双極性障害を“識る”(秋山剛,尾崎紀夫,加藤忠史)
対談・座談会
2012.05.21
【座談会】 | |
|
“躁うつ病”と呼ばれ,統合失調症とともに二大精神疾患の一つに数えられてきた双極性障害。報道等でもしばしば取り上げられるうつ病に比べ注目される機会は少ないが,鑑別の難しさ,高い自殺企図率,再発率等,実は多くの課題を抱えた疾患だ。今回は,双極性障害の認知度向上と患者支援に積極的に取り組む三氏が,疾患を正しく理解し,早期に適切な治療を行うために何が必要か,長期的な視点を交えた議論を展開した。
尾崎 2011年,デンマークにおいて,精神疾患の全入院患者約17万人を36年間にわたり追跡した大規模研究の成果が発表されました。そのなかで,双極性障害患者の自殺既遂リスクは,数ある精神疾患のうち男性で1位,女性で2位という高率であることが明らかになっています1)。
一方日本では,07年に「自殺総合対策大綱」が策定されるなどうつ病を中心とした自殺対策が進みつつありますが,双極性障害についてはほとんど触れられていません。その背景には,双極性障害という疾患の認知度が十分でない現状があり,できる限り多くの患者さんが生きやすい社会を作るため,疾患に関する啓発が早急に求められています。本日はそうした視点から,双極性障害の診断・治療に関する議論を深めていきたいと思います。
躁の病歴を見逃さない
尾崎 双極性障害の診断が難しいというのは,皆さん見解の一致するところだと思います。03年の米国における調査では,正しく診断されるまでに平均で7.8年,3分の1の方は10年以上経過しています。また26%もの方が,正しく診断されるまで5人以上の医師を受診しているということです2,3)。この状況は日本でも同様で,特にうつ状態はうつ病に,躁状態は統合失調症に間違われている場合が多くあります。
双極性障害の未治療期間が長いほど入院回数・自殺企図回数が多くなるという報告4)もあるなか,より早期に,正しい診断に結びつけるには,どのような考え方が必要になるでしょうか。
加藤 双極性障害の病態解明の途上にある現状では,受診時の症状と病歴から診断を付けるしかありません。双極性障害のうつ状態とうつ病との鑑別ができないのは,原理的に仕方のないことです。
最善の方法は「より妥当な診断に早く近付けるためには,病気に関する情報が多く必要である」「新たな情報が得られたら,診断が変わる場合がある」ことを患者さんに話し,理解と協力を求めていくことだと思います。
尾崎 診断の鍵となる情報を集める際の注意点は,何かありますか。
秋山 まず何よりも,軽躁状態を患者さんが自分から報告することは非常に難しいと,医師が理解する必要があります。精神科医は通常,「○○な症状がありますか」「ありません」といった患者さんとの会話を通して病気の有無を判断していますが,「軽躁=いつもより調子が良い状態」ととらえている患者さんには,“症状”と言われても,報告のしようがないわけです。
尾崎 例えば構造化面接SCIDでは,「他人とトラブルになったことはあるか」という質問が,躁の病歴を確認する例として示されています。しかし,ネガティブな表現を使って過去の経験を聞いても,躁病相の把握は困難です。「人生で一番仕事がはかどったのはいつごろか」など,前向きにとらえられる質問なら,聞きだせる場合も多いように感じます。
秋山 一方,患者さん側からの情報精度を上げるには,本人に活動記録表を書いてもらうのが最も効果的だと思います。「夜中,いつまでもテレビゲームを続けている」「パチンコ屋に何時間も入り浸っている」など,軽躁に基づく行動(=“症状”)は,活動表の記録があって初めて把握できるものです。
双極性障害の特徴は状態の変化ですから,医師は,グラフを追うようにして体調の流れを把握しなければなりません。しかし患者さんは,“瞬間値”や“あるスポットでの状態”として自分が苦しかった症状を報告することはできますが,一日一日の状態の変化を2週間分まとめて伝えることは難しい。こうした意味でも医師は,活動記録表でより精度の高い情報を確認する必要があります。
それが難しければ,家族や周囲の人から話を聞くのも,一つの手でしょう。
診断の拡がりをどう考えるか
尾崎 双極性障害は,なかなか正しく診断されない面がある一方で,多様な病相を呈することから診断枠を定義しにくく,それが過剰診断などの問題につながる場合がみられます。
例えば,主に米国で問題になっているのが,小児の双極性障害の過剰診断です。「かんしゃく」等の易怒性が顕著な子どもを,成人期の双極性障害との関連が明らかでないままに,「特定不能の双極性障害」などの診断枠に当てはめるケースが増えています。06年には,わずか4歳の女の子が双極性障害と診断され,多剤併用で亡くなるという痛ましい事故もありました。
加藤 この問題の背景には,DSM-IVの文言の拡大解釈が原因としてあったと言われています。そこでDSM-5では,小児・思春期の障害について「DMDD (Disruptive Mood Dysregulation Disorder)」という概念が新たに追加される予定です。また,双極性障害の躁病エピソードの定義にも「“一日中”,ほぼ毎日」という記載が加わりました。これらにより,一日のうちに断続的に起きるような情動は躁状態とは切り離されてとらえられるようになるでしょう。
尾崎 小児に関しては,過剰診断に歯止めがかかる可能性がありそうですね。
