医学界新聞

2012.03.05

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


臨床に活かす
病理診断学
消化管・肝胆膵編
 第2版

福嶋 敬宜,二村 聡 編

《評 者》鶴田 修(久留米大教授・消化器病センター)

画像診断の実力向上にお薦めの一冊

 消化器疾患に携わる臨床医が日常の診断・治療をより確実に行う上で,画像診断は避けて通ることのできない重要な診断法の一つである。初心者にとって画像診断は興味深く,最初は画像診断の参考書などを片手に診断を行い,ある程度の診断能力を身につけることはできるが,必ず突き当たるところは画像所見と病理所見の対応であり,病理学的知識の無さが原因で画像所見の理解・評価に難渋してしまうことになる。画像診断には病理学的所見との対応が必要であることがわかり,一念発起して病理の教科書を読み始めても途中で挫折してしまい,画像診断の実力アップがかなわないままの臨床医はかなり多いと思われる。

 そこでお薦めの病理教科書が『臨床に活かす病理診断学――消化管・肝胆膵編(第2版)』である。本書は病理学的知識のあまりない肝・胆・膵,消化管などの消化器病の臨床にこれから携わろうと志す医師を対象としている。まず各臓器の正常組織像や疾患の概念を解説し,次に病変のマクロ写真,病理組織写真・シェーマ像を数多く提示の上,わかりやすく解説してあり,初心者でも途中で挫折することなく,比較的容易に画像診断に役立つ病理学的知識を得ることができるよう工夫された内容となっている。実際の臨床の場で本書を片手に画像所見と対応させながら,繰り返し繰り返し読んでいくと,普通ではなかなか習得の難しい病理学的知識がみるみる身につき,それに並行して病理学的所見を考慮した画像診断を行うようになり,いつの間にか画像診断の実力が向上しているであろう。

 以前にかなり時間をかけて消化管病理を学んだ筆者からみると,このような病理書で苦労少なく知識を得ることは,うらやましい限りであり,これから学ぶ医師にとっては夢のようにありがたい話である。ぜひ,消化器疾患の画像所見を行う際には本書を携帯されることをお勧めする。

B5・頁300 定価8,925円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01095-5


小腸内視鏡所見から診断へのアプローチ

松井 敏幸,松本 主之,青柳 邦彦 編

《評 者》田中 信治(広大病院教授・内視鏡診療科)

この1冊で,小腸疾患診療の実際がに取るように理解できる

 松井敏幸,松本主之,青柳邦彦先生の編集による『小腸内視鏡所見から診断へのアプローチ』という著書が医学書院から2011年10月に発刊された。八尾恒良先生,飯田三雄先生による『小腸疾患の臨床』(2004年発刊,医学書院)に続く,形態学のリーダーシップを取る九州大学/福岡大学グループの小腸疾患診断学のバイブル第2弾である。『小腸疾患の臨床』が発刊されたとき,なかなか経験することが少ない小腸疾患を美しい画像で系統的にまとめた教科書として強いインパクトがあったが,本書はまた違った意味で,非常に個性のある素晴らしいテキストに仕上がっている。

 近年,バルーン内視鏡やカプセル内視鏡が広く普及・一般化して以来,多くの小腸病変が診断されるようになってきたが,所見はあるものの意外と診断に至らない症例が多く,小腸病変の病態の奥深さを感じる今日このごろである。一方,最近X線造影検査が不得手な若い先生方が増えて小腸内視鏡検査ばかりに走り,小腸X線画像診断がやや軽視されている傾向がある。もっとも,これは小腸に限らず全消化管共通の極めて深刻な課題であるが……。

 本書の特徴は,基本が内視鏡所見から構成されており,またその画像が非常に美しいことである。そして,その解説に始まり,内視鏡画像にリンクするように美しい完璧なX線造影所見,切除標本所見,病理所見が呈示され,病態を含めて詳細に解説されるという形式をとっている。しかも非常に読みやすい。この形式は,内視鏡診療から始まる最近の消化管診療実態に極めて合致している。日ごろ,内視鏡検査を中心に行われている先生方にとっても,個々の症例に関連した美しいX線造影画像との対比が堪能できるとともに,X線造影検査の臨床的有用性を深く理解でき勉強できると思う。

