医学界新聞

2011.03.28

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


大腸癌の構造 第2版

中村 恭一 著

《評 者》高木 篤(みなと医療生活協同組合協立総合病院消化器内科)

大腸癌診療における不滅の道しるべ

 本書は,いまだに世界的に信じられている「大腸癌の多くは腺腫から発生する」というMorsonの"腺腫-癌連続学説(adenoma-carcinoma sequence)"を徹底的に論破し,「大腸癌の大部分は正常粘膜から発生する」というde novo学説を体系的に対置した本である。

 本書は複数の執筆者による見解をオムニバス的に集めただけの安易な本ではない。一人の著者の極限の思索によって書き下ろされた渾身の書であり,骨太で一貫性のある論理構造を持つ科学書である。癌・腺腫・非腫瘍を画像的に客観的に診断する判別式を完備し,腫瘍発生の基本概念,診断基準,組織発生,臨床病理を整合性をもって見事に解説している。

 著者の中村恭一先生は問いかける。大腸以外の臓器では正常粘膜からのde novo発生が主体であるのにバウヒン弁を越えたらなぜ突然腺腫が発癌の主体になるのかと。言われてみればもっともである。そして著者は「トンネルを抜けると雪国だった」などとユーモラスな比喩を駆使しながら,腺腫-癌連続学説の矛盾点を逐一指摘しde novo学説を対置して圧倒していく。まさに「論理は権威より強し」である。そこにはオセロゲームの黒一色の盤を四隅を白にしてすべて白にひっくり返していくような痛快さがあり,一気に読ませてしまう。それが本書の初版が1989年に出版されてからロングセラーを続けている理由だろう。

 著者は腺腫-癌連続学説が世界の常識だった1984年にde novo学説を敢然と主張し異を唱えた。1984年といえば1986年に工藤進英先生によって大腸IIc型de novo癌が報告される「有史以前」である。著者の主張は当時から全くぶれていない。1989年に本書の初版が出版されて以来,本書は預言の書として北極星のように不滅の道しるべであり続けた。小林・益川理論に導かれて残りのクォークが発見されたように,本書に導かれるように工藤先生の薫陶を受けた秋田学派らによってIIcを含む微小なde novo癌が多数発見されてきた。歴史的な本でありながらその正しさと重要性は今日においてその輝きを増している。

 第2版に当たり,鮮やかなカラー版として蘇っただけでなく,多くのde novo癌の知見と白壁フォーラムの約5000例の2 cm以下の大腸癌による詳細なデータ解析が加わり,さらに説得力が増した。今後データを集積していけば,日本発の病理診断基準が世界のスタンダードになる日も夢ではないだろう。

 本書を読むと,大腸内視鏡ではほとんど進行癌にならないポリープに目を奪われることなく,胃カメラのように正常粘膜に潜んでいるIIcなどの宿主の生命を奪うde novo癌を見落とさないことが大事だと痛感する。de novo学説でなければ大腸癌死を減らすことはできないとさえ思う。

 その意味で本書は大腸癌発育進展の学徒のみならず大腸癌診療にかかわるすべての人にとって必読の書であるといえよう。

B5・頁232 定価12,600円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01143-3


てんかん治療ガイドライン2010

日本神経学会 監修
「てんかん治療ガイドライン」作成委員会 編

《評 者》中里 信和(東北大大学院教授・運動機能再建学 東北大病院てんかん科)

てんかんの教科書として最初に読むべき本

 抗てんかん薬を処方する医師ならば,誰もが本書を手に取って,せめて目次だけでも目を通していただきたい。

 本書は日本神経学会が監修し,辻貞俊先生を中心とする委員会がまとめたガイドラインの力作である。てんかんの教科書として,医療関係者が最初に読むべき本と言ってよい。また患者さんやその家族にとっても決して難しすぎる本ではない。自分の診療に対して疑問や不安があるのなら,本書を読んで主治医に相談してみるのも一法である。

 本書の構成は網羅的・系統的で,てんかんの診断・分類に始まり,検査,成人の薬物治療,小児の薬物治療,てんかん重積状態,てんかんの外科治療,妊娠に関係する話題,精神症状,日常生活に関するアドバイス,と続く。