もう一つ,診断の枠組みがあいまいになりつつあるのが双極II型障害です。
加藤 そもそもDSM-IVの作成時点では,重症の躁うつ病で,躁とうつ両方の症状で入院経験のある人をI型,うつのみ入院経験のある人をII型,どちらも入院までいかない人を「その他の双極性」と分類していたはずです。しかし現在II型と診断されるのは,うつも躁も軽い方々にまで拡大し,診断の確実性の低さもあいまって,疾患の輪郭はかなりぼやけてきています。
その一方,双極性障害の臨床試験はI型対象がほとんどで,II型のエビデンスの蓄積は非常に少ないのです。II型をどうとらえ,どう治療すべきかが,今後の双極性障害領域での一つの課題になりそうです。
秋山 実際のところ,Bipolarityの度合いにはかなり幅があると考えられます。つまり,完全な単極型うつ病の方から少しずつBipolarity が増していって,双極II型,I型に至るわけです。診断体系としての診断基準を緩める必要があるとは思いませんが,I型,II型という診断基準以外にも,Bipolarityスペクトラムとしてきめ細かに状態を把握し,気分安定薬等で治療を行ったほうがよい患者さんがいると思います。
尾崎 薬の使い方も,複雑化してくるということですか。
秋山 ええ。まだBipolarityの同定の仕方が確定していないため,臨床的に有用なデータはあまりありませんが,抗うつ薬も,「単極性うつ病には使う」「双極性障害には使わない」の2パターンでは測りきれないように感じます。
加藤 米国のSTAR*D(Sequenced Treatment Alternatives to Relieve Depression)研究においては,双極スペクトラムの診断基準案に当てはまるか否かで,抗うつ薬の効果に差は見られませんでした5)。したがってこの診断基準案では,治療選択における臨床的意義がないことになります。
一方で気分安定薬のリチウムに関しては,難治性うつ病患者のうち,リチウムで増強効果が出た方には,双極性障害の家族歴が多いという論文もあります6)。双極スペクトラムの判断基準には検討の余地がありますが,同じうつ病と診断されていても,背景にあるBipolariryの程度により気分安定薬の効き方には差が出るのかもしれません。
秋山 臨床での感覚と近いものがありますね。今後継続的にデータをとって,検討すべき課題であると思います。
患者が障害をどう受け止めているか意識したアプローチを
尾崎 もともと“Polarity(極)”に着目されて生まれた双極性障害の概念ですが,疾患の本質は“Cyclicity(繰り返し)”にあると言われ,その再発率は5年後で80%以上とされています7)。出産後の再発率も,すべての精神疾患の中で最も高いとされ,出産後6か月の累積再入院率は22%に上るというデータもあるほどです8)。
そのため双極I型障害では,一度でも躁病相があれば再発予防のための維持療法を導入すべきとされています。治療のメインとなるのが,気分安定薬の長期服用です。
加藤 例えばうつ病では,病相の治癒から再発予防までを1年程度のタームで考えますが,双極性障害のタームははるかに長い。ほぼ生涯を通じて,再発しないよう保つことが究極の目標になります。
ただ「一生」に近い形での服薬継続を受け容れることは,患者さんにとって人生の大きなパラダイムシフトです。薬のパンフレットや,学会のガイドラインなどの「生涯にわたる服薬が必要」という記載を不用意に目にすることで,大きなショックを受ける可能性もあります。
秋山 患者さんが求めているのは,「薬を飲まなければ再発するぞ」ではなく「飲んでいれば元気に過ごせるよ」という言葉だと思います。われわれ医療者は,同じ内容の説明をするなら,よりポジティブな表現を心がけることが必要です。外科医が人の身体にメスをいれるのと同じく,精神症状を持っている人にとって,精神科医の言葉はこころへのメスです。必要なことは言わなければなりませんが,侵襲や痛みは,必要最小限にとどめるべきであり,この点で精神科医としての力量が問われてきます。
加藤 おっしゃるとおりです。
Elisabeth Kübler-Rossによる『On Death and Dying』には,「死を受け容れるときには,否......
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
医学界新聞プラス
[第3回]冠動脈造影でLADとLCX の区別がつきません……
『医学界新聞プラス 循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.05.10
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
対談・座談会 2025.03.11
最新の記事
-
対談・座談会 2025.04.08
-
対談・座談会 2025.04.08
-
腹痛診療アップデート
「急性腹症診療ガイドライン2025」をひもとく対談・座談会 2025.04.08
-
野木真将氏に聞く
国際水準の医師育成をめざす認証評価
ACGME-I認証を取得した亀田総合病院の歩みインタビュー 2025.04.08
-
能登半島地震による被災者の口腔への影響と,地域で連携した「食べる」支援の継続
寄稿 2025.04.08
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。