 本書は,単なるアトラスとしての内容だけではなく,総論として,小腸X線造影検査・小腸カプセル内視鏡検査・バルーン小腸内視鏡検査などの小腸内視鏡診療手技の実際が詳細に解説されており,さらに,内視鏡所見別の鑑別診断の考え方も詳しく説明されている。そして,巻末にはさまざまな分類や定義も簡潔かつ詳細に記載されており,この1冊があれば小腸疾患診療の実際が手に取るように理解できるし,若い先生たちの教科書・参考書として日々の臨床に役立つことを確信する。

 繰り返しになるが,これだけ美しく完璧な内視鏡画像,X線造影画像,手術標本や病理画像で構成されたシステミックな小腸診療に役立つテキストが発刊されたことは臨床医にとって非常に大きな福音である。小腸疾患の診療に携わる先生はもとより,そうでない先生にもぜひとも購入して読んでいただくことを強くお勧めする。

 このような素晴らしいテキストを発刊された松井敏幸,松本主之,青柳邦彦先生に敬意を表するとともに,心から御礼申し上げたい。

B5・頁192 定価12,600円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01446-5


《神経心理学コレクション》
アクション

丹治 順,山鳥 重,河村 満 著
山鳥 重,河村 満,池田 学 シリーズ編集

《評 者》高田 昌彦(京大霊長類研究所教授)

"アクション"の作動原理を解き明かす前頭葉レビューの傑作

 本書を初めて手にし,いつものようにまず「序」に目を通した。残りは時間のあるときにと思っていたが,まるで評判の推理小説を読むかのように,そのまま時間を忘れて一気に読み切ってしまった。

 私は著者の丹治順先生と以前から懇意であり,また,著者と著者の研究グループが長年にわたって展開してきたさまざまな大脳研究の中身をかなりよく知っている一人ではあるが,あらためて読み進めてみると,本書はまさに40年以上に及ぶ大脳生理学者としての著者自身のヒストリーがつづられた"読み物"であった。最も驚くべきは,この"読み物"のシナリオ全体がほとんど著者自身の研究のみで描かれていることである。

 本書では,"アクション"をヒトが周囲の世界に対する働きかけとして出力する手段であり,個体の意図の表れとして行われる運動であると定義しており,まず大脳前頭葉に分布する運動関連領野の概念にアップデートを迫るところから始まる。そこには,基本的な共通理解を確立することで,現存する教科書や入門書には系統的な解説がないという状況を変えたいという著者の強い願いが込められている。さらに,現在一般的に広まっている知識には誤りと理解不足が多いという問題点を明確にすることに力点を置いている。このため,一次運動野に始まり,運動前野,補足運動野などの高次運動野,そして前頭前野に至るまで,サルを使った神経生理学の研究成果を提供し,それぞれの機能について考察を進めるという形をとっている。特に,最後に登場する前頭前野については,その機能を行動の統合的司令塔としてとらえており,これこそ著者の前頭葉研究を総括する考え方である。本書を通して,著者は"アクション"を可能にする大脳の働きを明快に説明するとともに,未解明の事象に関する本質的な問題提起を行い,さらに今後の前頭葉研究に関する的確な指針を与えている。

 昨今の脳神経科学の研究分野は,数多の研究者による実験データが氾濫しており,情報のアップデートを頻繁に行う必要がある反面,脳の構成原則や作動原理に迫るような確かな情報を選び出すことが極めて厄介(しかし重要)な作業になっている。優れた教科書がない(特に日本語では)状況で,著者のように高い見識を持った大脳生理学者が体系的な知識と学問の正しい方向性を提示した本書が,とりわけ若手研究者にとって貴重なバイブルとなることに疑いの余地はない。

 本書は,著者(先生)と,聞き手(生徒)であり神経内科学の権威でもある山鳥重先生,河村満先生との軽快なやりとりで構成されており,随所に両先生からの鋭い突っ込みや臨床から見た興味深いコメントと,それらに対する著者の適切なレスポンスが絶妙の間合いとなっているので大変読みやすい。このような構成によって,単なる研究内容の解説にとどまらず,複眼的な視点が常に示されており,読者一人一人が主体的に理解を進めることができる。また,脳神経科学の基礎および臨床研究に携わっている人たちだけでなく,さまざまな臨床医学,看護やリハビリテーションなどのコメディカルとして従事している人たち,さらには人文社会科学系の研究者までをも対象として,意識的に平易な語調でまとめられている。

