医学界新聞

2011.08.22

治す医療から生活を支える医療へ

第16回日本緩和医療学会開催


 第16日本緩和医療学会が7月29-30日,蘆野吉和大会長(十和田市立中央病院)のもと,さっぽろ芸術文化の館(札幌市)他にて開催された。開催テーマは「いのちをささえ いのちをつなぐ 緩和ケア――病院から地域へ」。ますます加速する高齢・多死社会の進展のなかで,医療全体をとらえなおし,緩和医療の果たすべき役割を考えるべくさまざまなプログラムが用意された。


QOLを低下させる神経障害性疼痛の克服をめざして

蘆野吉和大会長
 末梢や中枢神経の直接的な損傷,圧迫や機能不全によって生じる神経障害性疼痛は,触覚刺激で灼熱痛や刺すような痛み,電撃様痛など激烈な痛みを誘発する。帯状疱疹後神経痛や糖尿病性神経症,悪性腫瘍の脊髄や神経叢への浸潤などが代表的だが,モルヒネにも反応しにくい難治性の慢性疼痛であり,患者のQOLを著しく低下させることから有効な治療法が模索されている。シンポジウム「神経障害性疼痛のメカニズムからマネジメントまで」(座長=長崎市立市民病院・冨安志郎氏,星薬科大・鈴木勉氏)では,近年明らかになってきた神経障害性疼痛のメカニズムや診断・治療について最新の知見が語られた。

 津田誠氏(九大大学院)は,神経障害性疼痛のメカニズムについて報告した。神経が障害されるとグリア細胞の一つ,ミクログリアが活性化され,細胞間情報伝達物質であるP2X4受容体が過剰に発現。これにより,脳由来神経栄養因子であるBDNFが放出され,痛覚二次ニューロンのClくみ出しポンプの発現低下を引き起こし,通常抑制性の神経伝達物質であるGABAが興奮性として作用。このような流れで触刺激が疼痛を引き起こすという。

 さらに氏らは,神経障害性疼痛の維持に重要な役割を果たすアストロサイトの増殖にミクログリアの活性化が関連していることを解明。今後の創薬におけるターゲットとなる可能性を示唆した。新たな創薬を進める一方で,氏らは既承認薬から新規作用を見いだし早期の臨床適応をめざす「エコファーマ」を提唱。その一例として,SSRIなどの抗うつ薬が神経因性疼痛を抑制するとの研究結果を示した。

 住谷昌彦氏(東大病院)は,神経障害性疼痛の診断・評価,薬物療法について概説。氏は「神経障害性疼痛患者は人口の7%程度」というフランスの疫学研究結果を提示し,日本においても潜在患者がいる可能性を示唆した。薬物療法に関しては,日本ペインクリニック学会が本年7月に発表し,氏も作成にかかわった「神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン」を紹介。本ガイドラインでは,非がん性神経障害性疼痛の第一選択薬には三環系の抗うつ薬とプレガバリンが推奨されている。鎮痛効果の高いオピオイドは長期的投与の安全性が確保されていないため,生命予後が長い非がん性の患者では第三選択薬となっている。

 さらに氏は,神経障害性疼痛が従来モルヒネ抵抗性とされてきたことについても触れ,オピオイドが有効な症例もあると指摘。その上で,頓用を避ける,オピオイドとプレガバリンとを併用する,頻回なスクリーニングを行うなど,薬物依存の予防への十分な配慮を求めた。

 瀧川千鶴子氏(KKR札幌医療センター)は緩和ケア医の立場から,神経障害性疼痛のマネジメントについて発言。氏は,神経障害性疼痛の原因には,手術や化学療法,がんの浸潤,さらに併存疾患など多面的な要素があるため,既往歴,痛みの部位,性質,程度などをベッドサイドで詳細に聴取し,経過観察を怠らず,多職種でかかわる重要性を強調した。さらに薬物療法については,安易なオピオイドの投与・増量に警鐘を鳴らし,鎮痛補助薬と併用しながら慎重に管理すべきと説いた。鎮痛補助薬についても副作用は避けられないことから,各薬剤のメリット・デメリットを熟知し,患者の背景,病態に応じた投与を心がけることを呼びかけた。

 薬剤師の佐野元彦氏(埼玉医大総合医療センター)は,抗がん薬による末梢神経障害について,予防,治療ともに有効な方法が確立していない現状を説明。白金製剤の1つであるオキサリプラチンに関しては,Ca/Mg投与によって末梢神経障害の発生頻度の減少が期待されているものの,これを検討したCONcePT trialでは「大腸がんのFOLFOX療法の奏効率を低下させる」との中間解析結果によって試験中止となり,明確な結論は出ていないと述べた。また氏は,評価基準として用いられているNCI-CTCAEとDEB-NTCの一致率が低いこと,末梢神経障害の発現率や改善率の評価に差があることを明らかにし,評価に当たっては患者の自覚症状の重要性を強調。医師,看護師,薬剤師によるカンファレンスを毎週行い,シームレスな緩和ケアに努めていると結んだ。

多死社会をいかに乗り切るか

 パネルディスカッション「超高齢化・多死の時代への準備」(座長=北大名誉教授・前沢政次氏)では,これからの社会の変化に医療がどう対応し,転換していくか議論された。

 在宅医療の草分け的存在である黒岩卓夫氏(医療法人社団萌気会)は,国が提唱する地域包括ケアシステムを,医療・介護・予防・住まい・生活支援サービスが切れ目なく提供されるシステムと評価。生活を支える24時間ケア体制と,中小病院・有床診療所・無床診療所との連携強化が要となると述べた。氏らは医療者の研修の場,多職種の仲間づくりの場,住民が健康について学ぶ場として「地域医療魚沼学校」を設立。住民と医療機関が双方向的にかかわり合う新たなコミュニティへ期待感を示した。

 島崎謙治氏(政策研究大学院大)は,人口構造の変容からみた医療政策の課題を概説。氏はこれからの医療の在り方として,全人的な医療,生活そのものを支える医療,尊厳ある看取りの医療への転換が求められていると強調。さらに,患者の自己決定の重要性が高まっていることに触れ,専門家の助言や支援が必要だとし,医療の切れ目をつなぐ役割を担う家庭医を推進すべきではないかと提案した。

 辻哲夫氏(東大)は,都市部での急激な高齢化と死亡者増加を見据え,在宅医療の普及を提言。多くの医師が臓器別専門医として育っていること,医師1人では在宅医療を担えないという認識があること,病院と地域をつなぐ適切なコーディネーターがいないこと,患者が病院依存的であることなど,現状の問題点を挙げた。それを踏まえ,現在千葉県柏市と協働で進めている超高齢社会時代のまちづくりプロジェクト(柏プロジェクト)を紹介。在宅医療・看護・介護サービス拠点の開設や開業医に対するon the jobの研修プログラムの開発などを紹介した。

 大島伸一氏(国立長寿医療研究センター)は"病苦に対する共感"という人間的な営みとして始まった医療は,技術の高度化,人権の確立,社会の巨大化・複雑化に伴い技術的な営み,社会的営みに変わっていったと指摘。超高齢社会を迎えた今,在宅医療が核となり,医療・介護・福祉が連携した"治し,支える"医療が求められていると,医療界の変革を促した。