医学界新聞

2012.06.18

Medical Library 書評・新刊案内


女って大変。
働くことと生きることのワークライフバランス考

澁谷 智子 編著

《評 者》永田 貴子(国立精神・神経医療研究センター病院精神科)

女性の触法患者さんの葛藤から見えるもの

 私が勤務する司法病棟は,精神障害のために重大な他害行為を起こした人の治療と,安全な社会復帰を担う場所である。「幻聴や妄想がつらくて,我慢の限界を超えて(触法行為を)やってしまった」という人が多いなか,「私がいなくなってしまったら,残される家族が可愛そうだと思って」と,妄想から憐憫の情に至って,子どもや配偶者を傷つけてしまった人がいる。実は,後者のようなケースは,時代や国を超えて女性(特に産後のうつ病など)に多いことがわかっている。女性に期待される子育て,介護,家事などから生じる葛藤は,妄想の世界にまで大きな影響を及ぼす深いテーマなのだ。

 さて,本書の情熱的な真っ赤な地に,大きな白い字で「女って大変。」と書かれた表紙を見たとき,思わず「そうそう! 男性のみなさんとは違って大変なのよね」と思った。しかし,本書は男性と真正面から対峙するような単純な構図の本ではないのがよい。

 この本には,研究者,看護師,医師,そして働く女性の先達としての神谷美恵子を含む,十人の女性が登場する。家事の援助に感謝や申し訳なさ,理不尽さなど複雑な思いを持ちながらも第一線で研究を続ける方。生死をさまようような体験を機に,人生と母親の役割をドライにとらえ直した方。結婚,離婚,子どもの不登校などさまざまな体験が,資格の取得や精神科看護領域の仕事に立派に活きた方。家族の看護・介護と仕事としての看護業務の両立の葛藤をじっくり見つめた方もいれば,そこから「弾けて」新たな生き方の価値観をみつけた方もいる。皆さん,書いているうちに思いが溢れて,当初の予定の分量を大きく上回ったと伺った。それだけに,笑いあり涙あり,読んだ後は十編の珠玉の映画を見た気分だった(余談だが,私は,途中数ページある四コマ漫画で,母に「ごはんよ」と言われただけでキーっと怒っている思春期の娘の絵がリアルで大好きだ)。

 妻や母や娘として,さらに一職業人としてこうありたいという理想と,目の前の出来事に翻弄され時間を費やさざるを得ない現実との間に,「はぁ」とため息を漏らしてしまった経験は誰にでもあるに違いない。私も,治療者として冒頭の患者さんたちに向き合いながら,老親を持つ一人娘として,いまだ見ぬ結婚や出産の可能性をどんな風に自分に位置づけると一番しっくりくるのか模索している。そんなとき,常によりよい方向を求めて努力してきた本書の十人の物語は,とても心強く感じられる。

 昔に比べ,家族や価値観の多様な在り方が受容されるようになったぶん,人生の責任は個人にあると思われる面も大きくなった。「あなたが選んだ道でしょ」と言われれば,自己責任の名の下に女性の大変さを語ることばは失われてしまいがちだ。だからこそ,ウーマンリブ運動の起こった70年,80年代を超えた今,現代ならではの女性の大変さ,私の人生を自分のことばで語ってみよう,というのが本書である。そこには,立場を超えてうなずける生き生きとしたドラマが存在している。

 実生活で女性としてことばにできない思いを抱えている方,女性職場で働く方,女性をまとめる管理者の方など,さまざまな立場の方に読んでいただき,それぞれに感じたところを伝え合っていただけたら幸いである。

『精神医学』54巻3号(2012年3月号)掲載]

四六・頁266 定価1,890円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01484-7


クリニカルクエスチョンにこたえる!
臨床試験ベーシックナビ

臨床試験を適正に行える医師養成のための協議会 編

《評 者》猿田 享男(慶大名誉教授/医療研修推進財団理事長)

