医学界新聞

2011.05.16

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


《標準言語聴覚障害学》
聴覚障害学

藤田 郁代 シリーズ監修
中村 公枝,城間 将江,鈴木 恵子 編

《評 者》加我 君孝(東京医療センター臨床研究センター・感覚器センター名誉センター長)

広く深い聴覚障害領域をバランス良く取り上げた良書

 言語聴覚士教育のカリキュラムの中で聴覚障害の分野ほど教える側にとっても学ぶ側にとっても難しい領域はない。大きな理由は4つある。(1)背景にある理論は物理学と音響学を基礎としている,(2)耳と中枢聴覚伝導路の解剖と構造,生理学や薬理学など必要な基礎知識が広く深い,(3)聴覚障害は外耳,中耳,蝸牛,聴神経,脳幹,大脳の各レベルで症状と検査所見が異なる。先天性難聴から老人性難聴,さらに中枢聴覚障害までも含まれる。それぞれの障害に合わせた聴覚心理学的検査から,耳音響放射やABR(聴性脳幹反応聴力検査)のような他覚的聴力検査がある,(4)治療法が多様で,中耳の鼓室形成術や人工内耳手術のように外科的なものと同時に,補聴器のフィッティングや聴能訓練,指文字,手話のような視覚的言語教育も含まれる。

 聴覚障害学は海外ではAudiologyといい,修士の教育であり,卒後研修を受けAudiologistという専門家として活躍している。わが国では学部教育の中で詰め込んだ教育をせざるを得ない。おそらく学生は聴覚障害の患者を見たことも接したこともないのにバーチャルに想像しながら学ばざるを得ないのではないか。

 評者はあらゆる聴覚障害症例の診断治療に過去40年の間取り組んできた。その間,言語聴覚士とともに失語症にも嚥下障害にも取り組んだが,聴覚障害ほど魅力的な領域はない。最初に述べた4つの点が自分の頭の中で次第に統合され,整理されると,その知識と検査法を基に手術まで含め縦横無尽に活躍でき,結果的に患者に貢献できるようになるからである。

 本書は6章から成り,いずれの章も大半が個人的にも存じ上げている言語聴覚を専門とする先生が書かれている。これまでにも類書は存在していたが,本書の特徴は,(1)その難しい領域をわかりやすく,できる限り図を工夫して明解になるように書かれている。多くのSide Memoが理解を深めるのに役に立っている,(2)聴覚障害の医療の現場もバランスよく取り上げている,(3)基本的な事項だけでなく,最新の知識や情報を取り上げて紹介している,(4)言語聴覚士の国家試験を意識しながら書かれている,ことなどが挙げられる。また,各章末のKey Pointでは,理解度をチェックするための質問が用意されている。このほか,学習しやすいように目次も索引も工夫されていることも学習の便宜を図っている。

 教科書としては少し厚いようにも思えるが,分野が広く深いため仕方がない。言語聴覚士をめざす人だけでなく,耳鼻咽喉科の医師にも大いに参考になる。良書として薦めたい。この本の内容を手中にすれば聴覚障害の臨床では鬼に金棒であろう。

B5・頁368 定価5,460円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00993-5


胃癌外科の歴史

高橋 孝 著
荒井 邦佳 執筆協力

《評 者》丸山 圭一(国際医療福祉大教授・胃癌外科,消化器外科/山王病院・外科/前 国立がんセンター外科医長)

胃癌外科治療の「理論と実践」を歴史からつまびらかにする良書

 『胃癌外科の歴史』が刊行されました。胃癌の外科治療に携わる医師には,ぜひ読んでいただきたい良書です。

 胃癌外科の歴史は,Billrothが最初の胃癌切除に成功した1881年(明治14年)から数えて,わずか130年と短いものです。この間の進歩をふり返り,その基礎を知ることは,今,胃癌治療に携わる外科医にとって大変意味があるからです。

 著者は癌研病院消化器外科部長を長らく勤められた高橋孝先生と,先生が2009年5月に逝去された後に遺志を継がれた東京都保健医療公社豊島病院副院長の腫瘍外科医・荒井佳先生です。本書ではお二人の考え方,すなわち胃癌外科治療の「理論と実践」を歴史からつまびらかにすることをめざしています。このために,実に膨大な文献・資料を網羅し,多くの図版と図表を載せ,著者の言葉で解説しています。

 本書を特徴付けているのは,序文で述べられているように"欧米と日本における手術治療の大きな違いに疑問をもち,欧米と日本におけるリンパ流研究と郭清手術がどのように発展してきたかを紐解いて考察した"ことです。欧米の胃癌外科の歩みは,P<00e9>an,Rydygier,Billroth,Mikulicz,Schlatter,Mayo,McNeer and Brunschwig,Wangensteenと連なり,日本では,近藤次繁,三宅速,武藤完雄,久留勝,梶谷鐶,西満正と連なっています。リンパ学の歩みは,Poirier,P<00f3>lya,Jamieson, Rouvi<00e8>re,井上輿惣一,木田八兵衛と述べられています。

