医学界新聞

対談・座談会

2012.05.07

座談会

患者の「多様性」「個別性」に応える
高齢者糖尿病のマネジメント

横野浩一氏(神戸大学大学院医学研究科 総合内科学教授/神戸大学理事・副学長)=司会
荒木厚氏(東京都健康長寿医療センター 内科総括部長)
櫻井孝氏(国立長寿医療研究センター もの忘れ外来部長)


 高齢社会の進展に伴い,日常の外来診療において高齢の糖尿病患者を診る機会は増えている。これらの患者は「高齢者糖尿病」とひと括りにして診られるものではなく,加齢に伴う生理的・身体的な変化からそれぞれの生活背景まで,一人ひとりの患者を総合的に評価する必要がある。つまり,患者の多様性・個別性に応える診療・療養指導が求められていると言える。

 本座談会では,高齢者糖尿病の診療経験が豊かな3氏が,治療戦略の立て方や普段の外来診療で注意すべき点など,よりよい治療と管理を実現するための方策を議論した。


増加する高齢者糖尿病

横野 厚労省が公表した糖尿病の実態調査によれば,「糖尿病が強く疑われる人」「糖尿病の可能性を否定できない人」は,1997年は1370万人,2002年は1620万人でした。2007年の調査結果では2210万人に達し,この5年間で590万人の増加が見られました。

櫻井 厚労省のデータを年代別に見ると,高齢者に当たる年齢層で糖尿病が疑われる方が急増していますね(1)。男女ともに主として60代と70代以上で顕著な増加が見られ,人口の超高齢化が進む現在,高齢者の実に3人に1人が糖尿病かその予備軍と推定されています。

 1997,2002,2007年の調査における「糖尿病が強く疑われる人」「糖尿病の可能性を否定できない人」の年代別割合(文献1を基に作成)

横野 高齢者の耐糖能低下や糖尿病は,加齢に伴って出現するインスリン分泌不全とインスリン抵抗性が要因です。最近では,加齢に伴う筋力低下や筋肉量減少を指す「サルコペニア(sarcopenia)」,さらに内臓脂肪が相対的に増加した「サルコペニック・オベシティ(sarcopenic obesity)」によってインスリン抵抗性が惹起されることも主因のひとつとして考えられていますね。

荒木 確かに欧米のデータでは,サルコペニック・オベシティや筋力低下がインスリン抵抗性や糖尿病と関連するという報告があります。しかし,それが日本人で本当に当てはまるかどうかは今後検討すべき課題だと思います。

 われわれが行った高齢糖尿病患者の調査では,DXA法で評価した筋肉量の低下とインスリン抵抗性との直接の関連は見られません。ただし,糖尿病患者は非糖尿病患者と比して,筋力や身体能力が低下しやすいことがわかりました。療養指導の上でも注意すべきことでしょう。

低血糖に対する脆弱性が特徴

横野 「高齢者糖尿病はエビデンスが少なく,どのように治療すべきかわからない」とよく言われます。高齢者糖尿病の臨床的特徴をどのようにとらえ,治療に当たればよいですか。

櫻井 高齢者糖尿病には多様性があることをまず理解していなければなりません。同じ高齢者といえども,非常に元気な方もいれば,予後の限られた方もいる。また,発症が青年期であり長い経過をたどった糖尿病の場合もあれば,高齢になってから発症した比較的軽症な糖尿病の場合もあります。個々の患者によって治療戦略や合併症予防に対する考え方を変えていく必要があるのです。

荒木 高齢者糖尿病の大きな特徴としては,低血糖に対する脆弱性が挙げられます。低血糖は転倒・骨折だけでなく,認知機能の低下にもつながる恐れがあり,可能な限り回避すべきものです。ただ高齢者は低血糖を起こしやすい一方で,冷汗,動悸,手のふるえなどのいわゆる低血糖の自律神経症状が消失する場合が多く,めまい,ふらふら感などの非典型的な症状や呂律不良,片麻痺などの神経症状が低血糖で現れることがあります。これらは見逃されやすいので注意が必要でしょう。

 高齢者糖尿病を診る際は低血糖を回避することを念頭に置き,特にそのリスクが高いと考えられる患者では,低血糖の有無をいつも疑うこと,できるだけ低血糖を起こしにくい治療方法を選択することが大切です。

横野 より慎重にコントロールする必要性がある高齢者糖尿病患者のスクリーニングは,どのように行うべきでしょうか。

荒木 米国における65歳以上の退役軍人49万7900人のデータベースに基づく研究報告2)によると,認知症にまで至っていない認知機能低下や認知症を持つ糖尿病患者は1年間の低血糖のリスクが,認知機能が正常な人と比べてそれぞれ1.7倍,2.4倍と増加していました。したがって,認知機能の低下がある患者について最も慎重に血糖コントロールすべきですね。そのほか,ADL低下,低栄養,多くの併発疾患を持っている人も低血糖を起こしやすい。こうした,いわゆる「虚弱」に該当する高齢糖尿病患者に対して,慎重な血糖コントロールが求められると思います。

