医学界新聞

2011.04.25

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


炎症性腸疾患

日比 紀文 編

《評 者》浅香 正博(北大大学院教授・消化器内科学)

厚労省研究班の成果を結集,最高かつ最新の内容

 潰瘍性大腸炎とクローン病は併せて炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease ; IBD)と総称されており,どちらも原因不明で難治性の慢性炎症の所見を呈する腸疾患である。生命予後はよいが,再発を繰り返すため,社会復帰が困難になるケースが多く,極めて厄介な病気である。

 わが国においてここ30-40年くらいの間に,信じられないスピードで両疾患の発生数が急増している。潰瘍性大腸炎,クローン病ともに70年代に比して30-50倍の増加を示しており,特定疾患医療受給者数でみると,潰瘍性大腸炎は11万人を超え,クローン病はほぼ3万人である。このような極端な増加を示す疾患は消化管疾患では見あたらないし,消化器以外の疾患でも極めてまれなケースである。その原因については生活習慣の変化といった漠然とした理由でしか説明されていない。感染,生活習慣,さらには遺伝子レベルに至るまでの詳細な研究がなされているが,いまだ成因は不明のままである。

 30年前には炎症性腸疾患と同じく原因不明で治療法が確立されていなかった消化性潰瘍は,80年代にH2ブロッカーやPPIのような酸分泌抑制薬の開発により劇的に治癒する疾患になり,90年代後半にはその原因が同定され,ヘリコバクター・ピロリの除菌により,再発はほぼ抑制されるようになった。私が医学部を卒業した当時は同じスタートラインにいた炎症性腸疾患と消化性潰瘍の治療は,現在このように大きな差が生まれてしまった。現在の炎症性腸疾患の治療は,消化性潰瘍の治療の進歩に例えるとどこまで来ているのであろうか? 白血球除去療法やインフリキシマブのような生物製剤の開発により,確かに治療は進歩したが,消化性潰瘍の治療で画期的な変化をもたらしたH2ブロッカーの時代にも達していないのが現状であり,比較的効率のよい制酸薬や抗コリン薬の役割しか果たしていないと考えられる。

 本書は,慶應義塾大学医学部消化器内科の日比紀文教授が2002年から2007年まで班長を務めた厚生労働省による"難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班"の成果の結集である。これまで炎症性腸疾患に関する書物は数多く出版されているが,わが国の炎症性腸疾患の研究者が5年間にわたって継続的にテーマを持って研究を行い,十分な討論を行った上で刊行された本書は,厚生労働省の班会議の成果という権威のみならず,実質を伴った現時点における最高の品質で最新の内容を提供していると考えてよい。この本をベースにしながら,炎症性腸疾患の成因や病態生理を追求し,大きな成果を上げてほしいと心から願っている。もちろん世界中が総力を挙げて研究しているのにいまだ本質に迫れない手ごわい病気であることは十分承知の上であるが,わが国から画期的な成果が報告されることを期待している。

B5・頁352 定価13,650円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01007-8


てんかん鑑別診断学

Peter W. Kaplan,Robert S. Fisher 編
吉野 相英,立澤 賢孝 訳

《評 者》兼子 直(弘前大大学院教授・神経精神医学)

てんかんを見落とさないために有用な書

 "Imitators of Epilepsy"という書籍の第2版を訳出したのが本書『てんかん鑑別診断学』である。てんかんの約30%では抗てんかん薬で発作が抑制されないが,その中の一部は診断が十分ではなく,非てんかん性発作を抗てんかん薬で治療を試みている可能性がある。あるいはてんかん発作をほかの疾患と誤診し,正しい治療が行われていない場合があることも事実である。これらの原因の一部には,精神科医のてんかん離れでてんかん発作と症状が類似する精神疾患をてんかんと診断する,あるいは非てんかん性発作に不慣れな神経内科医,小児科医,脳外科医がてんかんを鑑別できないことが関連するのであろう。本書はかかる状況の克服にとって,極めて有益な訳書となった。

 概論の部分では非てんかん性発作の脳波所見,てんかん発作とは思えないユニークなてんかん発作,非てんかん性けいれん発作の章が興味深い。「年齢別にみた非てんかん性発作」の編では,「新生児と乳児の非てんかん性発作」や「小児期と思春期にみられる非てんかん性発作」の章で実に多数の鑑別すべき疾患がまとめられている。最近てんかん発症が増加している「老年期にみられる非てんかん性発作」についてもまとまった記載がある。

 「てんかん発作をまねる様々な疾患」の編では片頭痛,めまい,発作性運動障害,内分泌代謝障害・薬剤性障害,睡眠関連障害,脳血管障害等のどちらかと言えば神経関連障害と,過換気症候群,心因性発作,パニック発作などの精神関連障害とに分けて考察されている。

