医学界新聞

インタビュー

2012.07.09

【シリーズ】

この先生に会いたい!!

選んだ道を悔やまない。
覚悟を決めて,頂点をめざせ!!

天野篤氏
(順天堂大学教授・心臓血管外科学)
に聞く

<聞き手>竹原朋宏さん
(慶應義塾大学医学部6年生)


 今年2月の天皇陛下の冠動脈バイパス手術で執刀医を務め,“異例の大抜擢”とメディアを賑わせた天野篤氏。手術に臨む際には,「自分の命を賭けるぐらいの覚悟が必要」と決意を求める一方,「納得できる理由さえあれば経験年数にかかわらず手術のチャンスはある」とも語る。果たして氏の考える外科医の在り方とは――。

 世界にその名を轟かす心臓血管外科医の哲学に,医学生の竹原朋宏さんが迫ります。


竹原 循環器分野ではさまざまな治療のエビデンスが出てきています。冠動脈バイパス手術を選択する際に,先生はどの程度エビデンスを重視されますか。

天野 それは症例にもよります。例えばパイロットの場合,乗務中の急変は絶対にあってはなりません。なので以前米国では,病変を確実に治療し,それを質的にも評価できる観点から,バイパス手術の選択は絶対条件と言われていました。危機管理の面を含め二重・三重のバックアップを考えたときには,エビデンスにかかわらずバイパスで血管をつなぐことが適切という判断が優先される典型例です。

竹原 つまり,場合によってはエビデンスを当てはめないほうがいいこともあるということですか。

天野 エビデンスレベルが低い場合,医療環境によっては有害となることもあるでしょう。エビデンスを第一義とせず,医療倫理的な背景や患者個人の生活環境,そして外科医の技量も判断材料として,治療法は決定付けられるものです。

竹原 リスクが高い場合は,手術を避けることも選択されると思います。

天野 もちろん少しでも患者さんのコンディションをよくし,リスクを下げるようにまずは努めます。しかし,リスクにかかわらず「自分がやらなければいけない手術」というものがあります。それは,他の医師よりも自分が行うほうが絶対に成功確率が高い手術です。

 治療のリスクは,ご家族や可能であれば患者さん本人ときちんと話します。これが自分の考えている手術ですが,場合によっては必要な処置まで届かないかもしれない。それをお互いが納得して,結果によらず受け入れられるよう治療を決めるのです。

竹原 手術の結果に関係なく,ですか。

天野 そうです。そのために大切なことは,コミュニケーションをとることです。私は患者さんにまず「どこに住んでる?」と聞きます。打ち解けられる話題から関係性をつくり,患者さんが理解できるよう状態や治療の説明をしています。

 心臓外科医は視野狭窄になりがちですが,医師になって経験することのほとんどは世の中のどこかに既に答えがあります。患者さんが発するサインでも,世の中に似たようなものが必ずあるのでそれを見逃さない。また,治療の上で必要なことを患者さんから伝えてもらえるような状況設定が大事です。

3秒で考える次の一手

竹原 先生は慎重に慎重を重ねて手術を行うタイプ,とメディアで紹介されています。

天野 私は決して慎重なのではありません。自分のなかにある経験に基づく医療をエビデンスと照らし合わせて,その場その場で最適の治療法を判断するので,慎重と思われる方もいるのでしょう。

 一例ですが,満員電車で突然立っていられないほど揺れたらどうしますか? 吊革につかまっていてはケガをします。そういう場合は,一度身をゆだねなければ駄目。ゆだねながら,3秒で次にどうするか考えるというのが私の答えです。そして,それに責任を持ち後悔しないことも重要です。

竹原 たった3秒で次の手を見いだすのは,決して簡単ではないと思います。

天野 必要なのは知識と経験の統合です。経験には時間が必要なので,若いうちはまず自分が興味を抱いたものを探究心を持って掘り下げ,1つひとつ知識を積み重ねていくといい。例えば内胸動脈であれば,どこにあり,何に使われるのか。バイパス手術に使うことがわかれば,いつ誰が最初に手術に成功したのか。そういった知識のネットワークが多くできれば,それらは統合されていきます。

竹原 先生自身はこれまで,どのように学んでこられたのですか。

天野 私は熱にほだされるというか,1つのことに夢中になってしまう性格なんですね。夜中に胃癌の標本からリンパ節を探っていたらその上で寝ていたこともあるし(笑)。

竹原 仕事に取り憑かれていた。

天野 そう。だから初期研修医時代は,例えば血液内科に行ったら血液だけを学ぶ。次に循環器を回れば循環器だけを勉強し,そこで学んだ知識を統合する。そうすると貧血ひとつとっても,「抗血小板薬の副作用である腸管出血が原因となるケース」のような単純だけど意外なパターンも頭に入ってくる。そういったことを,若いうちにたくさん頭のなかに刻み込んでおくといいでしょう。

竹原 手術手技はどう学んだのですか。

天野 「先生の手術をビデオに撮らせてください」ってよくお願いされるけど,ビデオじゃ無理ですね(笑)。というのは,動画は多くのメモリが必要なように,よほどの記憶力がないと覚えきれないからです。だから,私は紙芝居のように,大事なところだけをスナップショットで覚えました。1つの術式で5-6枚のイラストを頭に入れ,その間を知識でつなげるんです。

竹原 間の部分は個々の患者さんによっても違うということですね。

天野 手術する環境や自分のコンディションによっても違います。それに,最初から正確な動画のように記憶してしまうと,異なる状況に出合ったときに変えようがない。医学では抽象化したイメージでつかんでおくことが大事です。

その手術を自分が行う必然性はあるか?

竹原 知識と手技を学んでいけば,手術を経験できるチャンスはくるのですか。

天野 手術を任せられる大原則は,患者さんのことを最もよく知り,「予後を向上させる」という熱い思いを持ち,最低限その患者さんの予後を変えない治療を完遂できる技術と経験を持つことです。その治療をその医師が行う必然性を患者さんが認めてくれれば手術のチャンスはあります。

竹原 外科医としての経験年数とは関係ないのですか。

天野 関係ないと思ってやってきました。私の考える術者に求められる要件とは,「その医師がやったほうがいい手術なのか」「その手術にその医師が関与すれば良い結果を生むか」のどちらかです。だから,若い医師でも“自分が手術すべき”という説得力ある理由があれば,いくらでもチャンスを与えます。

 ただ自分が最もよい治療だと判断しても,それが間違っていることもあるわけです。失敗はそのまま患者さんの命にかかわります。当然同じ過ちを繰り返すことは許されないし,手術を行うには自分の命を賭けるぐらいの覚悟が必要なんです。

 でも最近は,私を超えるぐらいの強い気持ちを持った若者には出会っていないかな。

竹原 実際は決意を持った若手は少なくないと思います。

天野 アピールが少ないのかもしれ...

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