医学界新聞

インタビュー

2012.07.23

【interview】

基礎を身につけてこそできる
「実践を重視した看護研究」

黒田裕子氏(北里大学大学院看護学研究科 教授)に聞く


 看護研究と聞いて,「なんだか難しそう」「係で回ってきたら面倒」「何をすればいいかわからない」などと思う人は少なくないだろう。確かに研究は,結果が出るまでの過程が非常に長く,途中で挫折することも多いかもしれない。

 国内の大学院で初めて看護学学術博士号を取得した黒田裕子氏は,看護研究について「ひとつずつステップをクリアしていけば,必ずやり遂げられるもの」と語る。氏は研究の道をどのように歩んで来たのだろうか。看護研究の基本から最新の動向まで,『黒田裕子の看護研究Step by Step(第4版)』(医学書院)の発刊を機に,研究に対する氏の熱い考えを聞いた。


土台となる力が重要

――近年,看護学の博士課程を設置する大学院が増えてきています。

黒田 より高次の教育を受けて,研究に取り組もうとする看護師が増えていることは,大変喜ばしいことです。実際に,研究に取り組む看護師の数も,年々増加しています。しかし同時に質の低い研究も散見されるようになりました。これからは,研究レベルの向上にも努めていかなければなりません。

――研究の質を高めるためには,何が必要でしょうか。

黒田 一番重要なのは,研究の土台となる基礎的な力でしょう。例えば,先行研究を理解する力や研究のテーマを絞り込む力,理論的に考察する力などが挙げられます。大学院で指導をしていると,こうした土台がない人が意外と多いことに驚きます。基礎がなければ当然研究もうまくいきません。最初のステップでつまずいてしまうと,ただでさえ難しいイメージの研究が,ますます嫌になってしまいますよね。

――『黒田裕子の看護研究Step by Step』というタイトルは,そんな方々へのアドバイスでもあるんですね。

黒田 はい。看護学生はもちろん,初めて研究に取り組む看護師にも,研究の基礎を学んでもらいたいと思っています。ひとつずつステップをクリアすることで基礎を身につければ,研究は必ずうまくいくはずです。研究に取り組むすべての看護師にとって,この本がバイブルになればうれしく思います。

周囲からの刺激を受け修士課程から博士課程へ

――先生が研究の基礎を身につけたのはいつごろですか。

黒田 聖路加看護大大学院の修士課程にいたときですね。修士に入ったころの私は,論文の内容も理解できず,議論の仕方もわからないような状態,つまり基礎的な力のない学生でした。けれど,聖路加には当時から素晴らしいコースワークがあって,そのおかげで私はきちんと基礎を学ぶことができたと思います。一緒に入学した同期や先生方から受ける刺激もあって,本当にたくさん勉強しました。

――刺激的な環境が,先生の研究の基礎を築いたのですね。なぜ博士課程まで進もうと思われたのですか。

黒田 修士の同期は皆当たり前のように英語の論文を読んで議論するし,先生方は研究能力の高い素晴らしい方ばかり。負けず嫌いな私は,「同期に対抗しよう」「先生方を追い抜こう」といつも必死でしたが,研究をすればするほど自分の能力のなさを痛感していました。博士課程に進み,もっと力をつけなければ,次の世代を教えることなんてできないと思ったのです。

――しかし当時は,国内の大学院に看護学の博士課程がありませんでした。

黒田 はい。ですから,修士で教わった先生方と同様に,米国に留学して博士号を取得するつもりで,その準備のために英会話学校に通っていました。そこに突然,当時聖路加看護大の学長だった桧垣マサ先生(故人)からお電話があったのです。聞くと,「日本で初めての看護学博士課程が聖路加にできることになって,今月中に試験をするから,受けてみないか」というお誘いでした。