 各章では鑑別に必要な症状・病態生理が記載されている。一部の章では症例の提示があり,治療法にも触れられている。

 本書は精神症状診断に不慣れな神経内科医,小児科医,脳外科医だけでなく,精神科医にとってもてんかんを見落とさないために極めて有用である。若手医師のみならず「てんかん専門医」にとっても日常診療ではあまり遭遇しない疾患の知識を整理する上でも役立つ。共同執筆のため,一部の記述に繰り返しが見られるのは致し方ないであろう。発作性疾患を診ることが多い臨床家にとり一度は目を通したい本である。

B5・頁352 定価9,975円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01028-3


「病院」の教科書
知っておきたい組織と機能

今中 雄一 編

《評 者》堺 常雄(聖隷浜松病院院長/日本病院会会長)

まずは病院について理解するところから

 わが国は国民皆保険のもとで国民の健康状態を良好に保ち,世界の中でも高い評価を得てきました。しかしながら医療を取り巻く環境の変化,特に少子・超高齢社会の到来,永年の医療費抑制政策等の影響で,「医療崩壊」と言われる状況になっています。そのような中で持続性のある社会保障制度を維持するためには,財源の確保と病院医療の再生が喫緊の課題です。

 病院はほかの業界と異なり専門職集団を多く抱え,縦の連携が強い組織と言えます。しかも十分に情報が共有されておらず,情報の非対称が言われ,医療全体がブラックボックスとなっています。また病院を取り巻く環境の変化として,疾病構造の変化,診断・治療の高度化・専門分化があります。

 このような状況に対応し改善する方法として,組織横断的な活動,チーム医療の推進,情報の"見える化"等が考えられ実践されていますが,そのためには病院の組織と機能を広く知ってもらい,多くの方々に病院運営に興味を持ち理解をしていただくことが重要です。残念ながらこのような視点で病院を紹介する本は今までほとんど存在していなかったと言えます。その意味でこのたび,今中雄一教授(京都大学大学院医学研究科医療経済学分野)のグループから本書が刊行されたのはまさにタイムリーなことであり,病院の経営に携わるものとして歓迎するところです。

 本書は「序論」「病院経営の基本と制度」「病院の組織と機能」「介護システムとの連携」の4部構成になっており,読者目線で説明がなされ読みやすく,多くの図表や充実した参考文献・参考資料によって大変理解しやすいものとなっています。今中教授が担当された「序論」は本書のエッセンスと言えるもので,病院にとって不可欠な診療の質と経営の質を担保し向上させるための事柄が述べられています。さらに,挿入されている「ちょっと話したくなるコラム」は読者の理解を深めるものとなっています。

 これに続く「病院経営の基本と制度」および「病院の組織と機能」でも,実際の病院経営・管理で必要であるにもかかわらず十分に理解されていない事柄についてコンパクトに述べられており,まさに「病院の新任者」「元企業人」「現企業人」「先生と学生」にわかりやすい構成になっています。もちろん,医療界のベテランにも,病院の組織と機能についての考えを整理する書として利用価値があるものと思われます。

 最後の「介護システムとの連携」は,一般病院で働く者にとってわかりにくい点について述べられており,医療提供体制を予防医療,急性期医療,慢性期医療,介護・在宅ケアというトータルでシームレスなものととらえる上で大変参考になるものと確信します。

 病院で働く人には病院全体や他職種のことを広く理解してチーム医療を推し進めていただきたいし,一般の方には病院を身近なものとしてとらえ,病院に積極的にかかわっていただきたいものと願っています。もちろん,常にかかわっていただければそれに越したことはないですが,例えばボランティアのような形でかかわっていただくことも大歓迎です。病院の医療を支え向上させるのは皆さん一人ひとりであると考えるからです。そのためにも,この本で病院のことを理解していただくのは有用なことと思います。

 病院の図書室に本書を配備し,また新人研修等で利用されることをお勧めします。

B5・頁248 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00595-1


睡眠障害国際分類 第2版
診断とコードの手引

米国睡眠医学会 著
日本睡眠学会診断分類委員会 訳
日本睡眠学会 発行
医学書院 販売

《評 者》陳 和夫(京大大学院教授・呼吸管理睡眠制御学)

睡眠医療者の共通認識を培うために

 睡眠学を学ぶに当たり,当然のことながら原著を読み,理解することが基本であるが,数多くの情報量を取得しなければならない現在,重要な知識を迅速かつ正確に学ぶことも必須であり,適切な翻訳本の必要性にもつながる。また,睡眠学の領域はその学会員の構成を見てもわかるように,医師,検査技師,看護師など睡眠障害に携わる医療者が多く存在する。検査,診断,治療に当たって共通認識を持って対応することが,ほかの領域に増して必要であり,さらに,新しい診断基準,概念も数多く見られる領域であることから,そのキャッチアップが重要である。実際,京都大学医学部附属病院の検査技師の方々も本書を大変喜び,随時参照されている。