 本書のもう一つの特徴は,胃癌外科ばかりでなく,喉頭癌,乳癌,直腸癌など,他の癌でのリンパ流とリンパ節郭清の歩みとも比較・考察されていることです。癌治療の基礎理論を理解する上で,非常に大切なことに違いありません。ぜひ,座右の書として熟読されるようお奨めします。

B5・頁280 定価9,450円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00902-7


整形外科SSI対策
周術期感染管理の実際

菊地 臣一,楠 正人 編

《評 者》山崎 隆志(武蔵野赤十字病院整形外科部長)

SSIの障害を最小限にするベストプラクティス

 清潔手術である整形外科では一般外科などの準清潔手術に比べ,SSI(Surgical site infection;手術部位感染)発生頻度は圧倒的に低く,SSIが発生しても不運な出来事と思われがちである。私自身も過去にMRSAによるアウトブレイクを経験するまでそう考えていた。しかし,SSIは努力により減少させることが可能で,SSIは外科医の実力を表す,と今では考えている。東郷平八郎は運がよいので連合艦隊司令長官に任命されたとされているが,その運のよさの陰には東郷の不断の努力があったことはあまり知られていない。SSIが起こるのは運が悪いのではなく,常日ごろのSSI対策が不十分であった可能性が高いのである。

 本書は整形外科SSIの予防と治療に関して,各種ガイドラインなどの総論から具体的症例まで,幅広く網羅している欲張りな本である。脊椎,膝の項では温度板からの考察,創外固定の項では患者用パンフレットも紹介されており,非常に実際的である。

 総論はSSIに精通した一般外科医が執筆している。栄養管理や術後血糖コントロールの重要性,縫合糸,手袋,ガウン,サーベイランスなど普段整形外科医が気にかけていない点まで行き届いた基本的解説が詳しい。

 整形外科の各領域ではその領域の専門家,SSIで苦労した医師が執筆している。自分の専門分野を読むのもよいが,専門以外の領域を読むのも興味深い。肩では"三角巾固定による安静は避ける"など反省させられ,足関節では伸筋支帯の弁状パッチ法など好奇心をそそる。

 SSI治療においてすべての著者が述べている重要な点は早期発見であるが,これぞという決め手がないことが本書から理解できる。発熱,白血球やCRPの再上昇,創不良などの指標があるが,これらが欠如する場合もあり,多くのSSIに共通するのは疼痛のようである。早期起因菌同定にはグラム染色が勧められている。SSIが多発した場合の対処法も書かれている。多発原因は同定されていないが大いに参考になる。

 本書の特長に読みやすさがある。各章のQ & Aは知識の整理に役立つ。また,最新の知見はトピックスとしてまとめてあり,教科書的に確実な知識とともに最新の知識も知ることができるという工夫は読者の旺盛な知識欲を満たす。治療においてはフローチャートが各項にありわかりやすい。

 "症例から学ぶ"は各著者の苦労の結晶である。整形外科SSIでは複数回手術や抗菌薬の副作用などと順調にいかないことも多い。このような困難を克服して外科医の実力は向上していくが,"症例から学ぶ"により,SSIに対する各著者の努力の実際を体感できる。

 整形外科SSIの発生頻度は低いが,治療には難渋することが多く,患者ばかりでなく医療者にも大きなストレスとなる。整形外科手術の最も重大な合併症の一つであるSSIの障害を最小限にするベストプラクティスが本書から学び得る。

B5・頁320 定価8,400円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01020-7


標準組織学 各論 第4版

藤田 尚男,藤田 恒夫 著
岩永 敏彦,石村 和敬 改訂協力

《評 者》年森 清隆(千葉大大学院教授・発生医学)

美しい写真と解説の中に計り知れない生命の営みを見る

 本書は「標組」の愛称で医学生の間で最も利用されてきた藤田尚男・藤田恒夫両先生による『標準組織学 各論』(第4版)である。1976年の初版から34年間親しまれ,第3版から18年を経て刊行された。第4版各論は第3版と同様に全10章から構成されているが,岩永敏彦・石村和敬先生が改訂協力者として加わられ,全章にわたって新しい図譜や蛍光顕微鏡写真,そして新知見が加筆されている。

 日本に電子顕微鏡が導入されてから60年になる。この間に形態学はナノのレベルで解析できるまでの手法が発達し,近代組織学の基礎が作られた。この時期の日本の形態学者の貢献は極めて大きい。著者らは長きにわたりその第一線で教育研究をリードされた。