横野 「虚弱」はどのように評価すればよいでしょうか。

荒木 明確な定義は定まっていませんが,Friedらは(1)体重減少,(2)疲労感,(3)握力の低下,(4)歩行速度の低下,(5)活動度の低下,の5項目を挙げ,そのうち3項目以上当てはまる場合に「虚弱」に該当するとしています3)

 「虚弱」はもともと低栄養,サルコペニア,心理状態の悪化を含む概念ですが,最近では,認知機能低下,社会的サポート不足,多剤併用などを含めた多次元的な「虚弱」の概念が提唱され,それが1年間の死亡率を最もよく予測すると言われています4)

横野 老年医学を専門としていれば「虚弱」もわかりやすい概念だと思うのですが,専門としていない医師が虚弱を疑うためには,患者のどのような点に着目すればよいのでしょうか。

荒木 「認知機能の低下が見られるかどうか」が判断しやすいと思います。認知機能が低下すると,身体機能や活動度の低下も見られるようになり,また心理的に不安定になる場合も多い。認知機能の低下を評価することで,虚弱に相当する項目のすべてではなくても,多くをカバーすることができます。

血糖コントロールには「下限」の意識が求められる

横野 高齢者糖尿病では血糖コントロールの基準も個別的に考える必要があります。各国において,機能障害のない健康な高齢者と虚弱な高齢者とで2段階に分けたガイドラインが散見されるようになりました。

 米国老年医学会は,健康な高齢者はHbA1c 7.0%(以下,HbA1c値はすべてNGSP値で表記)未満としていますが,虚弱高齢者や余命が5年以下と推定される高齢者は8.0%未満としています5)。一方で日本糖尿病学会では,基本的には高齢者の血糖管理目標値を空腹時血糖140mg/dL,HbA1c 7.4%以下としながらも,患者の状態を詳細に考慮した上で個別的な対応を行うことを呼びかけています。

 また最近では,急激に血糖値の正常化を図ることが必ずしも予後によい影響を与えないこともわかってきたため,血糖コントロールの下限値を設定する必要性も指摘されるようになりましたね。

櫻井 そうですね。特に虚弱に該当するような高齢者糖尿病であれば,コントロール値の下限を意識して治療を行う必要があります。

横野 では,どの程度まで血糖値を下げるとよいのでしょうか。例えば,米国の後向きコホート研究の結果によると,2型糖尿病の虚弱高齢者に対してはHbA1c 6.0%以上8.0%未満の幅でコントロールすることが推奨されています6)

荒木 SU薬やインスリンを使用している場合は,HbA1c 7.0%未満になると低血糖を起こす患者が多くなるため,下限値を6.0%とするのは少し厳しいように思います。

 当院では,高齢者の血糖コントロール目標は2段階に設定すべきと考え,健康な高齢者はHbA1c 7.4%未満とし,認知機能低下や認知症がある虚弱な患者の場合はHbA1c 8.4%未満としています。

 虚弱な患者の下限値は,SU薬使用の場合は6.9%,インスリン治療の場合は7.4%と設定し,安全域を作ることが大切だと考えています。

横野 薬剤に対する反応性の個人差を考慮することも必要ですね。薬剤を使用する際には,低血糖を回避するためにも少量から投与を始め,徐々に増量を図るなど,患者の状態を把握しながら進めるなどの配慮が大切です。

 2009年以降,インクレチン関連薬として,DPP-4阻害薬やGLP-1アナログ製剤が臨床で使用できるようになり,薬剤の選択肢も増えてきました。GLP-1アナログ製剤は注射薬のために高齢患者への導入が難しい場合もありますが,DPP-4阻害薬は経口薬で使用しやすい印象があります。

荒木 DPP-4阻害薬は単独では低血糖が生じにくく,腎機能低下例でも使用できる場合が多いことから,高齢者では有用と言えます。

櫻井 DPP-4阻害薬は血糖値の変動が小さい点も非常に魅力的です。現在,青壮年患者でのエビデンスができつつあり,基本的には高齢者もそれに準ずる形で使用してよいでしょう。しかし,これらのインクレチン関連薬に関する長期的視野に立ったエビデンスは確立されていない点は,十分に理解しておくべきことです。

コントロール不良に陥りやすい認知症合併例への対応

横野 高齢者糖尿病においては,コントロール不良になる原因として認知機能の低下が最も多く挙げられ,特に配慮が必要です。

 まずは認知症の早期発見が重要になりますが,日々の診療ではどのようなことを心がけるとよいですか。

櫻井 普段の外来診療では,「もの忘れ」などの認知症早期に生じる記憶障害の症状や,生活機能障害の有無に関する情報を得ることから始めるとよいと思います。

 国内外のデータから,糖尿病は脳血管性認知症のみならず,アルツハイマー型認知症のリスクであることもわかっています。外来診療の中で脳血管性認知症やアルツハイマー型認...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook