学びを問い直す(任和子,中原淳,浅香えみ子,澤井信江)
対談・座談会
2011.08.29
【座談会】
学びを問い直す | |
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新人看護職員研修ガイドラインの普及や基礎と臨床の連携強化を通して,新人看護師の臨床実践能力の向上に向けた体制整備が進みつつある。その一方で,基礎教育で習得すべき看護技術の範囲,病院の教育専任部門と病棟の役割分担など,新たな検討課題も生じている。教育の重要性が共通認識となった今だからこそ,もう一度「学び」についてじっくり考える時期に差し掛かっているのではないだろうか。本座談会では,看護管理・看護教育にかかわる看護師と,「働く大人の学びと成長」をテーマに研究する中原淳氏の"知の越境"を通して,"学び"の問い直しを試みた。
任 看護界では昨今,基礎教育と臨床のシームレスな連携が謳われるようになりました。連携自体は確かに必要です。ただそのときに,めざすべき方向性を間違えないように気を付けたほうがいいと思うのですね。「シームレスな連携」といったときのイメージが皆それぞれ違いすぎて,同じテーブルに着いても実のある議論が難しいと感じています。
中原 「シームレスな連携」と言うときのシーム(seam),つまり「"継ぎ目"とは何か」という問いに対する答えが皆違うのでしょうか。
任 おそらく違います。
中原 では,この問いから議論を始めてみましょうか。
「シームレス」の「シーム(継ぎ目)」とは何か?
浅香 難しい問題で私自身もまだまだ答えは出せていませんが,最近,大学の講義を受け持つなかで気付いたことがあります。それは,学生は基礎教育で看護技術をしっかり習得しているのに,臨床に出るとなぜかできなくなってしまうことです。
澤井 新人看護師の多くは,技術は持っているのに,患者さんと自分の置かれた状況にうまく対応できないだけなのかもしれません。
浅香 そう思います。では,その状況対応能力をどこで磨くかについてですが,教員は当然「臨床現場で身につけるもの」と考えますよね。一方で臨床の指導者は,新人看護師の状況対応能力が向上するような教え方が上手にできない。そこに継ぎ目ができて,新人看護師に戸惑いが生じている気がします。
中原 人材育成の一般論で言えば,現場で必要とされる状況対応能力を,現場以外で獲得できるとは考えません。ですから「現場にその仕組みをつくろうよ」という話になります。ただそうは言っても,看護の現場は……。
任 もう,いっぱいいっぱい(笑)。
中原 なので,「現場に入る前にできることはやっておこう」となるのも理解できます。ただ問題は,基礎教育の側で,そのリクエストをいかに満たすかですね。
任 臨床経験を積んだ看護教員がかかわっても,状況対応能力を基礎教育で伸ばすのは難しいと思います。現場で必要とされる能力がうまく可視化されていないので,学生に看護技術を教える際のフォーカスの当て方が,現場で教員自身が習得したものとは少しずれてしまうのかもしれません。
中原 「現場で必要とされる能力が可視化されていない」という問題のご指摘は,認識論的な転換を含むもので面白いですね。つまり,そこが可視化され,さらに基礎教育の側で教えることができれば,「継ぎ目がある」とは認識されない。だとしたら,本来問われなければならないことも変わってくるのかもしれません。
「ゆっくり育つのでは困る」と「辞められても困る」の狭間で
中原 ところで,かつては「基礎と臨床のシームレスな連携」という議論はありましたか。
澤井 あまりなかったのではないでしょうか。そもそも私の学生時代は,今ほど看護技術の習得に時間を割いていませんでしたし,状況対応能力も含めて,現場で徐々に学んでいったと思います。
任 ただ,当時から即戦力として「使える新人」「使えない新人」という言い方はありましたよね。今は教育内容の標準化がある程度進んでいますが,かつては「どの養成機関を出たかで"仕上がり"が違う」という評価はなされていたと思います。
中原 そうすると,「使える/使えない」という現場の判断や評価の軸が,なぜ「シームレスな連携が必要だ」という議論に替わったのでしょうか。おそらく,「使える/使えない」という評価だけしていればよかったような状況が変わったのでしょう。限られたリソースの中で,何とか「解決されなければならない問題」として定式化されたわけですよね。
任 そう思います。その背景には新人看護師の早期離職,つまり知識・技術が不足し自信が持てないことで辞めてしまう問題があります。またもうひとつの背景としては,医療現場,特に新人看護師の多くが就職する急性期病院の在り方が急速に変わってきたこともあるでしょう。急性期病院では在院日数が短縮化し,患者さんの重症度が増すなか,新人をゆっくりと育てることが難しくなっている現実があります。
中原 ゆっくり育つのでは「現場が困る」わけですね。
任 そうです。
中原 「最近は新人が育たない」とか「使えない」とかよく言われますが,そもそも必要な知識・技能レベルはどの業界においてもどんどん上がっていて,医療は特にその傾向が顕著でしょう。本来ならば,教育年限の延長が必要かもしれません。でもそんなに簡単には実現できないとなると,教育手法の改善や基礎と臨床の連携で何とかするしかない。そういった切実な状況が「シームレスな連携」という議論を生んだのではないでしょうか。
任 そうかもしれません。
澤井 ただ,「ゆっくり育つのでは困る」という本音はあるにせよ,「辞められると困る」という事情もあるので,新人に対してはゆっくり手厚く教える傾向にありますよね。それなのに,2年目以降の看護師の役割は昔とそれほど変わっていなくて,2-3年目ぐらいから急に負担が大きくなる。今はそのギャップを感じているところです。
浅香 私もそれは痛感しています。中堅になるころには疲弊してしまうのですね。
任 どの病院も同じような課題を抱えているのかもしれません。
中原 企業でも同じ現象があって,1年目を過保護にすると,どうしてもどこかで無理が生じますね。
Off-JT偏重で病院の中にまた「学校」が!