新薬・医療機器開発に不可欠な臨床試験のガイドブック

 日本において新薬や医療機器の開発の遅れが指摘されてから,かなりの年月が経過した。厚生労働省,医療関係者および企業の方々の努力にもかかわらず,いまだ思うような成果がみられていない。文部科学省でも,医科系大学や研究所の最先端研究を少しでも早く実用化させるため,橋渡し研究の拠点を整備し,新薬や新しい医療機器の開発支援に力を入れている。このような動きを加速させるために重要なことは,新薬や医療機器の開発において欠かすことができない臨床試験をもっと推進させることであり,それには医師,薬剤師,看護師をはじめ臨床試験に携わる多くの方々に臨床試験の重要性を理解してもらう必要がある。

 臨床試験にはいろいろな種類があり,新薬や医療機器の開発ばかりでなく,各診療領域において,診断や治療に関する日本人のエビデンスを得るための大規模臨床試験も重要な試験であり,その普及も強く求められている。

 このように,近年,臨床試験がますます重要となってきたことから,臨床各領域の専門医たるものは,臨床試験の基礎知識を有すべきとの理念の下,わが国において適正に臨床試験(治験を含む)を行える医師を養成する目的で,臨床試験医師養成協議会(会長:高久史麿氏)が2010年2月に設立された。その後,日本専門医制評価・認定機構加盟75学会の支援を得て,この協議会として臨床試験を適正に実施できる医師養成の一助とする方向でテキストの作成が求められた。そこで,日本臨床薬理学会前理事長の小林真一教授が中心となり,臨床薬理学に造詣の深い先生方が力を合わせて刊行したのが本書である。

 本書は,今後の医療における臨床試験の重要性を考慮し,医師や医学生ばかりでなく,臨床試験に関与するすべての方々に役立つように,大変わかりやすくまとめられている。まず,臨床試験とは何か,臨床試験の種類やその実施の意義など,総論的な解説に続いて,実際に臨床試験を実施していく手順やその進め方について,臨床薬理学に精通している先生方のこれまでの経験に基づき,詳細に解説されている。すなわち,研究デザイン,研究方法と研究対象者の選出法,試験期間やエンドポイントの設定法,統計処理,さらに試験の品質管理,臨床試験に伴う医療事故やその補償についても記載され,極めて有用なテキストになっている。さらに,臨床試験の実施手順とともに,実施に際して知っておくべき諸事項,例えば薬剤効果の個人差・人種差,薬理ゲノミクス,薬事関係の法的規制に関しても記載されており,この一冊を読めば臨床試験に関するすべてが理解できる素晴らしいテキストである。

 これからますます重要となる臨床試験について,医師,薬剤師,看護師をはじめ,医療職をめざす学生の方々にもぜひ読んでいただき,日本で立派な臨床試験を実施してもらいたい。

A5・頁176 定価2,100円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01430-4


認知症疾患治療ガイドライン2010
コンパクト版2012

日本神経学会 監修
「認知症疾患治療ガイドライン」作成合同委員会 編

《評 者》羽生 春夫(東医大教授・老年病学)

日常の診療で手軽に活用できるよう工夫された一冊

 現在のわが国における認知症患者は65歳以上の老年人口の8%,約230万人と推定されていたが,最近発表された厚労省研究班による疫学調査の中間報告によれば,65歳以上人口の15%を既に超え,推計患者数は約460万人にも達することが明らかとなってきた。このうちAlzheimer病が300万人を超えるという。さらに,20年後には患者数は倍増するだろうといわれている。したがって,認知症は老年者の最もcommonな病気となり,今後は専門・非専門を問わず,すべての臨床医が対応していかなければならないだろう。

 2002年に,日本神経学会が中心となり「痴呆疾患治療ガイドライン2002」が公開された。それ以降今日に至るまで,認知症領域においては,痴呆から認知症という名称の変更はもとより,新たな発見や治療の進歩がみられ,治療ガイドラインの改訂が求められていた。そこで2010年,日本精神神経学会,日本認知症学会,日本老年精神医学会,日本老年医学会,日本神経治療学会の協力の下に,中島健二委員長(鳥取大学教授・神経内科学)を中心に『認知症疾患治療ガイドライン2010』(通常版)が作成され,さらに今回,そのコンパクト版が発刊された。