――とても急なお話だったんですね。

黒田 ええ。でも,迷いは少しもありませんでした。ダメで元々と思って受験した結果,合格し,念願の博士課程に進学することができました。

――日本で初めて設置された看護学博士課程,周囲からの期待は相当大きかったのではないでしょうか。

黒田 一期生は私一人でしたから,常に注目されているのを感じていましたね。授業も当然一人ですから,恥ずかしい思いをしないように,いつも必死で準備していました。

 先生方は皆厳しく,特に当時私の指導教授だった南裕子先生(現・高知県立大学長)は本当に熱心な方でした。先生は米国の大学院に留学されていたとき,「ヒロコ・ミナミはいつも図書館にいる」って有名なぐらい,いつも勉強をされていたそうです。だから私にも,「24時間図書館にいていいからね」ってハッパを掛けるんです。そう言われたら,勉強せずにはいられませんでした。

――博士課程に求められるレベルの高さが伝わってきます。

黒田 先生方の厳しい指導の中には,常に励ましや優しさもありました。また,いつでもレベルの高い的確なコメントを返してくださるので,「この先生に師事していれば,間違いなく博士号をとれる」「自分の能力は上がっている」などと自然に思えていました。途中であきらめることなく研究をやり遂げることができたのは,先生方のおかげです。

――苦しい時期はなかったのでしょうか。

黒田 もちろんありました。当時はパソコンがまだ一般的には普及していませんでしたから,私はデータを分析するために,東大の大型計算機センターに毎日通っていました。初めはまったく何もわからず,頼りにすべきマニュアルも英語のものしかなくて,ただ大きな箱を前にして座っているだけの日々でした。それでも,相談員さんに聞いたり,英語のマニュアルを読んで,自分で駆使するうちに分析できるようになって……,その時はすごくうれしかったです。苦しい時期があるからこそ,成果を得られた時の達成感が,その後の研究へのモチベーションになるんだと実感しました。

――そうして,日本で最初の看護学学術博士が誕生したのですね。

黒田 振り返ってみると,多くの先生から良い教育を受けたおかげで,博士号を取得することができました。今度は私が次世代の学生を育成する番。そしてやがては,私の教え子が看護研究界をリードし,さらに次世代を教育する。こうした良い循環ができることを期待したいですね。

■日々の実践をより良くするための看護研究

――今回発行された第4版では,看護研究における最新の知見が盛り込まれています。

黒田 看護研究の古典的な教科書であるPolit and Beck1)やBurns and Grove2)の本が近年改訂され,看護研究における「エビデンス」や「EBNP(Evidence Based Nursing Practice)」の重要性が明示されました。つまり,実践の場で生じた疑問から研究を行い,数々の研究によって構築されたエビデンスを実践に還元し,看護の実践をより良くする。こうしたことが,これまで以上に看護研究には期待されるようになったのです。

 このような海外の動向を受けて,実践に基づいた研究テーマの絞り込み方や,実践に還元しやすいエビデンスが得られるとして注目されている新しい研究手法について,本書で紹介しています。

――研究と実践のつながりが,重要視されているのですね。

黒田 看護学は実践の科学であり,私たち看護師の目標は,その科学に基づいて患者さんに提供するケアサービスの効果を最大化することです。そして,看護実践の基礎となる科学的な知識体系をさらに発展させるために行うのが,看護研究です()。つまり,実践があっての研究であり,研究があっての実践なのです。日々の実践をより良くするために看護研究に取り組むことは,現場・大学を問わず,すべての看護師の責務といえるでしょう。

 看護実践と看護研究の関係
(『黒田裕子の看護研究Step by Step(第4版)』6頁より転載・改変)

――実践に基づいた研究テーマとは具体的にどのようなものでしょうか。

黒田 日々の看護業務の中で抱いた疑問すべてが,研究のテーマになり得ます。例えば,体位変換や清拭,処置の手技,チーム内のコミュニケーションの取り方など,看護師ならば誰でも経験しているような日常の看護業務の中に,研究の種は転がっています。「看護研究って何をすればいいかわからない」と悩む看護師が多いようですが,意外と身近なんですよ。

