せん妄ケアは丁寧な看護実践(卯野木健,剱持雄二,小松由佳,茂呂悦子)
対談・座談会
2011.10.24
【座談会】
急性期領域だからこそ,患者のサインを見逃さない
せん妄ケアは丁寧な看護実践
卯野木健氏(筑波大学附属病院副看護部長)=司会
剱持雄二氏(東海大学医学部付属八王子病院 集中ケア認定看護師)
小松由佳氏(東京慈恵会医科大学附属病院集中ケア認定看護師)
茂呂悦子氏(自治医科大学附属病院 急性・重症患者看護専門看護師,集中ケア認定看護師)
“予防が第一”と言われるせん妄へのケア。入院・治療の開始時点から発症のリスクをアセスメントし,せん妄の要因を取り除くことが重要とされる。しかし,多様な症状があり発症メカニズムも複雑,ケアの成果も見えにくいせん妄への対応は,同時にスタッフの疲弊も招きかねない。そこで本座談会では,急性期領域におけるせん妄に焦点を当て,より効果的なかかわり方について,4人のエキスパートにお話しいただいた。
卯野木 せん妄は従来,環境要因や精神的な問題によって発症すると考えられてきました。しかし,近年せん妄に関する研究が進み,そのメカニズムは多様であり,さまざまな身体的な原因が複雑に絡み合って起きることが明らかになってきています。例えば,ICUで見られるせん妄と高齢者施設等で見られるせん妄は,症状は同じであっても異なるメカニズムによって起こっていると考えられます。また,同じICUに入院中の患者さんでも,そのメカニズムが異なっている場合もあります。
ただ,せん妄に関する知見は,まだまだ限られているのも現状です。本座談会では,そうしたなかで,せん妄を予防・早期終息させるために看護師に求められる役割について,議論したいと思います。
なぜせん妄が生じるのか
卯野木 まず急性期領域で見られるせん妄にはどのような特徴があるでしょうか。
剱持 現在急性期領域では,せん妄は急性脳機能不全ととらえられています。生体に外傷や手術,感染などの侵襲が加わると,生体防御反応としてサイトカインが産生されます。この反応が過度に起きると多臓器不全を来しますが,せん妄はそれが脳に起きたものだと考えられているのです。特に低活動型せん妄は敗血症や急性大動脈解離など重症の患者さんに多い印象を持っていますが,いかがでしょうか。
小松 おっしゃるように,当院でも一次的にショック状態にあった方や敗血症,低酸素血症に至った方,特に急性大動脈解離や急性心筋梗塞など全身性炎症反応が高い方の発症率が高いです。このような患者さんは,鎮静・鎮痛薬,抗コリン薬などの薬剤を用いることが多いのですが,薬剤が要因となるせん妄もありますね。特に深い鎮静をかけていたり,ミダゾラムなどベンゾジアゼピン系鎮静薬が投与されている患者さんにせん妄が多い印象があります。
茂呂 ただ,多臓器不全や薬剤だけが原因であるなら,身体機能が回復すればせん妄も治って当然ですが,そうとも言えない場合もあります。
卯野木 やはりさまざまな原因が複雑に絡んでいるのでしょうね。例えば,認知症,高齢,脳血管疾患の既往などは,せん妄発症のリスク因子とされています(図)。
図 せん妄の因子となる要因(『《看護ワンテーマBOOK》せん妄であわてない』より改変) |
茂呂 それに加え,従来言われているように,やはり環境の変化もせん妄の発症の促進因子と言えますね。ICUから一般病棟に移ったことで夜間せん妄を発症する場合などもその一例です。
剱持 身体拘束も,せん妄を助長する原因の一つではないでしょうか。先日,どうしても自己抜管を試みてしまう患者さんがいたのですが,抑制帯の装着を本人が望まず,鎮静薬の投与も医師から止められていたので,夜勤の間,看護師がずっと交替で付き添っていました。その後,日勤帯になって,患者さんをそばで看ていることができなくなり,安全性を考慮に入れて身体拘束したのですが,結局その患者さんは興奮状態になってしまったんです。
小松 特に上肢,手指を抑制されている患者さんは,不穏・興奮状態になることが多いです。患者さんの立場から考えると,人工呼吸器が装着されていること,胃チューブが挿入されていることは不快であり,それらを自らの手で取り除くことができないのが非常に苦痛な体験となるのでしょうね。それがストレスとなり,不穏や興奮状態として表出してくるのだと思います。