中原 企業の採用活動は近年ずいぶん変わってきました。かつては「当社に入るとバラ色の人生です!」みたいな広報活動でしたが,それをやると入社後のリアリティショックが大きくなりますよね。ですから,ネガティブな情報も含めてなるべく等身大の姿を伝えようとする企業が増えているように感じます。組織行動論では,こうした介入を「予期的社会化」と言います。
任 看護の採用活動は逆で,近年はバラ色系に変化しつつあります。
中原 それはまずい(笑)。
任 看護師不足なので病院の採用活動も熱を帯び,その傾向に拍車がかかっています。急性期病院の看護師は「しんどいけど,やりがいがある」というのが口癖なのですが,「シンドイ,キツイ,でもガンバレ」は採用活動では禁句らしいです(笑)。就職説明会の印象だけで進路を決めてしまう学生もいて,やや心配ですね。
澤井 その就職説明会で"ウリ"になることのひとつが新人看護師の教育体制で,中でも,集合研修の充実をアピールする病院は多いと思います。ただ,集合研修だと参加者全員が理解できるように考慮するので,どうしても一般論が中心にならざるを得ません。しかも,実際の患者さんを前にして教えるわけではないので,状況対応能力を磨くようなことも難しい。「下手すると基礎教育で学んだことを繰り返すだけになるのでは」という懸念もあって,私自身が集合研修を担当するなかでとても悩んでいるところです。
任 新人看護師の卒後臨床研修が定着し,集合研修の機会も増えています。皆が試行錯誤しているところですよね。
浅香 当院も以前は新人看護師の集合研修を,1つの研修テーマごとに2時間行っていました。でもやはり,集合研修で教えたことを配属先の病棟で再度教え直したりして,無駄が多かった。そこで今年度からは,集合で行う部分と病棟でのOJTの部分に分けています。1つの研修テーマで集合教育を30分行い,その後OJTに引き継ぐスタイルに改めました。
任 病院は一般企業のように人事部主導で研修を組むわけでもないですし,OJTで教育してきた歴史があります。それが近年,卒後臨床研修の推進で教育予算が増えたことによって教育専任部門と人材が配置され,Off-JTも充実してきました。
それ自体は望ましいことなのですが,Off-JTに偏重してしまうと,現場は「専任部門に教育はお任せ」となってしまい,教育専任部門も研修自体が自己目的化する危険性があります。今度は,「病院の中にまた"学校"をつくってはいけない」という新たな危機感も生まれてきたように感じます。
中原 僕はいろんな業界をみていますが,この不況下で教育予算が上がっているのは珍しいです。驚きました(笑)。
それはともかく,ここ10年ぐらいの企業の変化としては,「人材育成=集合研修」ではない,という認識が広まってきたことが挙げられます。その背景には研修費の削減という事情もあるわけですが,いずれにせよ,人事部ではなく,現場が主体となって教育していくことが重視されるようになりました。人事部ないしは人材開発部門はむしろ,現場の教育を「支援」する役割を担う,というかたちになりつつあります。
任 看護界が「企業の取り組みに学ぼう」として研修を充実させたことで,実は時代の流れに逆行し始めたのかもしれませんね。
「現場の教育力を強くする」観点で現任教育を再考する
中原 OJTには,新人を教える経験を持つことで2-3年目が...
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