 第4版では日本人形態学研究者が撮影した写真や発見した事実が数多く取り入れられている。必然的に解説も詳細になっている。特に10章の神経系は,本章を担当された寺島俊雄先生によって大きく加筆されている。生命科学の知見は形態学だけでなく分子生物学的手法による膨大な成果として蓄積されているが,その膨大なデータは教科書として網羅することは不可能であり,専門書に委ねられる。本書は,これから真の学びを始める学生だけでなく若い研究者が生命科学の世界で迷うことなく進むことができるように,形態学的視点から細胞レベルで可視化し,解説が進められている。

 本書には他の組織学教科書や参考書にない特徴がある。特に次の2点を挙げたい。第1に,掲載されている写真は,生命現象を説明するに最もふさわしい第一級の美しい写真であることである。全体10章を通して掲載されている写真は,各領域を代表する日本人研究者が撮影したものを中心に構成されている。もちろん海外の代表的な研究者も含まれている。適切に案内を付された写真や図譜のできあがりは,筆者らの眼を通して磨きあげられた芸術的な趣さえも感じる。第2に,その優れた写真や図譜に取り上げられた細胞で繰り広げられる生命現象について,その背景や研究の歴史が随所に解説されていることである。

 このようにして構成された本書を理解することは,すなわち研究の流れを同時に学ぶことであり,学問や研究の楽しさを知る入口ともなっている。そこから先の助けとなる代表的な参考文献も,多数引用されている。通常,教科書は若い読者の経済的負担への配慮から,写真や文献を削減する傾向にある。本書はあえて多数の文献を引用している。この姿勢は初版から一貫しており,藤田尚男・藤田恒夫両先生がこれからの若き学徒や研究者へ託した学問研究への誘いであると,筆者は思っている。

 本書は単に教科書としてだけでなく,研究の素晴らしさを伝える名著である。じっくりと読み込んでいくと,美しい写真と解説文の中に計り知れない生命の営みが見えてくる。細胞とそこに広げられる永遠の生命の神秘的な営みに引き込まれながら,自然に組織学を学び,研究への世界へ誘われることであろう。

B5・頁616 定価12,600円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00302-5


糖尿病と心臓病
基礎知識と実践患者管理Q&A51

犀川 哲典,吉松 博信 編

《評 者》木村 剛(京大大学院教授・循環器内科学)

基本を学び,知識をアップデートするのに最適

 大分大学の犀川哲典先生,吉松博信先生が『糖尿病と心臓病』と題する医学書を発行された。

 日本における糖尿病患者数は増加の一途にあり,糖尿病患者における最も重要な合併症は心血管疾患である。また日本人の冠動脈疾患において糖尿病の合併率は50%以上であり,耐糖能異常を含めると3分の2以上の患者が糖代謝異常を有するとされる。循環器内科専門医と糖尿病専門医の連携が強く求められているところである。

 本書の画期的なところは大分大学の循環器内科グループと糖尿病グループが力を合わせて企画,編集された点にある。ともすれば循環器内科専門医は心筋虚血の治療に傾き,糖尿病専門医は血糖管理に傾くところだが,患者の求めるところは予後改善という視点からみた総合的な管理である。本書では糖尿病患者の総合的な管理が非常にバランスの取れた形でまとめられている。

 大学病院や基幹病院以外では,糖尿病専門医は少なく,多くの糖尿病患者は一般内科医や循環器内科医によってケアされている。しかしながら,われわれ循環器内科医の糖尿病についての基礎知識は十分とは言えないことが多い。本書では,糖尿病についての基礎知識と糖尿病に合併する循環器疾患についての基礎知識を簡潔にまとめると同時に,糖尿病と循環器疾患についての基本的な考え方が明確にされている。

 さらに日常的に遭遇することの多い疑問点や問題点が,51のQ&Aで解説されている。Q&Aは日常臨床にすぐに役立つ項目が包括的に取り上げられている。すべてを通しで読んでも良いし,自分が直面している問題についての解説を拾い上げて読んでも良いと思われる。ここでもエビデンスを重視し,基礎知識と基本的考え方を述べた上で各論に入るというスタイルが貫かれている。各論はすぐに診療に応用できるようにと,具体的な記述が心がけられているのもありがたいところである。

 現在の日本の実地臨床においては,糖尿病患者の心血管疾患発症予防や糖尿病を合併する心血管疾患患者の総合的管理は,残念ながら満足すべきレベルには達していないと思われる。これは医療サイドの知識不足によるところも大きいと考えられる。

 本書は,一般内科医,循環器内科医や研修医まで広い層の医師が「糖尿病と心臓病」についての基本的考え方を学び,知識をアップデートするために最適の書である。本書からのメッセージを患者に伝えることによって,患者の糖尿病と心臓病についての知識が増え,治療に対するモチベーションの向上も期待される。本書が多くの糖尿病患者の治療成績向上に寄与することを願っている。

A5・頁312 定価4,725円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01164-8

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