『胃と腸』歴代編集委員長の“私の一冊”(八尾恒良,多田正大,牛尾恭輔,飯田三雄,芳野純治,松井敏幸)
対談・座談会
2012.01.16
【座談会(『胃と腸』47巻1号より)】
『胃と腸』歴代編集委員長の"私の一冊"
八尾恒良氏 佐田病院名誉院長 |
多田正大氏 多田消化器クリニック |
牛尾恭輔氏 国立病院機構 九州がんセンター名誉院長 |
飯田三雄氏 公立学校共済組合 九州中央病院院長 |
芳野純治氏 藤田保健衛生大学 坂文種報徳會病院院長 |
松井敏幸氏 福岡大学筑紫病院 消化器内科教授 =司会 |
雑誌『胃と腸』では,2012年1月,創刊号(1966年4月号)からのバックナンバーを電子化。世界をリードし続けてきたわが国の消化管形態診断学の貴重な資料のすべてが,このたびオンラインで閲覧可能となった。本紙では,オンライン化を記念して開催された『胃と腸』誌の歴代編集委員長による座談会のもようを,ダイジェストにてお届けする(座談会全文は『胃と腸』47巻1号に掲載)。
松井 『胃と腸』のこれまでを振り返る切り口として,先生方が感銘を受けた「私の一冊」をお挙げください。
「Endoscopic Surgery」
松井 まず2007年4月-11年6月に編集委員長を務められた芳野先生,お願いします。
芳野 私が選んだのは11巻11号「Endoscopic Surgery」(1976年)です。このとき私は卒後2年目だったのですが,これを見て消化器に進もうと思ったほどインパクトがありました。
この号の主題は,内視鏡的乳頭括約筋切開術(EST)です。1974年にESTが臨床で初めて行われ,その2年後に本号が発行されています。当時,内視鏡は診断に使われるだけで,吐血患者は直ちに外科にお願いし,内科医は何も治療ができませんでした。しかし,これから内視鏡による治療が始まるのだと思いました。今はESDなど素晴らしい内視鏡治療法がありますが,本号がそのはじめの一歩を示していると思います。
「大腸腺腫症――最近の知見」
松井 続いて2004-07年の編集委員長だった飯田先生に一冊を挙げていただきます。
飯田 印象に残っているのは家族性大腸腺腫症に関する特集です。一冊に絞れば,32巻4号「大腸腺腫症――最近の知見」(1997年)になります。この一冊は,私がずっと取り組んできた大腸腺腫症研究の総まとめとして書いたものです。
私が消化器科医として最初に発表した論文は,「小児例を含む家族性大腸ポリポーシスの上部消化管病変についての考察」(『胃と腸』10巻9号,1975年)です。これはわずか2 家系5例の症例報告ですが,そのうちの3 例が小児例でした。この論文では,子どもが親に近づいていくときの世代間変化は自然経過と自然史を表しているという推測をもとに,大腸は放っておくと癌になるが,上部消化管では癌になることは少ないと結論付けました。その後,私が九大を退官するまでに,百十何例のポリポーシス症例を経験しましたが,それらから得られた結論はこのときの推論と全く同じでした。
私の消化管の研究と診療の成果を発表する場はずっと『胃と腸』でした。『胃と腸』は私の育ての親であり,『胃と腸』があったからこそさまざまな成果を発表でき,非常に感謝しています。
「消化管の"比較診断学"を求めて」
松井 順番に,2000-04年にかけて編集委員長を務められた牛尾先生にも挙げていただきます。
牛尾 私からは21巻1・2号「消化管の"比較診断学"を求めて(1・2)」(1986 年)を挙げます。当時は胃から大腸へと関心が移りゆく時代でしたが,消化器の統一的な診断学が成り立つのではないか,という考えから編集委員会でこの企画を提案しました。
私がこの号を挙げた理由の1つは,臓器の境界部である食道と胃,胃と十二指腸,小腸と大腸などに共通の診断学をつくることが,日本の消化管診断学の進歩に貢献するという思いを持っていたことにあります。