 本書のおかげで,このように幅広い読者層を横断して,"アクション"の担い手としての大脳前頭葉の役割に関する理解が格段に深まるであろう。本書は,"アクション"の作動原理を解き明かす前頭葉レビューの傑作である。

A5・頁184 定価3,570円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01034-4


問題解決型救急初期診療 第2版

田中 和豊 著

《評 者》徳田 安春(筑波大大学院教授/筑波大病院水戸地域医療教育センター・水戸協同病院総合診療科)

系統的診断とエビデンスに基づく治療を初期研修医に

 『問題解決型救急初期診療』の第2版がついに出た。単独の著者によるマニュアルなので読みやすい。米国などで臨床経験を十分に積んだ著者の経験と英知が整理された「鉄則」と「ポイント」は,現場で大変役に立つ。箇条書きで書かれており記憶に残りやすい。内容のレベルは初期研修医に合わせてあるが,ベテラン医が救急当直をすることが多い臨床現場では,ベテラン医にとっても知識を再確認するチェックリストとしても役に立つ。

 イントロダクション編の中で,感銘を受けた文章をいくつか挙げてみる。「マネジメントを変えない検査は原則としてしない」「検査にも治療効果がある場合がある」「大部分のcommon diseaseは,パターン認識(直感的診断法)で対応できる」「救急室では,必ずしも確定診断にたどりつく必要はない」「コンサルテーションは適切な人を適切なタイミングで呼ぶ」などの文章は,まったくもって同感である。

 イントロダクション編から続く本書のコア部分は,症状編,外傷編,救命・救急編である。症状編では,26の主要症状を取り上げ,アルゴリズムを多用した診断のポイント,重要疾患の治療法や薬剤投与量まで記載している。特に症状解析の一般論と痛みに対するアプローチは重要項目であり,研修医にとっての必須項目である。検査へ偏重しがちなわが国の現場では,病歴と診察所見の重要性が貫かれている本書が果たす役割は大きい。

 治療法や薬剤投与量については,やや画一的であるがエビデンスに基づいており,救急初期治療の現場では妥当なレベルといえる。もっともこれは著者も述べているように,治療法は単一の種類ではないので,研修医は本書に基づいて個々の治療薬を選択する場合,指導医や上級医に相談して確認をとることが必要である。

 著者は系統的診断の重要性を力説しており,アルゴリズムを用いて基本部分を説明している。ただ,エキスパートによる直観的迅速診断は,系統的診断知識を動員したメンタル・シミュレーションから得られるというのが,評者の理解である。すなわち臨床エキスパートは,豊富な臨床経験に基づいて症候学的アルゴリズムを自身の頭の中に叩き込んでおり,メンタル・シミュレーションで迅速な系統的診断を行っているのである。

B6変・頁608 定価5,040円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01391-8


神経眼科
臨床のために 第3版

江本 博文,清澤 源弘,藤野 貞 著

《評 者》石川 哲(日本神経眼科学会初代理事長/北里大名誉教授)

数ある神経眼科教科書の最新版

 今回,東京医科歯科大学眼科・江本博文氏,清澤源弘氏2人のスタッフを中心に,1991年初版の藤野貞氏(故人)による『神経眼科』改訂第3版が出版された。今回書評を依頼されたので本書を紹介すると同時に,2012年に第50回を迎える日本神経眼科学会の発展も知っておいてほしいので以下に紹介する。

 本邦では1974年に石川哲編・著で『神経眼科学:NEURO-OPHTHALMOLOGY(以下,N-O)』が日本で初めて医学書院から発刊された。『N-O』は,故藤野氏を含む北里大学眼科教室員により執筆された。当時,神経眼科学の教科書は評者が留学したニューヨーク大学のKestenbaum(眼科臨床専門),ジョンズ・ホプキンス大学のWalsh(神経病理学)およびカリフォルニア大学のHoyt(脳神経外科・眼科)らの著書が米国から出版されていた。

