世界の健康課題に立ち向かう現場を体感して(樫野亘,桜井桂子,福田智美)
寄稿
2011.12.05
【寄稿】
世界の健康課題に立ち向かう現場を体感して
「WHO internship programme」報告記
樫野亘(WHOインターン)
桜井桂子(東京大学大学院社会医学専攻博士課程2年)
福田智美(金沢大学医薬保健学域医学類3年)
世界保健機関(WHO)では,例年,インターンと呼ばれる研修生を募集しています。このインターンシップ制度は,希望部署に応募し,採用後は各部署や自分が提案した課題に取り組む原則無償の研修制度です。世界の健康課題の解決に向けて,第一線で活躍するプロフェッショナルとともに議論し合いながら国際機関での仕事を経験できる絶好の機会です。また,WHO以外の近隣国際機関で行われる講演会,昼食会やパーティー,ハイキングなどのイベントも多数企画されており,職員や今後世界中で活躍していくであろう他のインターン研修生と交流を深める貴重な機会にもなります。
本稿では,WHOジュネーブ本部でインターンを行った私たち3人の報告記を紹介します。
自分の課題を発見できる場
樫野亘2007年徳島大医学部卒。手稲渓仁会病院にて初期研修,タイ国マヒドン大熱帯医学修士課程修了。現在,WHOインターン。
2011年8―11月にかけて,結核対策部の小野崎郁史医師のご指導の下でインターンを行っていました。
マヒドン大在籍時に国際小児保健研究会のメーリングリストを通じて募集の告知があり,本制度を知りました。グローバルヘルスにかかわる仕事をしたいという思いがありつつも,世界的な健康問題の潮流をつかむことができていなかったので,インターンを通して結核と世界の健康問題の実情を大きな視点から理解したいと考え,応募を決めました。
現在,私がかかわっている主な課題は,世界22か国の結核の高まん延国における国家規模の有病率調査結果のまとめ作業,データベース作成,医療従事者を対象とした有病率調査のガイドライン作成,国際学会でWHOが主催するセミナーの運営などです。
WHOが中心となって世界各地で行ってきた結核有病率調査の結果から,診断・治療に至っていない結核患者が多数存在することが明らかとなり,国際社会から否定的に見られていた日本式の胸部X線検診の有用性が見直されつつあるなど,新たな知見が数多く得られています。私もこの論文の一部を担当させていただき,各国からの情報収集,文献検索,レビューや図表作成に追われながら,完成に向けてスタッフと議論を重ねています。
仕事の外でも,他部署や他組織の方から話を聞く機会や,ILOやUNHCRで行われる講演に参加する機会があり,マクロとミクロ,医療以外の視点からも世界で起こっている問題,その解決に向けた戦略や新たな活動を知る環境が整っています。
インターンを通じ,今,世界で起こっていることを知り,第一線で活躍している方々と一緒に仕事をすることで,忙しくも自分の課題が発見できる充実した期間を過ごせたと感じます。今後,世界に貢献できることを少しでも広げていくために,専門性を深めるとともにNGOなどを通じて現場経験を増やしていきたいと思います。
世界の精神保健の現状を実感
桜井桂子2008年明治薬科大薬学部卒。東大大学院公共健康医学専攻修士課程修了。現在,同院社会医学専攻博士課程2年。
インターン仲間との一枚(左から4番目が桜井氏) |
研修先を探していたところ,WHO精神保健部が精神疾患のケア拡充を目的としたMental Health Gap Action Programme(mhGAP.2008)を実施しており,現在では数か国でパイロット使用を開始したと知りました。そこでGlobal Health Leadership Program2011に参加し,プログラムを通じて精神保健部に履歴書を送り,2011年8―10月の間,インターンを行う機会をいただきました。
インターン中の主な仕事は,mhGAPのトレーニングマニュアルの作成,マニュアル作成のための国際会議の準備,プライマリ・ヘルスケアにおける精神疾患ケア導入の文献レビューなどです。