 各章はコンパクトで読みやすい。冒頭に1-2行にまとめられた「クリニカル・クエスチョン(CQ)」が置かれ,このCQに答える形で簡潔な「推奨」が続き,さらに詳しい「解説・エビデンス」と,文献や参考資料,が記されている。読者には,まず「CQ」と「推奨」だけでも,ざっと流し読みしてもらいたい。1時間もかからないであろうこの過程で,読者はてんかん医療の骨格を理解することができる。

 一例を挙げよう。CQ「てんかん重積状態で脳波モニターの必要性はあるか」に対して,推奨は「てんかん重積状態で脳波モニターは必要である(グレードB)」と続く。簡潔にして要を得ている,とはまさにこのことである。日本国内の診療体制をみるに,てんかん重積状態を疑う症例に対し,脳波モニターを実施できない施設がいかに多いことか!

 日本では,てんかんを診療する医師の多くが,てんかん診療の非専門家と言われている。抗てんかん薬の処方量に着目すると,某社の推計結果は私の直感とよく似ていて,約2割が日本てんかん学会の会員,残り8割は非会員によるものらしい。いかにして本書を多くの医師に読んでもらうかが,今後の啓発活動における最重要課題ともいえる。

 私はひそかに夢見ているのだが,例えば抗てんかん薬を販売する製薬会社が分担して,本書を必要部数買い上げておき,抗てんかん薬を処方する日本中の医師のすべてに配布してもらえないだろうか。あるいは,抗てんかん薬を処方する薬局にも配備してもらい,患者さんが自由に手にとって読めるようにしてもらってはどうだろう。

 多くの医師や医療関係者が基本知識を持たずに安易に治療を開始・継続しているのは問題であり,その結果,普通の生活を送れるはずの患者さんが悩みを抱えたまま人生を諦めている可能性がある。こうした問題を解決する上でも,本書が日本全国,津々浦々に配布されることを願うのみである。

B5・頁168 定価5,250円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01122-8


認知行動療法トレーニングブック
統合失調症・双極性障害・難治性うつ病編
[DVD付]

古川 壽亮 監訳
木下 善弘,木下 久慈 訳
Jesse H. Wright,Douglas Turkington,David G. Kingdon,Monica R. Basco 著

《評 者》原田 誠一(原田メンタルクリニック・東京認知行動療法研究所)

臨床センスを磨ける素晴らしい内容を日本語で楽しめる

 認知行動療法の詳細が教科書に記されているからといって,活字だけで実態を伝達して実践につなげられるわけではない。近年,面接の模様を伝える映像教材へのニーズが高まっているゆえんである。これまでに少なからぬDVDが世に送り出されてきたが,まだ手つかずの分野が残っていました。その一つが統合失調症・双極性障害・難治性うつ病などの重症精神障害であり,処女地へのガイド役として名乗りを挙げたのが本書である。この領域でかねてより盛名を馳せている皆さん(キングドン,ターキントン,バスコ,ライトの諸先生)が,執筆とDVD出演を全力投球で行う大盤振舞。一見しただけでは消化不良になりそうなほど豊穣な情報が満載で,特に顔見世興行を拝見できるDVDは格好の勉強の資料になっている。ここでは,今回の頭領役と言えそうなキングドン先生のセッション映像を通して評者が感じた内容を記すことで,本書の複雑で精妙な魅力の一端をお伝えしたい。

 キングドンは,妄想型統合失調症と診断されたマジールとの5回のセッションで登場する。注意深く配慮に満ちた,しかも温かく真摯なキングドンの対応は終始見事であり,この種の対応の模範となる内容。しかるに,DVDを楽しんでいるうちに若干の違和感を覚えたり,本文の解説と異なる感想が頭をよぎることもあり,そこがまた面白い。

 例えば,症例マジールの病態と診断。操作的診断基準に基づくと妄想型統合失調症となるのだろうが,この病名にしてはかなり珍しい特徴がみられる。一例を挙げると,本人が個人情報漏洩を気にしている事柄が17歳のとき...

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