腎臓内科診療の未来像(柏原直樹,赤井靖宏,田川美穂)
対談・座談会
2011.06.06
【座談会】
腎臓内科診療の未来像
柏原直樹氏(川崎医科大学副学長/腎臓・高血圧内科教授)=司会
赤井靖宏氏(奈良県立医科大学准教授/卒後臨床研修センター)
田川美穂氏(京都桂病院腎臓内科医長)
腎臓病をめぐる医療の動きは速い。分子生物学の進展からもたらされる腎臓病の新たな成因の理解は腎臓内科の専門性を高めるとともに,成人人口の約10%にも及ぶと推定される慢性腎臓病(CKD)の概念の出現は,かかりつけ医を含めた診療科横断的な患者対応を腎臓内科医に求めている。
わが国の腎臓病診療を考えると,世界一と言われる透析システムを持つ一方で,腎移植数は欧米に比べはるかに少ない。このような状況のなか,腎臓病診療においてはどのような戦略をとればよいのだろうか。本座談会では,超高齢社会を迎えたわが国における腎臓病診療の未来像を展望したい。
柏原 私が腎臓内科医となった25年前を振り返ると,当時の腎臓内科医の仕事は慢性糸球体腎炎やネフローゼの診療が主体で,もっぱら腎固有の病気を診るものでした。その後,糖尿病の急増を背景として糖尿病性腎症が腎不全の最大の要因と認識され,近年は成因を問わず軽微な腎障害が心血管疾患の強力なリスク要因であることを明らかにした慢性腎臓病(CKD)の概念も生まれるなど,腎臓内科の守備範囲は変わってきています。
赤井 糖尿病患者の増加は,腎臓病診療の変化に大きな影響を及ぼしましたね。私が医師となった1990年ころは,腎機能が低下したらそのまま透析に移行し,糖尿病性腎症の診療でも腎臓内科医の関与は少なかったと記憶しています。
柏原 確かに糖尿病性腎症の診療は,糖尿病・内分泌科などで完結していた部分がありました。一方,CKDは想定以上に多数存在し,かつ心血管病の発症と強く関連していることが広く認識されてきましたね。
田川 私は米国から帰国して約2年半になりますが,この間だけでも血清クレアチニンの軽度上昇で,「CKD疑い」という紹介状を持参して来られる初診患者が増えています。これまでは「血圧を下げて観察するしかない」と思われていた患者も,腎臓内科医が早期から介入したほうが合併症を抑制でき予後がよいと認識され,地域の開業医までCKDが浸透してきました。
専門性の高い治療をすれば透析導入を遅らせるだけでなく腎機能の回復も期待できることが明らかになり,腎炎やネフローゼ以外でも腎臓内科医の専門性が認められてきたという印象を持っています。
柏原 CKDの概念が出てきた当初は,腎臓専門医の間でも疑問に思う部分がありました。しかし,昨年「Lancet」誌に掲載されたメタアナリシス1)では,推定GFRが60 mL/分を下回る,もしくは微量アルブミン尿が検出される段階からほぼ指数関数的に心血管死亡や総死亡が増えることが報告され,エビデンスも充実してきています。
赤井 CKDへの認識が高まった理由の一つに,腎臓内科単独で診療するよりも,他科との連携が予後向上に求められるようになったことがあります。例えば心腎連関のように,腎疾患と心血管疾患との関連が深いことが示され,腎不全患者のリスク管理には腎臓内科医と循環器科医との連携が必要だととらえられるようになってきました。
柏原 かつては,最悪の場合は透析,というのが多くの非専門医の腎機能低下に対する認識でした。それも血清クレアチニン値が3-5 mg/dLまで上昇して初めて腎機能低下を危惧し,1.5 mg/dL程度では問題視されないことも多々ありました。早期,軽度の腎障害に対する危機意識の高まりとともに,腎障害のアウトカムも脳卒中や心不全,心筋梗塞あるいはそれに関連した寝たきりなど,さまざまなものがあるとわかってきました。そうしたことをすべて包括したのが現在の腎臓病診療だと思います。
超高齢社会に適した腎臓病診療の在り方を探る
柏原 腎臓病の基盤病態の理解が深まり,治療法に一定の進歩が見られるにもかかわらず,腎不全を呈する患者数は増えています。腎不全患者の増加率を世界と比較すると,日本は台湾に次いで高く,しかも右肩上がりです。超高齢社会であることを考えると,日本は世界に先立って腎臓病における新しい課題に直面している可能性があります。
赤井 特に高齢者の腎臓病は,CKDの概念の普及に伴い大きな課題になっています。例えば高齢者における透析導入のタイミングは,かかりつけ医と私たち腎臓内科医の間で適切な判断が要求される新たな問題です。透析導入時の平均年齢も右肩上がりですので,高齢者の腎症をどうとらえ,どのような治療方針をとっていくかは,これからの日本に課せられた大きなテーマだと思います。
柏原 そこは大事な視点ですね。もし透析の医療費をさらに自己負担すべきとなった場合,本当に現在の医療体制を維持できるのかという不安を私は感じています。
田川 80歳以降の自己負担割合を増やすという議論も一部でありますが,年齢で区切るような方法を現実にとることは難しいと思います。同じ80歳でも元気でバリバリ仕事をされている方もいるわけですから,年齢だけで切り捨ててよいのかという倫理的な問題もあります。
柏原 年齢で区切ることはおそらくできないでしょう。では高齢者の腎臓病診療について,先生方から何か提案はありますか。