この号で私は2つのことを学びました。1つは,比較診断学とは,診断学の統一をめざすという考え方であること。そしてもう1つは,"場"の考え方です。白壁彦夫先生がよくおっしゃっていたのですが,疾患の病型や病期は場によって変わります。疾患の特徴にも場の理論があります。例えば家族性大腸ポリポーシスでは,外胚葉由来の皮膚や中胚葉由来の骨でも病変がたくさん発生しますが,悪性化するのはほぼ内胚葉由来の大腸だけです。その理由の説明には,やはり場の理論が必要でした。当時の編集委員会には,この概念を理論化しようという雰囲気があり,本特集もその流れで誕生したものです。私も同じ時代に身を置いたことで影響を受け,今でもいろいろな"場"について考えています。
「図説 形態用語の使い方・使われ方」
松井 次は多田先生に挙げていただきます。先生は1995-2000年にかけて編集委員長をお務めになりました。
多田 『胃と腸』で初めて増刊号が作られたのは,1993年の「早期胃癌1993」です。翌年が「早期大腸癌1994」,その次が「早期食道癌1995」と臓器をひと回りしました。そして次に何をやるかを議論したときに,全臓器を統合したタイトルで私が立案したのが,31巻3号「図説 形態用語の使い方・使われ方」(1996年)です。大変苦労したので,印象深い一冊です。ただし,読者からいろいろと指摘があり発行後も大変でした(笑)。「あの項目はおかしい」と編集委員会に質問がきました。返答に苦労しましたが,それだけ反響が大きかったわけです。
形態用語を共通の言語として使うからには,正しい言葉を使わなければいけないし,命名者の意見を尊重しないといけない。その点では,私たちも大変勉強になりました。この号はあっという間に売り切れ,それでも購読希望の声が大きかったので,6年後に『胃と腸 用語辞典』(医学書院)という単行本を出したほどです。
「陥凹性早期胃癌」
松井 それでは,八尾先生にもお願いしたいと思います。
八尾 私は,6巻2号「陥凹性早期胃癌」(1971年)から論文「陥凹性早期胃癌の診断学的問題点――X線微細診断と肉眼標本所見の関連,肉眼標本所見と内視鏡上の色調および癌の組織型との関連性について」を挙げます。これは病理組織構築とマクロとミクロを結びつけた最初の論文だと思います。
X線,内視鏡と肉眼像の対比がきちんとされていることは,『胃と腸』の特徴です。これは他国にはない学問体系です。日本で早期胃癌の診断が普遍化して50年が経過していますが,外国では全然駄目でしょう。
このころには,検査所見とマクロとの対比は完成の域に近かったと思います。ミクロの集積がマクロを形成し,病理所見の積分がX線,内視鏡所見に反映されていることを主張した点で,私たちもかなり貢献したのではないかと思います。
松井 当時の病理医は欧米で学び,その欧米の病理医はミクロだけで病理診断を行っていたわけですが,マクロとの対比を重視するように変わったのはどこからなのでしょうか。
八尾 発端は,1950 年代に術後造影で腸結核の変形学に取り組まれた白壁先生だと思います。その後1960 年前後に『胃と腸』の母体となった白壁先生,崎田隆夫先生の御一門に村上忠重先生,佐野量造先生ほか病理の先生方のご尽力によるものと聞いています。
多田 内視鏡,X 線と同様に表面からみる病理診断学が作られたことは,臨床医にとっても勉強になりました。
「collagenous colitisの現況と新知見」
松井 最後に私も一冊挙げさせていただきます。44巻13号「collagenous colitisの現況と新知見」(2009 年)です。これは海外でよく知られていた疾患で,日本でも少し存在すると言われていました。『胃と腸』編集委員の施設を中心に症例を集めたところ,集まった症例は期せずして均質でしたから,日本における本症の在り方がわかりました。すなわち,ランソプラゾールないしNSAIDsによる発症,軽度の特徴的内視鏡像,薬物中止による治癒という病態が明らかになりました。
単発ではありますが,そのような新しい疾患を集中的に取り上げる役割も『胃と腸』にはあると思います。
多田 虚血性腸炎やcap polypも取り上げましたね。これも『胃と腸』の特集でワッと全国に広がりました。
飯田 NSAIDs腸潰瘍もあります。
多田 『胃と腸』から広まった疾患は多いので,編集委員会の役割は非常に大きいですね。
松井 私の一冊を中心に,『胃と腸』の歴史の一面や考え方を挙げていただきました。ありがとうございました。
(了)
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