 そのころ日本では水俣病,神経ベーチェット病など日本人に数多く発症した眼症を含む特異な疾患もあったので,上記の教科書『N-O』は,それら疾患の紹介と病態の解明,診断,治療などに重点が置かれた。これら難病患者から得られる情報は複雑で,新たに開発された他覚的所見に基づく症例の神経眼科的分析法,つまり眼球運動,瞳孔,調節,輻湊などの分野に立ち入り他覚的分析法を駆使して疾患を詳述した書籍は当時世界にもみられず,日本独特の神経眼科教科書であった。

 さて約40年後,非常に読みやすく整理された『神経眼科――臨床のために 第3版』が出版されたことは大変喜ばしい。本書は各章の初めに目次とページを示し,内容が順序よく記載されているので項目を探しやすい。この領域に新しく入る学徒にも文章は個条書きで読みやすく,覚えやすく,読者の理解を容易にするための図もわかりやすくトレースされている。患者の顔写真は直接に表示しにくい現在,それを読者に理解させるには幾多の困難があるが,これを見事に克服し,図の作成,説明にもいろいろと工夫がなされている。加えて,日ごろから藤野氏が一般外来で神経眼科と関連する患者を診たとき一体何を考えるかについての解説と,今回も付録として採用された"診断七つ道具"がある。これも外来診察で大いに活用してほしい。評者がもし付け加えるとすれば,J Arden開発のコントラスト感度測定チャートなどがあるとさらに視覚情報系異常検出に便利かもしれない。

 本書では,難解とされる先端の電気生理学的技術の応用,分子生物学的手法の応用による疾患分析の詳細,さらに新しい神経薬物治療法に関しては記載が少ない。例えば慢性疲労症候群や,線維筋痛症など最近の難病の治療法などは述べられていない。

 数ある神経眼科教科書の最新版として本書は座右に置き,神経眼科と関連する新しい疾患の要点などを知りたいとき,神経眼科に関する基礎知識を深めたい方々にお薦めしたい。

B5・頁440 定価9,975円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01375-8


臨床薬理学 第3版

日本臨床薬理学会 編
中野 重行,安原 一,中野 眞汎,小林 真一,藤村 昭夫 責任編集

《評 者》五味田 裕(就実大副学長・薬学部長/岡山大名誉教授)

最適・最良の薬物療法を志向する者に,新しい視点での考え方を提供する

 薬は,元来生体作用の強い物質であり,その物質がヒトの身体のゆがみ,すなわち疾患を治療し,患者の心身の苦痛を癒したとき,初めてその物質に"薬"としての称号が与えられるものと思われる。そこでは薬の物質的特性の把握はもちろんであるが,作用する生体側の病態生理を十分把握しておく必要がある。しかしながら,疾患によってはいまだ十分解明されていないものもあれば,また合理的な薬物治療を施す意味で考慮すべき点も多々存在する。その意味で,日本臨床薬理学会では,薬物治療の有効性と安全性を最大限に高め,個々の患者へ最適・最良の治療を提供することを掲げている。

 わが国では,基礎薬理学についての参考書は前々から存在していたものの,本格的な臨床薬理学についての教科書は1995年以前存在していなかった。そこで日本臨床薬理学会では臨床薬理をより体系化するために,1996年『臨床薬理学』の教科書を発行するに至った。その大きな流れの根底には,医療者が合理的な薬物治療を施す際,常に薬がクスリたる真の意義を問うという"評価"の概念が存在していると思われる。薬理の「理」は,まさに薬たる"ことわり"を意味し,それは治療者側からの治療評価,患者側からの満足度評価がなくてはあり得ない。本教科書では,その双方の「評価し合いながら」という考え方がさらにクローズアップされ,最適・最良の薬物療法を志向する者に対して新しい視点での考え方を提供している。

 具体的には,薬物治療における患者とのパートナーシップ,薬物治療の創薬・育薬のチーム医療の考え方,世界における医薬品開発の考え方,薬物代謝酵素と遺伝性,疾患別のより的確な最新薬物投与計画,最新のエビデンスに基づく薬物治療等々,個別化医療を踏まえた新しい情報を数多く盛り込んでいる。さらに,新規医薬品の開発に関しての評価では,時代の流れと直近の法的側面に触れ解説がなされている。