 筆者の専門は呼吸器内科領域であり,サブスペシャリティーとして睡眠学,その中でも睡眠呼吸障害を専門としている。閉塞性睡眠時無呼吸での過度の日中の眠気の鑑別には,睡眠関連呼吸障害によらない過眠を見分けることが重要であるが,そのためには睡眠学の中の専門領域からさらに関連する領域へと,その知識を増やす必要があり,本書はこの点でも筆者にとっても大変ありがたい書籍になっている。また,睡眠関連呼吸障害群を担当されている原著者はBradley D,White D,Young T先生など,この領域で多くのことを発見し,進展に貢献してきた先生方であり,まさに,前書きに「睡眠障害国際分類第2版」(ICSD-2)の目的として書かれている「現在知られている睡眠障害と覚醒障害のすべてについて,科学的および臨床的論拠に基づいて記述すること」が実感できる。

 ICSD-2発刊後,さらに米国睡眠医学会(AASM)による睡眠および随伴イベントの判定マニュアルが2007年に出版されており,低呼吸の定義や診断基準に新たな変化も出ている。睡眠学領域がいまだ解明すべき領域も多く,進展が早いがために変更点も重ねられていくのであろう。

 本書の完成のため5年間の継続した尽力をなされた故本多裕先生,およびそれを引き継がれた粥川裕平先生ならびに翻訳にかかわられたすべての先生方に感謝するとともに,睡眠医療に携わる医師,歯科医師,検査技師,看護師および睡眠医療に関心を持つ多くの分野の先生方に,本書を座右の書としていただきたい。

B5・頁296 定価6,300円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00917-1


整形外科SSI対策
周術期感染管理の実際

菊地 臣一,楠 正人 編

《評 者》内藤 正俊(福岡大病院病院長)

整形外科医が身につけるべきSSIの包括的な知識

 冒頭から卑近な例で申し訳ないが,筆者には2008年10月から院内感染に悩まされ,2009年1月下旬には病院の管理者としてマスコミを通じて世間に謝罪した苦い経験がある。外国旅行中に危篤となって当院救命救急センターへ搬送された患者に感染していた多剤耐性アシネトバクターを,救命救急センターの22名と某外科系病棟4名の合計26名の患者に感染させるという不祥事であった。感染を伝播させたと考えられたのは,救命救急センターの呼吸器系機材と某外科病棟での創処置であった。院内感染が鎮静化するまで手洗い・消毒や清潔な創処置についての度重なる職員教育などを行い,救命救急センターと某外科系病棟への新規入院患者の受け入れを中止し,某外科による手術も禁止した。いったん院内感染が起こるとその制御がいかに困難であるかを体験した。また外科系の一員として,患者だけでなく施設全体に重大なダメージを与え得る手術部位感染(surgical site infection ; SSI)に関する包括的な知識を身につける必要性を痛感した。

 待望の整形外科領域での極めつけの専門書,『整形外科SSI対策――周術期感染管理の実際』が発行された。総勢90名を超える専門家による労作であり,わが国の整形外科学の泰斗である菊地臣一福島県立医科大学理事長兼学長とSSIに関する第一人者である楠正人三重大学教授により,臨床現場ですぐに役立つよう実践的に編集されている。I章では周術期感染対策について概説されている。感染を起こさないための術前のSSI対策や実際的な手術時の手洗い・手袋・ドレープ・ガウンの仕方などがわかりやすく解説されている。II章では整形外科領域での横断的な周術期感染対策の基本を,手術・手技別および特殊な問題を持つ患者について記載されている。さらに現在広く行われている貸し出し器械についても述べられている。III章では整形外科医が知っておくべき感染発症時の実践的な対応を部位別の具体的な手術に即応して教示されている。またSSIに関して手術室や病棟でよく議論になる事柄がQ & Aに簡潔にまとめられ,要所では実際に治療に難渋した症例を「症例で学ぶ」として追加されている。診断・治療のポイントや実際にどう対応したかなどが簡素でしかも手に取るように示されている。

 わが国の整形外科では,合併症により免疫能が低下した患者や高齢者に対する手術が日常茶飯事となっており,SSIの危険性が常に潜んでいる。本書に述べられているとおり,SSIは外科手術患者に発生する感染症の中で38%を占め,術後感染症の中で最も多い院内感染症である。いったん院内感染が起こり猛威を振るうと,発生源となった外科への新規入院の停止だけでなく手術も禁止される事態が招来する。保存的治療に専念されている先生方以外のすべての整形外科医にとって,必読の書として本書を推薦する。

B5・頁320 定価8,400円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01020-7

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