茂呂 安全面から考えて,どうしても身体拘束が必要な場合もありますが,それによって医療者と患者さんの信頼関係が失われる。「何かよくないことをされている」と患者さんに不安を抱かせてしまうのかもしれないですね。
予防・治療につなげるためのスクリーニング
卯野木 せん妄に関する新たな知見でもう一つ重要なのは,せん妄がICU在室日数・入院日数の延長,退院後6か月での死亡率の独立予測因子であると報告されるなど,せん妄と患者の予後の関連性が明らかになってきたことです。65歳以上のICU入室患者のせん妄発症率は70%に上るとの指摘もあるなか,早期発見が非常に重要な課題と言えます。ただ実際にはせん妄の多くが見逃されてはいないでしょうか。
茂呂 活気がなくウトウトしている低活動型せん妄は,あたかも穏やかに寝ているかのように見えてしまいます。「死にたい」「もういい」など,患者さんから悲観的な言葉が発せられることで看護師の関心が向く場合もありますが,やはり圧倒的に見落とされていることが多いと感じます。
卯野木 ICUの患者に生じるせん妄について,混合型せん妄54.1%,低活動型せん妄43.5%,過活動型せん妄1.6%,というデータも報告されています。割合から考えても低活動型せん妄はかなり多いはずです。
せん妄を発症すると注意力が障害され,危険に対する認識が困難になるので,低活動型であっても転倒・転落したり,身体を不用意に動かしてドレーン・ライン類が抜けてしまうなど,何かしらのインシデントに遭遇しやすくなります。せん妄による二次的な障害を引き起こさないためにも,患者さんの状態をアセスメントし,その要因を取り除く必要があります。そのために,現在急性期領域で有用なアセスメントツールして活用されているのがCAM-ICUとICDSCです(MEMO)。これらを用いたせん妄評価の重要性は認識していても,日常的に活用できないという悩みも臨床現場では多いようですね。
茂呂 当院ではCAM-ICUによる評価が定着するまでに3-4年かかりました。CAM-ICUは簡単な絵や質問を通してアセスメントするので,特に意識が清明な患者さんにそのような質問をすることに抵抗を覚えるスタッフも多かったようです。そこで,アセスメントの必要性や測定方法の解説を再度行うとともに,ICU入室前のオリエンテーションにせん妄評価についての説明を追加し,スタッフの意識向上に努めました。
卯野木 教育的にかかわることで,定着させていったのですね。
茂呂 はい。職場への定着に重要だったことがもう一つあります。評価結果の医師との共有です。「夜間に鎮静薬をどう使うか」「昼間の過活動型せん妄にどう対応するか」など,医師との協働場面で評価結果が活用されるようになったことで,スタッフのモチベーションアップにつながったと思います。
ルーティンワークに取り入れる
卯野木 剱持さんのところは全例スクリーニングを行っていますね。
剱持 当院では以前,患者さんが何か問題を起こす度にすぐに「せん妄」と評価し,身体拘束してしまうことが多かったんです。挿管チューブやラインが入っている場合には,それしか手段がない場合もありますが,ベテランが受け持っていても自己抜管されてしまう。そのようななかで,「抑制の仕方をもっと検討したほうがいいのではないか」「患者さんが抜管する原因は何なのか」という議論が起き,せん妄の症状や見分け方について考えるようになりました。そうして3年前からICDSCを用いた全例スクリーニングを開始しました。
「せん妄は見逃されやすい」という前提があります。ただアセスメントツールを導入するだけでは,スタッフの能力によって,「この患者さんにはスクリーニングを行って,この患者さんには行わない」と主観が入る可能性がありました。そこで,全例にルーティンで実施することに意味があると考えました。そのための工夫として,スタッフの関心が高い身体拘束の必要性を判定するチェックリストとセットで行えるようにし,業務に組み込んでいったんですね。
日常的な全例スクリーニングにより,患者さんが困っていることについて,スタッフ間で議論する機会が増えたと感じます。患者さんへの関心が高まるという意味でも有用ではないでしょうか。
