indicators
転倒/傷害を伴う転倒
褥瘡(病院レベル)/褥瘡(病棟・部署)
・身体的/性的暴行
・疼痛のアセスメント/介入/再評価サイクル
・静脈内注射による血管外漏出(浸潤)
医療関連感染(カテーテル関連尿路感染,中心静脈カテーテル関連血流感染,人工呼吸器関連肺炎)
スタッフミックス(登録看護師,准看護師,無資格の看護助手・補助者)
患者1人1日当たりに提供された看護ケア時間
転職率
・登録看護師の学歴/資格
登録看護師を対象にした看護実践環境尺度による調査
・登録看護師を対象にした職務満足度による調査
NDNQI® Webサイトより引用。下線は,指標の信頼性・妥当性について認証を行うNQF(National Quality Forum:全米医療の質フォーラム)により,認定されている指標。NQFはnursing-sensitive indicatorsとしてそのほかにも,急性心筋梗塞患者,心不全患者,肺炎患者のそれぞれに対する禁煙指導,抑制等の指標を認証している。

 近年,米国の公的医療保険・医療保障制度を取り扱う組織であるCMS(Centers for Medicare & Medicaid Services)は,質評価と報酬の支払い制度をリンクし,Pay-For-Performance(P4P)と呼ばれる質に基づく支払い制度やPay-For-Reporting(P4R)と呼ばれる質の報告に基づく支払い制度を導入している。P4Pは,成績を上げるための患者選別等が問題になる一方で,医療の質がもともと低い病院に対しては,質の底上げを図るインセンティブになっている。

 現在,CMSは,NDNQI®が開発した指標をこれらの報酬制度の対象に含めておらず,国民に対しても公開を行っていない。しかし,2010年よりCMSは,nursing-sensitive indicatorsを収集するデータベースに参加しているかどうかの報告を各病院に義務付けるようになっている。今後は,nursing-sensitive indicatorsを看護人員配置基準に関連した看護政策に反映させるとともに,国民に情報を開示する動きが推進されてくるものと思われる。

人員配置改善に向けて質評価が喫緊の課題の英国

 英国の看護人員配置やスキルミックスは各施設に任されている。イングランドの保健局や看護師等の各専門家団体が推奨される人員配置基準を提示しているが,強制力はなく,遵守につながっていない。

 英国看護協会による2009年の看護師9000人を対象とした調査1)によると,登録看護師1人当たりの平均受け持ち患者数は,日勤帯が8人,夜勤帯が11人となっている(登録看護師と一緒に勤務する看護補助者1人の平均受け持ち患者数は,日勤帯が11人,夜勤帯が15人)。また,日勤帯における(看護補助者を含めた)看護職員に占める登録看護師の割合は,2005年は65%であったのに対し,2009年は60%まで落ち込んでいる。

 現在,英国の経済状況の悪化により,国営の医療サービス事業であるNHS(National Health Service)はかなり深刻な財政危機状態に陥っている。これを受け,看護人員配置の水準と患者アウトカムには関連があることが数多くの研究で示されているにもかかわらず,依然として,NHSの各病院では経営難から,看護人員配置の改善には至っていない。さらに,人件費を削減するために看護職員のポストを大幅に減らす動きまでも招いている。このため,患者アウトカムを経時的にモニタリングし,看護人員配置が患者安全にどのような影響を与えるかを評価し,配置水準を改善していくことが喫緊の課題となっている。

 このようななか,イングランドのNHSは,nurse sensitive outcome indicators(看護を鋭敏に反映するアウトカム指標)の開発を行っているところである。最初に開発されたものは,ケアの質に看護がどれほどの大きな影響を与えているかを示すために,転倒・転落,褥瘡,カテーテル由来の尿路感染症の3つの指標で構成されている。現在は,ケアの質の改善を要する領域についての指標の開発が行われている。例えば,脱水の発生,予期しない体重減少,亡くなる場所の適切な選択等が提案されている。

動き出したわが国の質評価事業

 厚生労働省は,国民の関心の高い特定の医療分野について,医療の質の評価・公表等を実施し,その結果を踏まえた,分析・改善策の検討を行うことで,医療の質の向上および質の情報の公表を推進することを目的とし,2010年度より,「医療の質の評価・公表等推進事業」を開始している。当該事業では参加団体を募り,採択された団体は,各団体で臨床指標を作成し,また患者満足度調査も実施し,定期的に評価を行い,その結果の公表を行うことが義務付けられている。

 現在,日本において,大規模なデータベースを用いた定量的な看護の質評価は行われていないが,この事業に取り組んでいる団体の臨床指標の中には,nursing-sensitive indicatorsが含まれている。例えば,褥瘡,転倒・転落,肺血栓塞栓症の予防対策,患者満足度等があり,これらを通じて看護の質評価を行うことができる。しかし,データの妥当性の観点から,留意しなければならないことがある。まず,算出に際し,DPCデータを活用している場合,各病院のデータ精度が影響し,臨床の実態が適切に反映されていない可能性がある。また,各病院が診療録・診療諸記録等から取得したデータについては,データの抽出・収集方法の標準化が十分に図られていなければ,正しいデータは取得できず,過小・過大評価を招く可能性もある。したがって,これらを考慮した上で,結果を解釈していく必要があり,今後の課題として,結果の妥当性検証が求められている。

 しかしながら,データの精度が十分でなくても,自病院内であれば,定期的な経時比較により,変化の把握は可能であり,また限界を踏まえた上で,ある程度のベンチマーキングに活用できる。ただし,ベンチマーキングの目的は,参加病院間で優劣をつけてランキングすることではなく,あくまでも自病院の立ち位置を知り,目標を設定し,それに向かってアクションを起こし,質の向上を図っていくことにある。

 課題は山積しているものの,これまでブラックボックスであった質が可視化されたことは大きな前進であり,これを活かして,PDCAサイクルを回し,質を向上させることが重要である。加えて,日本の看護の臨床家が重要かつ改善を図ることが必要と考えている事柄について,エビデンスを考慮しながら,研究者と共に臨床指標の開発を行っていくことが求められる。また,医療現場に負担をかけずに簡便にデータを収集し,結果をフィードバックできるシステムも併せて整備していくことも大切である。

参考URL
1)Ball J & Pike G.Past imperfect, future tense: Nurses' employment and morale in 2009.
 http://www.rcn.org.uk/__data/assets/pdf_file/0005/271364/003545.pdf

小林美亜氏
1995年聖路加看護大卒。ニューヨーク大大学院看護学研究科修了(Ph.D)。東大病院国立大学病院データベースセンター副センター長,国立病院機構本部総合研究センター主任研究員等を経て2011年10月より現職。日本クリニカルパス学会評議員,医療の質・安全学会評議員。

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