 優れた医薬品は,医療施行側,治療を受ける患者側,そして医療が施される社会側等において,種々の観点から評価され,そこで初めて"真の薬"が誕生すると思われる。その"真の薬"を誕生させるためには,創薬・育薬にかかわる医療人の専門性が問われることは言うまでもない。その意味で日本臨床薬理学会では,以前から日本臨床薬理学会認定制度を発足させ,すでに多くの専門医,認定薬剤師,認定CRCが誕生している。その結果として患者には早期の治療が,また副作用の早期発見が可能となり,また優れた医薬品の開発にもつながっている。本書第3版では,最新の情報をもとに各専門家が実際の展開を踏まえながら解説されており,当学会認定制度の道しるべ的内容が含まれている。

 そのような意味で,本書第3版が,治療を施す者(医師,薬剤師,看護師ら),創薬・育薬関係者(医薬品開発者ら),また医学・薬学・看護学・臨床検査学などの分野での教育者,学生・院生,さらには医療福祉関係者らにとって大いに役立つものと確信している。

B5・頁464 定価8,400円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01232-4


ティアニー先生のベスト・パール

ローレンス・ティアニー 著
松村 正巳 訳

《評 者》岩田 健太郎(神戸大教授・感染症内科)

読者が臨床経験を経ることでより輝きを増す,箴言の重み

 まず本書を開いたとき,「字が少ないな」と思ってはならない。

 近年,医療情報量は爆発的に増加した。ウェブ上コンテンツの充実により,一疾患の解説を「5000字以内にまとめて」という制約はもはや存在しない。そこで「うちのはこんなにコンテンツがありまっせ」という量的評価が行われるようになる。「この教材には○○のことがカバーされていない」という形で,コンテンツはけなされるようになる。しかし,パール集のようなコンテンツには,量的評価はなじまない。

 われわれは芭蕉の句集や島田ゆかの絵本,茨木のり子の詩集を開いて「字が少ない」とはけなさない。「そういうもの」だからである。句集や絵本や詩集は字の多寡で評価されるものではない。そういう量的評価しか書物に求めることができない人は,東京都の電話帳でも読めばよいのだ。

 パールは,とりわけ優れたパールは,搾り取った果実の一番美しい一滴である。パールが盛りだくさん,というのは形容矛盾であり,時々回診時にポロリと(そしてズバリと)「50歳以上の患者で多発性硬化症を診断したら,真の診断はほかにある」と上級医の口から放たれたとき,パール(真珠)は美しく輝くのである。毎日大量に繰り返されるステイトメントはパールとは呼ばない。それはときに陳腐ですら,ある(「入院患者には必ずレントゲンと心電図とっておけよ」)。

 本書は,ポケットマニュアルのようにセカセカとスピーディーに開く本ではない。穏やかな心持ちのときにゆっくりと読むのがよい。リズミカルに英文を読んでみるのも楽しい。声に出して読めばなお楽しい。

 Defined properly, dysphagia is one of the few symptoms in medicine for which an anatomic correlation nearly always present ; too often it is this disease.(On Esophageal Cancer)。

 そして,箴言の重みは臨床経験の蓄積とともに,実際の患者と照らし合わせてさらに光を増す。5年後,10年後に読み直すと,さらにその輝きが増しているはずだ。優れたワインのように。

A5・頁146 定価2,625円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01465-6


ナラティブ・メディスン
物語能力が医療を変える

Rita Charon 著
斎藤 清二,岸本 寛史,宮田 靖志,山本 和利 訳

《評 者》松村 真司(松村医院院長)

新たな医療の可能性を示すナラティブ・メディスンの解説書

 中学・高校時代,通学時間が長かったこともあって,往復の電車では本をよく読んだ。圧倒的に多かったのは,当時人気のSF短編集や映画のノベライズ小説であった。国語教師でもあった高校の担任が家庭訪問に来たときに,そんな本ばかりがずらりと並んでいる私の本棚を一瞥して,そして言った。

「こんな本は本ではない」。

 それから数十年もたった今も,私はその言葉に決して同意はしない。なぜならば,彼が本ではない,と告げたさまざまなテクストたちはすべからく私を揺さぶり,その後の私と私の世界を形成したからである。読書という行為は,文字を介して,時間や空間,そして世界のすべての約束事さえも超えて他者の紡いだ物語に触れることであり,自己は形成されていくのである。