 今回のガイドラインにおいては,認知症の定義や疫学に始まり,診断,治療の原則,経過,予防などの総論に続いて,軽度認知障害からAlzheimer病,血管性認知症,Lewy小体型認知症,前頭側頭型認知症,進行性核上性麻痺,大脳皮質基底核変性症,Huntington病,プリオン病の各疾患の診断や治療がクリニカル・クエスチョン(CQ)を用いた形式で記述されている。本書は,通常版をより短縮,簡便化するために若干のCQの統合やCQ表現が簡略化されるとともに,共通する記載を統一するなどの工夫が施されている。

 一方,2011年にはAlzheimer病や軽度認知障害の診断基準が示され,この文献を追加記載するとともに,せん妄のCQが加わり,わが国でも昨年から使用できるようになった新たなAlzheimer病治療薬の特徴や治療アルゴリズムも記載されるなど,通常版よりさらに最新の情報も加えられている。

 コンパクト版も通常版同様,evidence-based medicine(EBM)の考え方に基づいて作成されている上,CQ形式で読みやすく構成されており,何よりも簡潔な記載内容となっている。診療の最中に,分厚い成書を調べたり,論文を検索することは現実的に困難であるが,本書は,一般医師が日常の診療で手軽に活用できるよう工夫されており,診察室の机の上に置いていただければ,必要に応じて参照できる。最新の情報をハンディにまとめた本書は,急速に増加している認知症患者の診療に大いに役立つことと思う。

A5・頁256 定価3,570円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01337-6


《Ladies Medicine Today》
更年期・老年期外来ベストプラクティス
誰もが知りたい104例の治療指針

神崎 秀陽 編

《評 者》堂地 勉(鹿児島大教授・産科婦人科学)

最新の治療方針と,適切かつ具体的な対処法を掲載

 最近の医学・医療の進歩は,更年期を契機として,あるいは更年期周辺でさまざまな身体の急激な変化や疾患が発生することを明らかにしている。しかも,その機能的な,あるいは器質的な変化は,加齢よりもエストロゲンの減少が大きな要因になっていることをも明確にした。一方,女性が社会に進出し,それが当然のことになった現在では,更年期や更年期周辺に発生するさまざまな身体の変化・変調にどのように対応するかが,重要な課題としてクローズアップされている。このような状況の中で,健康であるということは,個人それぞれのQOLを追及することのみならず,社会的にも非常に重要な意味を持っているといえよう。

 また,更年期は更年期障害のみならず,特に閉経以降は高血圧,糖尿病,脂質異常症,骨粗鬆症,脳血管障害,認知症などの発生率が上昇してくることが明らかになっており,婦人科疾患のみならず,内科疾患,整形外科疾患,精神科疾患などもある程度念頭に置いた治療戦略が必要になってくる。しかし,多忙を極める産婦人科医にとって,他科疾患をじっくり勉強する時間がないことも事実である。また,婦人科疾患であっても,日進月歩する薬剤や治療に関しては,自分の専門分野でなければ常に最新の知識を持っておくことは困難である。さらに,当世の情報化社会にあって健康に関する情報は氾濫しており,一般人のみならず医療関係者においても混乱しかねない状況にある。

 本書はこれらの点を踏まえ,更年期および老年期女性の診療の際に,迷ってしまうであろう,あるいは,ためらってしまうであろう治療法や対処法について,それぞれの分野におけるエキスパートによる最新の治療方針と適切かつ具体的な対処法が記載されている。