 研究手法や,対象とする患者さんの範囲などは個々の研究によってさまざまですが,実践の場で生じた疑問を扱うという基本は変わりません。『Step by Step』では,看護師にとって身近なテーマの研究事例を多く取り上げているので,看護研究が実践に基づいたものであることを実感していただけると思います。

――一方,実践に還元しやすいという新しい研究手法は,今後どのように用いられるのでしょうか。

黒田 個人的な期待としては,質的な研究者と量的な研究者が手を取り合い,一つの大きなプロジェクトのなかで両方の手法を取り入れた研究を手がけられるといいですね。そこまで大掛かりではなくても,過去に成された多くの量的な研究知見を集約して整理するメタ・アナリシスを用いた研究や,単発で終わりがちな質的研究をまとめて体系化するメタ・シンセシスを用いた研究も重要でしょう。アメリカでは2000年以降こうした研究が増加していますし,日本でも今後要求されてくると思います。

――今後は新しい研究手法が主流になるのでしょうか。

黒田 これらの手法はとても難しいので,きちんと指導してくれる先生が周りにいないとなかなか難しいでしょう。最近は,現場で病棟看護師の研究指導を行う専門看護師も増えてきていますが,研究能力のスキルアップをめざした現任教育を体系化しない限り,新しい手法を用いるのは困難ではないかと思います。

世界を知り,世界へ発信する研究を

――看護研究学会の理事長としてのお立場から,今後の展望をお聞かせください。

黒田 私がいま一番望んでいることは,看護研究学会から英文誌を発行することです。現在,日本の看護系の英文誌は,日本看護科学学会の雑誌(Japan Journal of Nursing Science)と,山口大学の雑誌(Nursing and Health Sciences)の2誌しかありません。日本の看護師がどういう研究をしているかが,世界にほとんどアピールされていないのです。

――日本の学会から英文誌が発行されれば,英語で論文を書く研究者も増えそうですね。

黒田 これからの人たちにはぜひ,自分の研究を世界に発信することに挑戦していただきたいです。せっかくの素晴らしい研究ならば,英語で発表したほうがその価値も高まります。学術研究者としての証となり,自分の研究が他者からどう評価されるかもわかって,その後の研究へのモチベーション向上にもつながるでしょう。

 また,研究内容についても,従来の枠組みを超えたものになることを願っています。例えば,日本の特異な文化的背景を考慮した研究や,世界を対象とした国際的なプロジェクト,看護領域だけでなく他領域と連携した学際的な研究なども面白いですね。狭い範囲で完結してしまうのではなく,広い視野を持って研究に取り組んでいただきたいです。

――そのためには,どういったことが必要になるでしょうか。

黒田 一番大切なのは,海外の論文を読むこと。レベルが高い論文を知ることで,自分の研究を深め,さらに良いものにできると思います。現状では国内の論文だけでは物足りません。今は世界中の良い論文を検索し,入手することができるわけですから,英語でもがんばって読んでほしいですね。素晴らしい研究を行い,世界に発信していく研究者が増えることを楽しみにしています。

(了)

註1:Polit DF & Beck CT. Nursing research: generating and assessing evidence for nursing practice (9th ed.). Wolters Kluwer; 2012.
註2:Burns N & Grove SK. The practice of nursing research: Appraisal, synthesis, and generation of evidence (6th ed.). Saunders Elsevier; 2009.


黒田裕子氏
1977年徳島大教育学部看護教員養成課程卒。北里大病院や日赤医療センターでの病棟勤務を経て,聖路加看護大大学院修士課程修了。その後,日赤女子短大講師を経て,88年聖路加看護大大学院看護学研究科博士後期課程に入学。91年に博士(看護学学術)取得。東京医歯大医学部保健衛生学科看護学専攻・助手(学内講師)として勤務。93年より日赤看護大助教授,95年より同大教授として勤務。2003年より現職。現在,北里大看護学部長・研究科長,一般社団法人日本看護研究学会理事長,および日本クリティカルケア看護学会理事長を務める。

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