医学界新聞

寄稿

2011.06.20

寄稿

アジア医学教育協会
第6回シンポジウムに参加して

大西弘高(東京大学医学教育国際協力研究センター)
芦田ルリ(東京医科大学英語教室)


 皆さんは,アジア医学教育協会(Asian Medical Education Association)という団体をご存じだろうか。香港大学医学部に本部があり,2010年10月時点で世界中から120を超える大学が加盟している(註1)。2001年に産声を上げ,シンポジウムをアジア各地で2年おきに開催してきた(註2)。

 今回筆者らは,マレーシアのクアラルンプールで開催されたアジア医学教育協会第6回シンポジウムに出席したので,その模様をお伝えしたい。開催日程は,2011年3月23-26日で,テーマは「医学教育のトレンド(Trends in Medical Education)」であった。

コンピテンス評価の将来

 オランダ・Maastricht大学のCees van der Vleuten教授による「コンピテンス評価に対するエビデンス(Evidence on the Assessment of Competence)」は,最も印象に残った講演の一つであった。韓国では2009年から医師国家試験において実技試験を正式に実施しており,台湾でも今年4月より実技試験の試験運用を開始したという状況であり,タイムリーな内容でもあった。

 ここで重視されていたのは,現場での業務に基づく評価(Workplace based Assessment)であった。学生や研修医は評価に向けて学習するため,評価の設定の仕方によって,何を学ぶかが大きく違ってくる。形成評価,すなわち業務や学習に対して,最終的な点数を付ける前にフィードバックを目的とした評価を行うことが重要であることは自明であり,学習者側は常に形成評価を求めている。一方で,卒業試験や医師国家試験など,重要な決断のために行われる総括評価は,医師国家試験が臨床実習とうまく連動していないように,しばしば学習を誤った方向に導くが,これは学習者側が総括評価をどう受け止めているかに依存しているという。

 Van der Vleuten教授の指摘は,わが国で議論されてきた医師国家試験への実技試験導入に対して,大きな示唆をもたらすだろう。実は,韓国でも,医師国家試験への実技試験導入後,推進しようとしていたクリニカル・クラークシップがさらに後退していることを問題視する関係者が出始めている。日本では現在,共用試験で行われているOSCE(客観的臨床能力試験)をグレードアップしたAdvanced OSCEを医師国家試験に導入することが検討されている。しかし,総括評価が模擬患者とのシミュレーション的な内容であり,これに合格しなければ医師免許が得られないとしたら,医学生は模擬患者とのシミュレーション的訓練を何十回でも繰り返したいと思うに違いない。まさに韓国では,臨床学年の医学生に対するそのような訓練が増えていると聞いており,Van der Vleuten教授の言うとおりの現象がすでにみられていると言えるだろう。

 それでは,どのような対応がベストなのだろうか。現場でのきめ細かな指導,フィードバック,形成評価が重要であることは間違いないが,多くの関係者は総括評価の方法論に関心を持っているだろう。Van der Vleuten教授は,OSCEのような細かなスキルを測定するものよりも,現場での業務に基づく評価のように多くの情報を含み,学習を促し,さまざまな情報を総合させた評価が求められるようになってきているとした。

 その中で,英国で伝統的に用いられてきた評価法であるLong Caseが再評価されている点は非常に興味深かった。Long Caseは,卒業前の医学生が病棟で1人の実際の患者さんに対し,教員の前で医療面接,身体診察,診断やマネジメントの意思決定,患者との意思決定内容の擦り合わせを約1時間で行うという評価法である。これまで,症例が単純か複雑か,医学生の得意分野かそうでないかなど,非常に当たり外れが大きく,信頼性に欠けるとされてきた。しかし,現場での業務に基づく評価に非常に近く,クリニカル・クラークシップを促進するという意味で,利点が大きいという。今後の日本の医学教育を見直す上で,重要な投げかけが多い講演であった。