 網羅されている内容は,婦人科疾患から泌尿器科疾患,内科疾患,精神科疾患および整形外科疾患など多岐にわたり,焦点を絞ったQ&A方式になっている。また,設問にキーワードを付したり,「ここがポイント」という項目をつくるなど,読者の理解を助けるように工夫が凝らされている。忙しい読者であれば,「ここがポイント」を読むだけでもその項目の重要点が理解でき,かつ最新の知見や治療法が入手できるようになっている。

 特に多くの読者が知りたいと思われるホルモン補充療法に関しては,最新の知見に基づくアドバイスが項目別に数多く記載されており,診療の際に大いに役立つものと考えられる。また,その情報は,そのまま患者さんへの適切なアドバイスにもなり,患者との信頼関係が深まることで治療成績が向上することが期待できる。さらに,他科疾患に関しても,最新の情報のみならず,産婦人科医として必要最低限必要な情報が項目ごとにコンパクトにまとめられており,日常診療の助けとなることは間違いないであろう。

 このような実践的で,最新情報を満載した書はあまり見たことがなく,読了後,この上ない良書であると実感した次第である。更年期および老年期外来担当医,女性外来担当医やオフィス開業医,また中高年以降の疾患に興味のある医師にとっては,ぜひとも手元に置きたい書(バイブル)であると確信する。

B5・頁408 定価8,925円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01533-2


《標準理学療法学・作業療法学 専門基礎分野》
運動学

奈良 勲,鎌倉 矩子 シリーズ監修
伊東 元,高橋 正明 編

《評 者》濱岸 利夫(中部学院大講師・理学療法学)

理学療法学・作業療法学を学ぶ者に必須の知識を記述

 32年前,旧金沢大学医療技術短期大学部で奈良勲先生(金城大学学長,広島大学名誉教授)と生田宗博先生(東京工科大学教授・作業療法学)から運動学の講義を受けていたとき,日本語で書かれたテキストは『基礎運動学』と『臨床運動学』(ともに医歯薬出版より刊行)」の2冊のみであったと記憶している。

 また,『カパンジー機能運動学』(医歯薬出版)は翻訳されておらず原書で講義を受けた。今思い出しても,運動学の講義にはまじめに取り組んだ学生ではなかったが,両先生が講義でご苦労なさっていた記憶は残っている。

 しかしながら,今日は多くの出版社から運動学の著書が出版されており,毎年学生の教科書を選定する際にはありがたい反面,戸惑うことが多い。このことは日本における運動学の発展を意味すると考えており,運動学を基礎学問とする理学療法学あるいは作業療法学にとっては非常に喜ばしいことである。

 今回,『標準理学療法学・作業療法学 専門基礎分野』からシリーズの一環として『運動学』が出版された。個人的には,以前より『運動学』のみが出版されていなかった点が気になっていた。また医学書院から『運動学』に関する教科書が出版されてこなかったことも意外であった。

 内容としては,従来からの多くの類書においてほとんどみられてこなかった顔面筋の運動について,第4章で個々の筋肉についての収縮時の表情が図で記述されており,表情筋収縮時の理解が得やすいと思われる。さらに近年,重要性が認識されてきている嚥下・咀嚼については多くの記載があり,運動学的な視点より詳細に記述してある点は注目に値する。理学療法学あるいは作業療法学を学ぶ学生には,必須の知識となってきている証しであろう。

 また,筆者が長く臨床活動にかかわってきた小児領域に関しては,第7章で子どもの図を多く取り入れてあり,運動発達については初年時の学生でも視覚的に理解し,学びやすくなっていると思われる。加えて随所にAdvanced Studiesという記述がされており,学生だけではなく臨床の第一線で活躍するセラピストの皆さまにも参考になると考えられる。

 最後に,シリーズのファンにとって,本書の発行は長く待ち望んだことであろう。また,大学や専門学校など,教育機関の図書館においては全巻取りそろえることが可能になり,理学療法学・作業療法学関連のさらなる図書の充実に寄与すると信じている。シリーズ全巻の刊行をあらためてお祝いしたい。

B5・頁328 定価5,250円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00020-8

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