ストレスマネジメントに認知行動療法を活用しませんか?(伊藤絵美)
インタビュー
2011.02.21
【interview】
ストレスマネジメントに
認知行動療法を活用しませんか?
伊藤絵美氏(洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長)に聞く
患者さんへの対応や関係職種との連携など,ナースの身の回りにはともすればストレスや心理的ダメージにつながる要素がたくさんあります。バーンアウトや新人ナースの早期離職の問題でも,ストレスの高さが一因となっています。医療現場のキーパーソンであるナースのストレスマネジメントは,いまや医療の質を大きく左右すると言っても過言ではありません。
このたび,精神疾患を抱えるクライエントへのカウンセリングだけでなく,健康な人のストレスマネジメント法としての認知行動療法の普及にも取り組んでいる伊藤絵美氏が,書籍『ケアする人も楽になる認知行動療法入門BOOK 1&2』(医学書院)を出版。ナースのストレスマネジメント法として,認知行動療法を用いたセルフケアを提唱しています。そこで本紙では,出版に至る経緯や,本に込めた思いをうかがいました。
治療だけでなく,ストレスマネジメントにも使える
――認知行動療法とはどのようなものなのでしょうか。
伊藤 まず,人がストレスを感じているときの反応を,「認知」「気分・感情」「身体反応」「行動」の4つに分けて考えます。そして私たちが直接コントロールできる「認知」と「行動」を変容させて,ストレスによる身体的・精神的不具合を緩和・解消することをめざすというのが認知行動療法(Cognitive behavioral therapy, 以下CBT)の考え方です。
特徴は,ストレス状況の分析から,どのようにそれを切り抜けるかという解消の仕方までを,クライエントが自分自身で学んでいくという点です。その学習効果によって,別の危機が訪れても対処できる力がつくのです。
20年前にCBTに出会い,その特徴を知れば知るほど思ったのは,「これは"治療法"にとどめておくのはもったいない。もっと広く,健康な人の"ストレスマネジメント"の手法として使うことができるはずだ」ということでした。それが今の私の取り組みの原点ですね。
――CBTはいま,どのような分野で活用されているのでしょうか。
伊藤 うつ病と不安障害の合併例や,統合失調症,パーソナリティ障害などの精神科疾患をはじめ,禁煙指導や月経前症候群,糖尿病の患者さんの生活教育など,精神科以外の疾患へも適応が広がっています。
また医療以外の領域での使用例も増えています。例えば,私は最近,刑務所の収容者や保護観察所に通う人への社会復帰支援としてCBTを教えるプログラムにかかわっています。受講した人からは「今後の人生に役立つ方法を学べてよかった」「もっと早く認知行動療法を知っておきたかった」など,ポジティブな感想をいただくことが多いですね。また企業・学校内セミナーで管理職や一般職のストレスマネジメントとしてレクチャーするケースも増えています。
――心理療法の専門家でなくても,CBTを活用できるのですか。
伊藤 CBTは,精神分析などと異なり,特別な心理学的知識がなければ扱えないとか,特別なトレーニングを積まなければ使ってはならないというものではありません。練習し,身に付けていただいた方であれば,誰でもそれを自分自身のために使いこなせるようになります。CBTの手法のすべてを身に付けなければ機能しないというものではなく,自分に合っていて使いやすいところだけを実践しても効果があります。
――自分自身のために,ですね。
伊藤 そうです。私自身もCBTを自分のために実践して,ストレスに押しつぶされそうな状況を必死に切り抜けた経験が何度もあります。知り合いの臨床心理士や医師からも,「自分のために使っている」という話をよく聞きます。
ナースはケアの中心的存在かつ精神的負担の大きい職種
――対人援助職者のなかでも,特にナースに,自らのストレスマネジメントのためにCBTの活用を勧めたいとお考えですが,なぜ特に「ナースへ」と思われたのでしょうか。
伊藤 私は以前から,治療やケアにかかわる対人援助職者の方々のストレス問題に大きな関心を持っていました。人が病むとき,その人は精神的・身体的に危機にあると言えます。そうした人たちをケアするとき,対人援助職者は痛みに共感したり,時には暴力や暴言を浴びせられたりする中で,大きなストレスをためこんでしまうのでないかと思うのです。
その中でも,ナースの精神的負荷は大きいと私は考えています。ナースは患者さんのケアとキュアの両面に幅広くかかわる業務を担っているため,患者さんにとって,ほかの医療者に比べて非常に身近な存在だと考えられます。そうした身近さのあまり,患者さんの不満や不安,怒り,苦情などをぶつけられることも珍しくありません。また,医師をはじめとする他職種との関係や,職場の上下の人間関係にも悩みながら,病院勤務を続けておられる方もいるでしょう。