田川 米国腎臓学会の腎臓内科教育プログラム「NephSAP」2011年1月号の特集「Geriatric Nephrology」(老年腎臓学)が参考になると思います。そこでは,高齢者の腎疾患を専門とする医師の育成とともに,高齢者のパフォーマンスステータス(PS)をどのように評価し,腎不全の治療法の選択肢を患者や家族にどう提示すべきか,ということが取り上げられています。これは,ADLの低下した高齢者では透析の導入でさらにADLの低下を招くことが多いため,例えば低タンパク食のような尿毒症の症状を抑制する治療を行い,できるだけよい状態を保つことのほうが,QOLを保てるのではないかという考え方です。
もちろんPSが高い高齢者には透析導入が最適な治療法だと思いますが,虚弱高齢者に透析を導入することが,本当によいことなのかは見つめ直す必要があると感じました。私はこのような考え方を,まずは腎臓内科医から発信して社会に広めていくことで,透析を行わない腎臓内科医療も一つの選択肢にできればと思っています。
柏原 私もその特集を読んで,日本でこそ老年科的な考え方が必要だと感じました。これからは,一人ひとりの患者のQOLに根差した個別の診療目標を,患者・家族と対等な立場でよく話し合った上で決定していくことが今以上に必要になるでしょう。
ただ透析以外の治療に基づくQOLについては,いわゆるエビデンスがあまりないため,QOLが維持されているかをエビデンスとして見いだしていくことが次の課題だと思います。
赤井 Geriatric Nephrologyという考え方が登場した背景には,高齢者の透析に米国も頭を悩ませているという実状があるのだと思います。米国でも透析導入者の増加とともに,医療費の問題がクローズアップされてきています。また末期の心不全や癌など余命が短い場合に,その方の人間としての尊厳や意思,あるいは家族の意思をくんだいわゆるDNR(do not resuscitate)の選択が,医療者や患者・家族間で少しずつ浸透してきているという背景もあります。
その一方,日本の医療現場では,「透析を導入しない」「行っていた透析をやめる」選択肢があるという考え方すらほとんど認識されていないと思います。越えなければならないハードルは多々ありますが,できれば学会などの専門職組織が主導し,皆で議論が必要な課題だと考えています。
柏原 残念ながら,日本では学会レベルでもそういった議論はまだほとんどできていません。
尊厳死などの問題ともつながっているので,日本では透析に限らず,医療の目的や目標に関してまだ深い議論ができていない気もします。ただ,日本は世界に先立って超高齢社会を迎えているわけですから,それに適した医療の在り方のコンセンサスづくりを始めなければいけませんね。
■日米の腎臓病診療の違いとは
柏原 お二人は米国で腎臓病診療に当たられた経験を持ちますが,どのような点で日米の違いを感じましたか。
田川 私は5年ほど米国で腎臓病診療に当たりましたが,日本との違いを特に大きく感じたのは,患者と医療とのかかわりについてです。米国では予約通りに外来を訪れる患者は少なく,予約の半分ぐらいしか来ないこともありました。透析ですらスキップということもあります(笑)。この背景には医療制度や国民性の違いがありますが,日本では保存期の治療を患者がきちんと受けているため,結果として長生きなのだと思います。
赤井 米国で診療を行うと,「日本人はなんと真面目なのか」と感じますね。診療の頻度も,日本は米国に比べ高くなっています。米国では年2回程度の受診しかない腎不全患者もたくさんいますが,日本では月1回は診察を受けるなど比較的きめ細やかに診療を行えています。これが日本の透析患者の死亡率は米国の約3分の1という結果につながっているのかもしれません。
柏原 日本人は透析導入以前の医療へのアドヒアランスが高く,また透析導入後も質の高い医療を受け続けている。これは,医療統計だけでは見えてこない大事なポイントですね。
日本では,透析導入後は身体障害者に認定され医療費の面でも優遇されますが,米国ではどのような扱いになっているのでしょうか。
田川 米国でも透析導入後はメディケア(高齢者・障害者を対象とした公的医療保険)でカバーされるため,比較的優遇されています。
赤井 確かに透析導入後は優遇されるのですが,そこに至るまでは民間の医療保険しかないため,保険制度は医師の悩みの種となっています。保険会社が強い力を持ち,「この治療はカバーできない」「この専門医にはかかれない」という規制が多々あります。こういった保険会社との折衝は医師にとって大きな負担ですし,患者にとってもせっかく近所に専門医がいてもそこで治療を受けられないというジレンマがあります。医療の背景にあるこのような現実が,患者のコンプライアンスやアドヒアランスが高まらない要因になっているという気もします。
柏原 そう考えると,ごく常識的に日本の医療システムのほうが優れているように感じます。
専門医がより専門性を発揮できる米国
柏原 一方,日本が学ぶべき米国の優れた点にはどのようなものがあるのでしょうか。
赤井 米国が優れていると感じる部分の一つに,専門医がよりスペシャリティを発揮しやすい環境が挙げられます。米国では,腎臓専門医が病棟からのコンサルテーションに基づき患者の治療方針の指...
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