東日本大震災被災者の健康調査から見えてくること(坂田清美)
寄稿
2012.03.12
【寄稿】
東日本大震災被災者の
健康調査から見えてくること
坂田清美(岩手医科大学医学部衛生学公衆衛生学講座教授)
東日本大震災による死者・行方不明者数は,2012年1月17日現在1万9237人で,戦後最悪の自然災害となった。最大で40万人以上が環境の劣悪な避難所に避難せざるを得ない状況が発生した。岩手県では1月17日現在で,大槌町が人口の8.6%,陸前高田市の7.9%,山田町の4.1%,釜石市の2.7%,大船渡市の1.0%が犠牲となった。死者・行方不明者数は陸前高田市1852人,大槌町1307人,釜石市1055人,山田町769人,宮古市534人,大船渡市427人で,県全体では6034人に上り,いまだに1367人が行方不明となっている。
岩手県では被災状況が最も深刻な大槌町,陸前高田市,山田町の3市町約1万人を対象に,厚生労働科学特別研究として被災者の健康に関する長期追跡研究を実施している。ベースライン調査では18歳以上に問診票による調査,診察,血液検査,尿検査とともに呼吸機能検査も実施し,18歳未満については,0-2歳,3-6歳,小中学生,高校生相当の4階級に分けて問診票による調査を実施しているところである。メンタルヘルスに問題のある人や生活習慣改善支援が必要な人に対して支援体制を構築しながら,脳卒中,心筋梗塞等の発症調査および死亡小票調査により,被災者のリスク評価を実施する予定である。
本稿では,3市町の中で最も早く健診を開始した山田町の18歳以上の問診調査の暫定的な解析結果に基づいて報告する。
被災者の健康状態に関する大規模調査を実施
厚生労働省は,東日本大震災の被害が甚大であった岩手県,宮城県,福島県を対象として「東日本大震災被災者の健康状態等に関する調査」研究班(研究代表者:林謙治・国立保健医療科学院院長)を,厚生労働科学特別研究として発足させた。目的は,(1)生活習慣病,生活不活発病,感染症,心的ストレス等を把握し必要な対応を行うこと,(2)避難所の環境および被災者に対する保健・医療・福祉面における支援状況を把握すること,(3)これらの情報把握により行政施策に反映しやすい体制の実現をめざすことである。このため,研究班では被災者の健康状態等に関する調査研究グループと被災者を支える体制に関する研究グループを組織し,それぞれの調査研究を実施している。被災者の健康状態等に関する調査研究グループでは当初,岩手,宮城,福島の3県の各1万人をコホートとして設定予定であったが,福島については全県民を対象とした別のコホートを設定するため,対象から除かれることとなった。18歳以上の調査項目は下記の通りである。
<調査項目> ●健康調査 ●問診調査 |
さらに65歳以上の者,アレルギー患者,難病患者,透析患者,障害者,がん患者には,別途震災の影響を追加調査した。
度重なる転居が心の健康に大きく影響する
山田町における研究対象者のデータを以下に記す。
<山田町の被災者健診> 18歳以上の被災者健診対象者:6139人 |
受診者の健康状態では,「良くない」が1.2%,「あまり良くない」が14.3%,「まあ良い」が74.8%,「とても良い」が9.7%であった。
震災前の就労状況では,「就労していた」が55.3%であった。なお,年金生活者,学生,無職はすべて「就労していない」に含めた。就労者の震災後の仕事の変化を図1に示す。「失業した」は37.0%,「稼ぎが減った」は19.2%であった。
図1 就労者の震災後の仕事の変化 |
心の健康度を示すK6の得点分布を図2に示す。岡山市の一般住民の成績(註)と山田町の成績を比較した。5点以上の有所見者は岡山市では23.8%であったのに対し,山田町では44.7%と約2倍であった。13点以上の重症群は岡山市では1.7%だけであったのに対し,山田町では6.9%と4倍以上高い割合となった。
図2 山田町受診者と岡山市一般住民のK6得点分布の比較 |
K6の得点と震災後の住居移動回数との関連を見ると,移動回数が多いほど得点が高くなっており,度重なる移動が心の健康に大きく影響を与えている結果となった。K6と家庭の経済状況との関連では,経済状況と心の健康は極めて強い関連を示した。
PTSDの評価尺度となる震災の記憶について調査した結果では,「思い出したくないのに,そのことを思い出したり,夢に見る」は26.1%,「思い出すとひどく気持ちが動揺する」が28.0%,「思い出すとからだの反応が起きる」が8.1%でみられた。震災の記憶についてもK6と同様,住居の移動回数および経済状況と密接な関連がみられた。
将来の不安と戦いながら生活を営む被災者の現状
被災した岩手県沿岸の12市町村の復興計画は,2011年12月26日の大槌町を最後に出そろったところであるが,課題はいまだ山積している状態である。地域住民の就労者の3分の1以上が失業し,職はあっても5分の1で収入が減少しており,被災者は経済的な困難を抱え不十分な住環境の仮設住宅に住み,将来の不安と戦いながら毎日の生活を営み,仮設住宅から通常の住宅への移行を模索しているのが現状である。
とりわけ,高血圧,糖尿病をはじめとした生活習慣病のリスク管理により脳卒中・心疾患の発症を予防することと,肉親や友人を失ったことにより悪化しているメンタルヘルスを改善しながら,経済苦等の不安要因を軽減させる施策により自殺を予防することが重要な課題である。そのためには,保健師,栄養士,臨床心理士等の市町村への配置と専門家による問題の分析と活動支援が重要となる。
岩手医科大学では災害医学講座および災害・地域精神医学講座を新設し,県・市町村と連携して被災者支援に取り組む予定である。全国の臨床,公衆衛生関係者各位の継続的な支援をお願いするものである。
註)川上憲人ら.成人期における自殺予防対策のあり方に関する精神保健的研究.平成17年度厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業)「自殺の実態に基づく予防対策の推進に関する研究」分担研究報告書.
坂田清美氏 1981年自治医大医学部卒。同大公衆衛生学講座講師,和歌山医大公衆衛生学講座助教授を経て,2005年より現職。主要研究領域は,生活習慣病の疫学。労働衛生指導医,岩手県医療審議会委員,岩手県開発審査会委員,岩手県自殺対策推進協議会委員などを務める。 |
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