Fitness to Practiceの評価

 香港大学のCS Lau教授は「Fitness to Practiceの評価(Measuring Fitness to Practice: Where Are We Today?)」と題した講演を行った。医療者として適切な行動ができる学生を育てるためには,医療倫理・プロフェッショナリズムの教育は言うまでもなく,Fitness to Practice(FTP)の具体的な規範づくりが必要であるという。プロフェッショナリズムの改善を「個人の意識や行動変容」に求めるだけでなく,「大学における組織的取り組み」に変えていく必要があるという意味である。香港大学においてもFTP委員会を設置し,積極的かつ継続的に医師としての適格性や健康状態を評価するシステムの構築が推進されている。

 患者安全,医療の質と信頼性を確保するためには,FTPを持つ学生のみを卒業させることが大学の大きな責務である。法律や大学の規律に違反する行為を行った学生,プロフェッショナルとしてあるまじき不正行為をした学生,能力不足や健康問題の改善が見られない学生を早期に発見し,改善を促す機会を与えるとともに,FTPの規範に基づいた適切な処分(やむを得ない場合は停学・退学)を行うことによって,未然防止策をとる必要が出てきている。

 Dundee大学医学部で開発が進められている処分の評価基準
 FTPの規範づくりにおいては,具体的な行動項目とそれに対する処分の程度に関し,教員側と学生側が同じ認識で了解していなければならない。英国・Dundee大学医学部で開発されている行動項目や,それに対する処分の評価基準設定()の研究では,多くの指標において教員と学生との間に合意が見られると指摘されているが,一方で,教員と学生との認識が異なっている項目もある。

 学生が教員よりも軽い処分を求めた行動例としては,昔からある問題だが,隣同士のカンニングがある。教員が「留年(Level 7)」と判断したのに対し,学生は「科目の落第,追加課題による単位取得(Level 6)」と評価。また,他学生の課題を代行するという行為においては,教員が「科目の落第,追加課題による単位取得(Level 6)」と判断したのに対して学生は4段階低い「懲戒処分(口頭での戒告)(Level 2)」と評価した。

 このように,学生が軽んじて評価する面においてこそ,さらなる指導の必要があり,改善のインセンティブを与えることができる。反対に,学生がより厳しい処分が必要だと評価した行動には,教職員や学生に対する暴力行為が含まれた。教員が「退学(再入学不可)(Level 9)」と評価したのに対し,学生は最高罰の「医事委員会への通告(Level 10)」と評価し,その問題性を提示した。

 Lau教授は一方で,患者に直接かかわる行為に関して学生が教員より低い処分評価をしたことに懸念を示した。"知識を有しない学生の診療行為および指導医の許可なしでの診療行為"を教員が「懲戒処分とカウンセリングの義務(Level 4)」と評価したのに対し,学生は「懲戒処分(口頭での戒告)(Level 2)」という厳しくない評価をしている。患者にかかわる行為に関しては,指標の妥当性のさらなる検討が求められる。

 日本の大学においてもFTPを設定している例はあるかもしれないが,まだ同様の取り組みで広く知られたものはないと感じた。今後,FTPの導入を学生と教員とで議論し,導入を検討する動きも必要かもしれない。このことで,学生の問題を早期に発見し,改善を促す取り組みが可能となるだろう。FTPの確証がある学生だけを卒業させることが,大学の社会に対するアカウンタビリティを高め,医療の質の確保へとつながっていくと思われる。

註1)アジア医学教育協会ホームページ
註2)第1回:香港(中国),第2回:上海(中国),第3回:ソウル(韓国),第4回:バンコク(タイ),第5回:バンドゥン(インドネシア)


大西弘高氏
1992年奈良医大卒。天理よろづ相談所病院,佐賀医大総合診療部を経て,2002年米国イリノイ大にて医療者教育学修士課程修了。03年より国際医学大(マレーシア)にてカリキュラム改革等に関与した後,05年より現職。現在,日本医学教育学会理事,日本プライマリ・ケア連合学会理事,日本医療教授システム学会理事を務める。

芦田ルリ氏
カナダ・トロント大大学院修士課程修了。東医大,東大医学部にて医学英語教育に携わる。現在,日本医学英語教育学会評議員・倫理ガイドライン委員を務める。

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