ミーティングにおいては,「インターン中の学生」というよりは,一人の職員として意見を求められていることに驚きと嬉しさを感じました。文献レビューの際に,WHOの担当者として各国のMinistry of Health担当者にメールをする機会があり,失礼のないようにと緊張したことが思い出されます。仕事を通し,世界の精神疾患ケアの現状を知ることができましたが,依然として精神疾患患者に対する偏見や人権侵害が存在し,庭の木に鎖で足をつながれていたり,大規模施設に収容されていたりするケースが数多くあることに衝撃を受けました。
仕事以外でも,インターン用に開催される交流イベント(湖畔でのパーティーや講演など)を通して,異なる文化圏で育った方々と意見交換をし,新たな気付きを得ることもできました。
今後は研究で培った知識を生かしつつ,より実学に根差した仕事をしたいと考えています。以前は研究だけを行っていてよいのかと心配もしましたが,博士号を持つスーパーバイザー(Dr. Mark Van Ommeren)が仕事上どのように貢献をしているかを間近で見て,卒業までの間,まずは研究での十分な知識習得に励もうと思うようになりました。
WHO職員の情熱に触れて
福田智美金沢大医薬保健学域医学類3年。
「顧みられない熱帯病対策部」の職員らとの一枚(左から2番目が福田氏) |
2011年8月に「顧みられない熱帯病対策部」にインターンとして所属し,部が扱う疾患一覧表の作成,世界フィラリア症プログラムの声明の和訳などを行いました。現在の日本の医療現場ではあまり出合うことのない寄生虫疾患や熱帯病を学ぶなど,視野を広げることができたと感じます。
インターンを行うまで,国際機関で働くために求められる資質や能力は,日本社会で働くために必要なそれとは大きく異なるものと考えていました。実際のところは,異なるとすれば仕事が影響を与える範囲が全世界に及ぶことぐらいなもので,同じような方法で,同じようなシステムを動かし,同じような問題に悩んでいるのだとわかりました。
国際機関で働く職員は皆,仕事に対する情熱と,保健医療の現況を把握し,その状況下で自分に何ができるかを考えられる冷静さを兼ねそろえている方々だと強く感じました。また,WHOのような国際舞台で情熱的に仕事をこなし,他の国籍の職員からの敬意を受けながら国際保健医療に貢献する日本人職員が少数ながらも存在することに感銘を受けるとともに,同じ日本人として恥じない仕事を行えるよう努力しようと決意しました。
今回のインターン経験は,国際関係から見た日本の保健医療から,日本国内の保健医療の在り方まで考えさせられる機会になったと同時に,公衆衛生学的な"官の視点"から疾患・医療を見る能力を養うことができたのも大きな収穫です。疾患そのものを見るのではなく,家族・地域・社会のなかに存在する疾患として見つめることによって初めて,患者の健康に対する生活・環境レベルからのアプローチが可能となり,全人的医療が実現できるのだと思います。
以上のように,WHOのインターン制度では,世界中から集まった仲間とともに,世界の健康課題に立ち向かう現場を体験することができます。本制度を通じて,多くの若手の日本人が国際経験を積み,日本や世界各地で活躍していくことが大いに期待されます。
謝辞 本記事の作成などでお世話になった中谷比呂樹事務局長補,橘薫子氏,江副聡氏,その他関係各位に感謝します。
◆「WHO internship programme」について記=樫野,桜井 本制度に関する詳細は,WHOホームページをご参照ください。正規の公募はホームページを通じて行なわれていますが,応募総数が毎年数千人に達することや,多くのインターン募集が関係者による紹介で決定している実情を考慮すると,大学や研究機関,政府機関など,WHOとネットワークを持つ個人や団体,または希望部署のスタッフと事前に連絡をとり,インターンの可否確認や承諾を得ることが望ましいと考えられます。 今後,インターンシップを希望される方は,東大大学院国際保健政策学教室が主催する「Global Health Leadership Program」の利用もお勧めします。博士課程の学生を主な対象(大学や専門分野は問わない)とし,約2か月間,週1回の講義を受講し,その後インターン(応募先はWHOに限らず,各自選定)を3か月間行います。 また,2012年1月以降,「STOP TB Department」でのインターンシップを希望される方は,E-mail:onozakii@who.int (小野崎)までご連絡ください。 |
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