 臨床は,病や死といった生活の中で比較的大きな部分を占める事象を主たる対象にしている。もちろん私たち医師の行為は医学という物語の枠の中で規定されている。そして,その制約は自分を苦しめ,時に患者を,そして世界をも苦しめていく。日々私たちが臨床で遭遇する苦しみ,悲しみは,このような医学という固有の物語による身体的・精神的制約から生じているのではないか,と感じることさえある。世界には,医学という物語から離れた無数の物語が存在し,それらは密に交錯している。そして医学もまた,そういった自己から他者へ,他者から自己の果てしない交錯の上に成り立っている。

 本書は,一般内科医師かつ文学・倫理学博士でもある,コロンビア大学リタ・シャロン氏によって書かれたナラティブ・メディスンの解説書である。ナラティブ・メディスンとは,ナラティブ・コンピテンス(物語能力)を通じて実践される医療であると定義され,本書はナラティブ・メディスンとは何か,から始まり,ナラティブ・コンピテンスの涵養のための精密読解(close reading)やパラレル・チャートの用い方などの訓練法が,実践例とともに解説されている。そして,ナラティブ・メディスンがこれからの医療,特に生命倫理の枠組みや社会正義の実現などに向けてどのように活用されていくかの展望が記され,新たな医療の可能性を示している。

 本書の邦訳版の序文にシャロン氏自らが寄せているように,これらの物語たちの中に,先の戦争や震災の試練を経た東洋の小国で暮らす私たちの物語たちが加われば,世界はさらにその深みを増していくに違いない。

A5・頁400 定価3,675円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01333-8


めまいの診かた・考えかた

二木 隆 著

《評 者》加我 君孝(東京医療センター・臨床研究センター名誉センター長/国際医療福祉大三田病院教授・耳鼻咽喉科)

めまいの病態生理から臨床症状・治療方針までを説き起こした画期的テキスト

 フランスの神経学者のシャルコー(1825―1893年)が"眼振にだけは手を出すな"と言ったほど眼振というのは当時わかりにくいものであったが,現在ではその生理も病態もよくわかるようになっている。初期研修医にとってめまい発作を呈する救急患者が運ばれたときは,CTをオーダーして脳に病変がないかどうかチェックする程度であるかもしれないが,耳鼻咽喉科以外の医師であってもフレンツェル眼鏡で頭位眼振検査をすれば,おそらく半数以上の患者の正しい診断が可能であろう。眼振の有無がわかるからである。ただし,そのためには眼振の正しい診かた・考えかたを身につけていなければできることではない。

 本書は,この100年めまい・平衡障害の領域で星野貞次,福田精,檜學の各教授をはじめとする多くの人材を生んだ伝統のある京都大学耳鼻咽喉科学教室で研鑽を積み,アカデミックなキャリアの後,現在めまいを中心とする東京のプライベートクリニックで活躍する二木隆先生による半世紀のめまい診療の総決算である。

 本書は4つの章とコラムからなる。第1章の「図解:めまい診療」では,(1)緊急時のめまい患者への対応,(2)日常診療でのめまい患者への対応,(3)耳鼻咽喉科での二次検査に分けて,イラスト,写真,表を用いてわかりやすく説明している。電気眼振計の記録(ENG)の重要性を強調している。しかし,所見を記載してもその背後にある病態生理がわからないとなぜそうなるのか理解ができないため,第2章「めまいの基礎講義」冒頭のカラー図譜で解剖と病態生理をわかりやすく説明している。めまいと眼振はここの理解なしにはいくら経験しても深くならない。

 次に第3章「重要なめまいの診かた・考えかた」で小脳障害,顔面神経麻痺を伴うめまい,良性発作性頭位めまい症,メニエール病,前庭神経炎について最近の考えかたと症例が説明されている。第4章「症例から学ぶさまざまなめまい」では著者が発表した論文のうち,末梢性めまいから中枢性めまいまでのエッセンスを記載している。

 本文以外に本書を特徴付けているのは17から成るコラムである。バラニーやメニエールの発見などをはじめ,読者がおもしろく読んでかつ本質が理解できるような工夫されたコラムである。