茂呂 アセスメントツールは,患者さんの行動が本当にせん妄によるものなのかを判断する際にも活用できます。いらいらしている,チューブやカテーテルをしきりに触るなど,せん妄で見られる症状を目にすると,すぐにせん妄と決め付けていないでしょうか。認知はしっかりしていても,自分の欲求が伝わらないことへのいら立ちや怒りを表出している場合もありますから,「何か変だな」と思ったら,アセスメントする習慣をつけることが大切です。
治療とケアを切り分けない
卯野木 次に,具体的なせん妄ケアについての話題に移りたいと思います。
小松 ケアでまずおさえなければいけないのは“全身管理”です。ICUの看護師は,ごく当たり前に行っていることですが,“全身管理”とひと言で言っても,意識的に観察をし,判断していく過程が非常に重要です。先ほどのお話にあったように,せん妄を発症するような患者さんは,全身性の炎症反応があり重症度が高いことが多いので,フィジカルアセスメント,バイタルサイン,水分バランス,出血を含む排液量,尿量,血液ガス分析,電解質を含む血液データなどを基にした観察と判断が不可欠です。そして,異常と判断された場合には医師と相談しながら,できるだけ早く正常に戻すことを検討し,実践することが大切と言えます。
卯野木 ICUでは,治療とケアを切り分けて考えるのではなく,患者さんのすぐ近くにいる看護師が「背後に低酸素血症が隠れているのではないか」「循環器系に何か問題が起きているのではないか」など,患者さんの状態を観察し常に考える姿勢を持つことが不可欠です。せん妄や不穏の背後に生理学的な問題がないかどうか,まずは疑ってほしいですね。
特に重症の患者さんは低酸素血症が進行すると,急激に意識障害や認知機能障害が生じます。呼吸困難感を和らげるために酸素マスクを装着しても,マスクに圧迫感を感じ興奮状態になって外してしまう場合もあります。その結果,よけいに低酸素血症が悪化するというループが起きているのですね。
では,薬剤関連のせん妄に対しては,どのように対応していますか。
茂呂 ベンゾジアゼピン系鎮静薬は大量投与,長期にわたる投与,急激な離脱などにより,急性離脱症状が現れるとされています。また,せん妄だけでなく,退院後の認知機能障害の危険因子とも考えられています。ですから,ベンゾジアゼピン系鎮静薬が投与されていてせん妄を発症している患者さんを発見したら,医師に報告して鎮静薬の変更を検討すべきです。
卯野木 せん妄をコントロールしようとしてさらに鎮静薬を投与し,かえって症状を悪化させている場合もあります。ですから,鎮痛・鎮静薬を必要最小限にとどめることや,状況に応じた用量調節も必要です。
茂呂 あらゆる手を尽くしても状態が改善されない場合,看護師が疲弊してしまうこともありま
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
ピットフォールにハマらないER診療の勘どころ
[第22回] 高カリウム血症を制するための4つのMission連載 2024.03.11
-
対談・座談会 2025.02.04
-
医学界新聞プラス
[第3回]冠動脈造影でLADとLCX の区別がつきません……
『医学界新聞プラス 循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.05.10
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
最新の記事
-
2025.01.14
-
新年号特集 医薬品開発の未来を展望する カラー解説
創薬における日本の現状と国際動向寄稿 2025.01.14
-
新年号特集 医薬品開発の未来を展望する
国民に最新の医薬品を届けるために対談・座談会 2025.01.14
-
新年号特集 医薬品開発の未来を展望する
医薬品開発の未来を担うスタートアップ・エコシステム/米国バイオテク市場の近況寄稿 2025.01.14
-
新年号特集 医薬品開発の未来を展望する
患者当事者に聞く,薬のことインタビュー 2025.01.14
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。