医学界新聞

対談・座談会

2012.04.16

対談

日本の医療費を見つめ直す

加藤治文氏(東京医科大学名誉教授/新座志木中央総合病院名誉院長)
長瀬隆英氏(東京大学教授・呼吸器内科学/厚生労働省薬価算定組織委員長)


 2012年度の診療報酬改定では,救急・周産期医療と在宅医療の充実が重点課題として掲げられたなか,全体改定率は+0.004%とほぼ横ばいとなった。医療者の負担軽減と質の高い医療の実現には診療報酬のいっそうの充実が必要だが,国家財政の悪化により支出の抑制が求められており,日本の医療費は厳しい舵取りを迫られている。

 本対談では,厚生労働省薬価算定組織の前委員長である加藤治文氏と現委員長である長瀬隆英氏が日本の医療費の在り方を議論。薬剤費を中心に,医療者の視点から適正な医療費を実現するための方策を語っていただいた。


加藤 日本の医療費は約36.6兆円(2010年度)に上り,毎年1兆円以上増加しています。適正な医療費の維持が国家的な課題となるなか,本日は医療人の立場から医療費の在り方を考えてみたいと思います。

日本の医療費は高いのか?

加藤 医療費では,GDP比がよく論点として取り上げられます。OECDヘルスデータによれば,日本の保健医療支出のGDP比は8.5%(2009年)ですが,OECD平均の9.5%よりは低く,国際的には決して高くはありません。

長瀬 日本の医療費総額はもちろん巨額ですが,薬価は欧米と比べはるかに低額です。国民一人当たりの医療費も低いため,現場の視点では医療費は決して高額とは言えないのだと思います。

加藤 そうですね。医療現場を見渡すと,病院の経営難,医療従事者の低い待遇,研究費の不足による医学研究の停滞など,医療に必要な資金が不十分だと感じさせる側面があります。充実した医療を行うためには,現在の診療報酬ではまだ不足しているのでしょう。

長瀬 また,今日の医療費増加には,医療の需要が満たされていないという背景があるのだと思います。

加藤 医療行政はそのニーズを満たすために,適切に対応していくことも重要ですね。今後の医療費を考える上では,国民が負担できる額を維持しながら,医療者・国民がともに満足できる水準とすることが"適正"なのだと思います。

薬剤費における無駄をなくすには

加藤 とはいえ,医療費の高騰を防ぐためには,無駄を減らしていく努力が大切でしょう。なかでも,年間約8兆円に上る薬剤費には,まだ医療者の努力で減らせる部分があると感じています。

 長瀬先生は現在,薬価の算定に携わっておられますが,まず日本の薬価の決め方について説明していただけますか。

長瀬 薬価にはいくつかの算定方式があります。新規の効能を持ついわゆる新薬の場合には,研究・開発・製造コストに一定の利幅を足す「原価計算方式」が採用されます。一方,既存の薬物と類似の効能を持つ薬の場合には,最初の薬物の値段を参考にして薬価を決める「類似薬比較方式」という計算方式も採用されます。また輸入薬では,輸入原価を基にその妥当性を判断しながら算定します。

 薬価算定組織ではこの算定の補正を中心に審議し,保険収載される薬価を定めます。補正加算の判定材料は,基本的にはその薬物が奏効するというエビデンスです。良質のランダム化比較試験(RCT)で有効性が証明された薬物には,薬価が上乗せされます。

加藤 薬剤費の適正化という観点からも,エビデンスが明確な薬物の使用を促すことは大切ですね。しかしながら,例えば抗癌薬では費用対効果の低い薬物が多いのが現状です。「画期的新薬」という触れ込みでも30%程度の患者に有効であれば十分とされるので,実は"無駄な処方"も多いのです。

長瀬 患者により奏効率に差があることは身をもって感じていますが,例えば分子標的薬ゲフィチニブでは,EGFR遺伝子変異を有する非小細胞肺癌患者に絞れば腫瘍縮小効果を高率に認めます。すなわち,医学や分子生物学の進歩により,薬物の効果を患者ごとにある程度予測できるようになるのではないでしょうか。

加藤 最近の薬物では,肺癌の原因遺伝子ALKの抗体薬クリゾチニブも,適用のある患者は少ないも

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