 眼振や眼球運動は動きのあるものであり,いくら記述しても研修医や専門外の医師にとってはわかりにくいものである。本書を改訂する際には,短くてもよいので眼振・眼球運動に関する動画のDVDを付録に付けると理解が増すであろう。

 現在は既にシャルコーの時代と違い,眼振には積極的に手を出すことで,正しい診断が可能な時代であることを本書は教えてくれる。

B5・頁178 定価4,725円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01124-2


medicina増刊号 2011年11月号(Vol.48 No.11)
内科 疾患インストラクションガイド 何をどう説明するか

『medicina』編集委員会 編
松村 真司 編集協力

《評 者》山口 徹(虎の門病院院長)

医療スタッフとの情報共有と,患者・家族への説明に

 医師の負担軽減が話題となっている。その原因として医師不足に議論が集中しているが,医師の負担増の背景には医学の急速な進歩,医療の専門分化という問題も存在している。高度に細分化された医療現場では,忙しい臨床に追われる医師にとって,自分の専門分野はともかく,他領域の進歩を学ぶことは容易ではない。しかし目前の患者は自分の専門外の問題を抱えていることも多く,説明を求められる機会は多かろう。専門書をひもとけばいいわけであろうが,その時間はないのが常である。また自らの医療についての患者への情報提供,インフォームド・コンセントにも,看護師などチーム医療のメンバーとの情報共有にも,時間が必要である。時間がいくらあっても足りない。そのような内科診療の現場に備えておくとよい1冊がこの特集である。

 本増刊号は「患者に何をどう説明するか」のガイドブックである。「どのような病気でしょうか」「どのような検査をするのでしょうか」「どのような治療がありますか」「日常生活ではどのような注意が必要ですか」「急変した場合どうしたらよいでしょうか」という患者からの5つの質問に答える形でまとめられている。患者への説明サンプルとその背景にある病態や治療指針,ガイドラインに関するコンパクトな解説がある。要領を得ていて過不足がない。さらに,「COPDは"治り"ますか?」「どうしても透析だけはしたくないのですが……」「インスリン注射は嫌です」など,130を超える患者の訴えなどにも専門家の経験に基づく一口メモが添えられている。内科疾患が網羅されているが,日常診療で出会うことの多い精神疾患,運動器疾患,皮膚疾患などの関連分野も取り上げられている。患者とのコミュニケーション術に関する話も冒頭にあり,参考になる。

 本増刊号は,内科疾患の診療にかかわるすべての臨床医にとって役立つ手引きである。また看護師などのチーム医療のメンバーにとっても,医師と情報を共有し患者,家族へ説明するのに役立つものである。多忙な臨床の第一線で末永く活用されることを願っている。

B5・頁672 定価7,560円(税5%込)医学書院


ティアニー先生の診断入門 第2版

ローレンス・ティアニー,松村 正巳 著

《評 者》佐藤 泰吾(諏訪中央病院・内科総合診療部)

大切なことは後から,わかる。

 私は2000年―2004年までの4年間に何度かティアニー先生とともに過ごす幸せに恵まれた。松村理司先生(現・洛和会音羽病院院長)が中心となって運営されていた,舞鶴市民病院での「大リーガー医」招聘プログラムでの経験だ。

 『ティアニー先生の診断入門(第2版)』を読了した時,松村理司先生の声がよみがえってきた。「大リーガー医がホームランを打っているときに,何をボーっとしとるんや!」と,いら立ちとともに発せられた声である。

 舞鶴市民病院における,ある日のケースカンファレンスでのことだ。2年先輩が,ティアニー先生に症例提示。高齢男性で,細菌性髄膜炎の症例であった。症例のポイントは髄液から2種類のグラム陰性桿菌が検出されている点であった。「Great case! strongyloidiasis!」とティアニー先生はにこにこしながら答えられた。その瞬間のティアニー先生のしぐさは,しっかりと私の中に残っている。しかし卒後間もない私には,2種類のグラム陰性桿菌が髄液中に検出されることが,なぜ問題になり得るのか理解できなかった。正直に言うと,「strongyloidiasis」が何を意味するのかさえ知らなかった。私にはほとんど何もわからないまま,カンファレンスは終了した。ティアニー先生が部屋を出たあと,松村理司先生の前記発言。

