入院中の高齢者のせん妄をボランティアの介入で防ぐ(本田美和子)
寄稿
2011.10.24
【寄稿】
入院中の高齢者のせん妄をボランティアの介入で防ぐ
HELP(Hospital Elder Life Program)を始めませんか?
本田 美和子(国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター)
せん妄は,急性に発症する意識レベルの低下や変動,または注意力の散漫を呈する病態です。特に入院に伴って高齢者に起きやすいことが知られています。入院中にせん妄を合併した高齢患者の1年以内の死亡率は35-40%にも上り1),いわば予後不良の急性脳不全ともいえる疾患です。しかし残念なことに,この病態は予防や治療が可能であることが十分に理解されていないのが現状です。
せん妄は,入院中の高齢者に25-40%もの高率で合併します2)。せん妄がもたらすものは単なる意識レベルの変化だけではありません。それが原因となって起こる,入院期間の延長,転倒などの入院中の院内インシデントの増加,これらに伴う医療費の上昇,せん妄を発症した患者の対応に追われる医療スタッフの疲弊やそれに引き続く看護師の離職など,その影響は極めて広範にわたっており,医療の現場に大きなインパクトを与えています。
まずせん妄かどうかを診断する
せん妄の診断に特別な検査は必要ありません。最も重要なのはベッドサイドでの観察です。しかし,症状が変動しやすいこと,認知症の合併や疾患そのものに対する理解不足などによって,診断をつけることが困難なこともあります。この状況を踏まえ,医療スタッフが誰でもせん妄の診断ができるよう,米国ハーバード大学のSharon Inouye氏が1990年に開発したConfusion Assessment Method(CAM)は,(1)急性の発症と症状の動揺,(2)注意力の欠如, (3)思考の錯乱,(4)意識レベルの変化,の4つの項目のうち,(1)+(2)+(3)または(1)+(2)+(4)を満たせばせん妄と診断する,という簡便な診断ツールです。これはベッドサイドで医療スタッフは誰でも実施でき,所要時間も5分程度と簡便なことから,現在世界の医療現場で広く利用されています3,4)。
患者の「不穏」にお困りの医療機関はたくさんあることと思います。もしかするとその病態は,予防や治療が可能なせん妄かもしれません。まず必要なことは,患者がせん妄であるかどうかの診断です。CAMを利用することで,看護師による診断も容易になりました。この疾患が自分たちの職場に存在することが明らかになれば,その予防・治療の計画も立てやすくなります。
前述のInouye氏は,ご自身の研修医時代の経験から,高齢者のせん妄をテーマとして研究を続けています。研究の成果の一つとして発表された,入院中の高齢者のせん妄を防ぐプログラム(Hospital Elder Life Program; HELP)は,当時Inouye氏が在籍していたイェール大学で始まり,その驚くべき効果の高さから,2000年代に広く全米の病院に導入され始めました。本稿ではこのプログラムについて紹介します。
“祖父母を訪ねた孫”のようなかかわり方
HELPの基本理念は,「患者さんのベッドサイドに十分にトレーニングを積んだボランティアを派遣し,ごく普通の世間話をしたり,要望を尋ねてお手伝いをすることでせん妄発症を防ぐ」というとてもシンプルなものです。ボランティアは医療にかかわる行為を行いません。ボランティアの活動内容についてはHELP本部が作成したマニュアルに詳細が記されていますが,「孫がおばあさんのお見舞いに行ったときのお手伝い」を思い浮かべるとよいかもしれません。
マニュアルに定められている具体的な活動には,(1)朝・昼・晩の3シフトにそれぞれボランティアを派遣,(2)シフトごとの訪室時間は15分程度,(3)ボランティアはまず自己紹介をして,今日の日付,担当看護師などを確認し,患者が自分の状況を把握するのを手伝う,(4)患者本人の要望に応えて,お話をしたり,お茶を用意したり,室内での軽い運動を手伝ったりする,(5)医療行為や食事の直接介助などは行わない,などがあります。その他のプログラムの骨子については表に示し...
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