ケアの場で媒介者となることの多いナースは,精神的ダメージを負う危険に常にさらされています。ですからナースのメンタルヘルスを良好に保つことは,医療の質を高く維持するために不可欠だと思います。それが,私がナースにCBTを勧める理由の一つです。
もう一つの理由は,私がナースの皆さんに勝手に(笑)親近感を抱いているということがあります。私の家族や親戚にナースが多かったり,精神科デイケアの仕事をしていたときに一緒に働いたナースが,皆,非常に気持ちのよい方々で,互いに助け合ったりしながら大変楽しく仕事ができた,という個人的な体験もあります。そうした経緯から何か役に立ちたいと思っていたことも,今回のナースの方々に対するCBTのご紹介につながっています。
自分が体験し,納得してから患者さんへ使ってほしい
――患者さんのケア・治療に対するわが国のCBT実践状況について,どのような印象を持っていますか。
伊藤 残念ながら,質・量共に,十分なCBTを提供できていないのが実情です。CBTの治療効果の高さを知って受療を希望する人が多くなってきているにもかかわらず,です。
その背景には,CBTの教育体制が未確立で,人材を育てられていないことがあります。昨年の診療報酬改定で保険収載されたことがCBT普及の追い風になると期待されましたが,適応対象は医師が実施する場合に限定されているため,その効果はいまひとつです。医師がCBTを実施すれば病院経営上赤字になるほどに診療報酬が低く設定されていることも,CBTの普及にとってネックになっていますね。
こうした制度面の問題はありつつも,患者さんからの要望や医師からの要請を受けて,CBTに取り組む若手の臨床心理士などが増えてきています。これに加えて,対人援助職の中心的存在であり,臨床心理士と比べてはるかに人数の多いナースの皆さんにCBTを身に付けていただくことで,ナースの方々のセルフケアを支援すると同時に,患者さんに対してCBTを実施できるようになれば,専門家不足を解消する大きな助けになるだろうと私は思っているのです。
CBTがより広まっていくためにも,施術者が自分自身でその有効性を実感することは大切です。例えば化粧水を知り合いから勧められたときに,その人の肌がつやつやで,「私もこれを使ってるの」と言われたら,すごく説得力がありますよね。「私は使ってないけど,いいらしいわよ」と言われても,いまひとつ使ってみる気になれないですよね。CBTも同じです。「私も認知行動療法でストレスとうまく付き合ってます。だからやってみませんか」と言われたほうが,患者さんがCBTに積極的になってくれるのです。
*
――このほど,『ケアする人も楽になる認知行動療法入門BOOK 1&2』が発行されました。
伊藤 先ほどお話ししたような,ナースにご自分のストレスマネジメントにCBTを活用してほしいという願いを込めて書きました。特徴は,なるべく具体的で,誰でも陥りうる事例を設定することで,読者が自分と重ね合わせて読めるようにした点です。例えば,「プリセプティとの相性が悪くて悩むプリセプター」や,「キレる医師のいる職場に恐怖を感じるナース」「精神的に不安定な看護学生との距離に悩む看護教員」などの事例です。
こうした事例に対して私が行ったCBTが,物語仕立てで書いてありますので,それを読んでいくだけでCBTの理論や技法が理解できる仕掛けになっています。
また,専門用語をできるだけ控えて,実践につなげられるように心がけました。CBTは,テキストによってはすごく難しそうに見えてしまい,書物を読んだだけで「できそうにない」と敬遠されがちです。そうした状況を変えられたらな,とも思っています。
――3月27日(日),7月31日(日)には,先生が講師を務める《ナーシングカフェ・プレミアム》「認知行動療法をはじめたい人のための一日じっくり初級ワークショップ」も医学書院にて開催されます。
伊藤 このセミナーは,自分自身のストレスの現状をどうすればとらえられるか,に始まり,いろいろなワークをしながら自分のためにCBTを使うという体験をしていただくことを予定しています。理論的な内容は最小限にして,実際に使ってみてどうなのかということを実感していただきたいと思っています。
――ありがとうございました。
(了)
◆伊藤絵美氏のセミナーのご案内
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伊藤絵美氏 |
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