 『ティアニー先生の診断入門(第2版)』はとてもわかりやすい文章と構成で記述されている。ケーススタディーもティアニー先生の思考を丁寧になぞることができるように作り上げられている。もちろん,長年にわたりティアニー先生とディスカッションを積み重ねてこられた,松村正巳先生の配慮が行き届いているが故。思考の補助線になるcolumnも魅力的だ。閑話からはティアニー先生のお人柄がとてもよくうかがえる。

 「Great case! strongyloidiasis!」から,10年以上の時がたった。臨床の時間を積み重ねる中で,わからないことを抱え続けることの大切さを教えられた。その場ですべてを理解できなくても,その時の風景,言葉,しぐさを記憶にとどめおくことが大事なのだ。結果として,いつも大切なことは後から,わかる。

 今の私には,2種類のグラム陰性桿菌が髄液から検出されているときに,なぜ「糞線虫症」を考えなければいけないのか,理解できる。そのために,何を患者から聞き出し,どのような背景を考慮すべきなのかも知っている。

 『ティアニー先生の診断入門(第2版)』は通読も容易だ。しかし,ここに記されている大切なことを,本当に理解できる日は,さらなる時を経た後であることも感じさせられる。

 そのことを確認するためにも,数年後に再読したいと思わせる魅力に満ちた書籍である。

A5・頁208 定価3,150円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01440-3


総合診療・感染症科マニュアル

八重樫 牧人,岩田 健太郎 監修
亀田総合病院 編

《評 者》大曲 貴夫(国立国際医療研究センター感染症内科/国際疾病センター)

医師としての規範を伝えてくれるマニュアル

 自分自身の研修医時代を思い出してみる。

 私が研修医のころ,先輩から教わった「研修医1―3年目までの研修目標」というものがあった。1年目は,まずは体で仕事を覚えること。2年目は,そんな1年目を指導するために,教育すべき内容が自分の中で言語化されていること。3年目は,そうやって身につけた日々の診療の内容を成書や文献で裏付けていくこと。そんな1―2年目の医師には,日々の診療を進めていくための行動と指導の指針が必要である。この数年で身につけることがその後の医師としての人生の中で自身の医療現場での行動規範となることを考えれば,何を指針とするかは極めて重大事だといえる。

 亀田総合病院の総合診療・感染症科は,私もよく知る岩田健太郎先生・細川直登先生・八重樫牧人先生が耕された部門である。そのメンバーが今回,総合診療・感染症科マニュアルを出された。このマニュアルはその「指針」たり得るものといえる。

 まずサイズが良い。ポケットに入り場所をとらない。小さいからポケットから出すときに引っ掛からない。また,アルゴリズムも良い。忙しい現場の中で,一覧性が高くしかもシンプルでよく練られたアルゴリズムほど役に立つものはない。このマニュアルにはそのアルゴリズムが多く収載されている。さらに,図が良い。診察手技など,文章ではなかなかにイメージが湧きにくいものについてはやはり図や写真が欲しい。

 しかし何よりも私が気に入り,なおかつ感嘆した部分は,冒頭の患者ケアの目標設定から原則に至るまでの,いわば診療の作法の部分である。医師として身につけるべき素養は多い。各分野の知識・手技の練習など,挙げれば事欠かない。しかし最も重要なのは,医療者としての作法であり,態度であり,判断の指針ではなかろうか。従来の医療現場での教育ではこれらの点が重要であることは経験的に知られていても,系統的に教育されることはあまりない。心ある上級医が,自分が自然成長的に身につけたことを後進に伝えていく程度である。本マニュアルではその部分が見事に言語化されている。読めば,その内容が実践に裏打ちされているであろうことが読み取れる。亀田総合病院の総合診療・感染症科にはこれだけの診療文化・教育文化が根付いていることの証である。このような現場を既に作り上げている亀田の先生方を心から賞賛したい。医師教育に当たる者にとって,この部分は必読ではなかろうか。

 あえて注文を言えば,各論はProblem basedに整理する,もしくは索引を付けるなどしてあればもっと良かった。患者の問題点をいかに的確に抽出しそれを解決していくのかが私たちに求められていることだが,だからこそ現場思考のProblem basedな問題整理は必要だと思うのである。

三五変・頁464 定価2,625円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00661-3