MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2011.02.14
MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
今中 雄一 編
《評 者》岩﨑 榮(NPO法人卒後臨床研修評価機構専務理事/元日医大主任教授・医療管理学)
病院の全体像が把握できる医療人必読の教科書
医療人(病院人)すべてを対象とする『「病院」の教科書――知っておきたい組織と機能』という画期的な本が出版された。本書の「はじめに」にあるように,病院の構造と機能を上手に組み合わせて書かれた本としては,私が知る限り初めてであろう。病院の構造はわかりにくく,そこで働いている病院人にも理解しがたいところである。"機能"となればなおさらである。病院の一日がどのように動いているかは,病院長や幹部職員でも見えないことがある。本書はそうした病院の複雑さを踏まえ,読者がその全体像を把握できるように構成されている。
医学書院からは,これまでにもこの領域の書籍が発刊されてきた。時代は古いが,今日においてさえも教科書の域を超えたバイブル的存在といえる『病院管理体系』(橋本寛敏・吉田幸雄監修,全6巻)や,最近では,ごく平易に書かれた『病院早わかり読本』(飯田修平編著)が出されている。
しかし,善きにつけ悪しきにつけ,病院が今日ほど一般国民から期待され注目されている時代はないであろう。だからこそ医療職をはじめ病院にかかわるすべての人は,病院の何たるかを知る必要がある。本書はその求めに応え得る内容を備えた書と言うことができる。
先にも触れたが,本書の編者である今中雄一氏は「はじめに」において,「病院の運営・経営の向上を目指し(自らの貢献度アップを目指し),病院の組織と機能を体系的に理解するための本」であると述べている。全編を通じて,医療の質と経営の質との関係性を念頭に置きながら執筆されている点に,本書の特徴があるといってもよい。
また,序論「医療経営の礎:将来を見据えて」の結びで,今後の病院の経営に望まれる要素を提言のかたちで挙げている。すなわち,「質と安全を守り継続的に改善する組織文化(とチーム)とシステムを,リーダーが意識して築こう」「地域全体を見据え,患者のケアの全プロセスを見据え,医療(と介護)を設計・計画しよう」「臨床家も事務管理職も主体的に病院データを活用し,先んじて透明性を確保し説明責任を強化しよう」「人材を育てる環境をつくろう。そして個々人皆が主体的に学習し成長し,変革する力を養おう」の4つである。これら4つの提言は病院の経営のノウハウをすべて言い尽くしている。そしてこれらの提言については,本書の中で具体的に順序立てて周到に記述されている。
先の「序論」から始まり,第I章「病院経営の基本と制度」では主として病院経営に必要な診療報酬やDPC,医療の原価計算などについて事例を示しながら解説されている。この章では,医療安全管理,危機管理,感染制御が取り上げられ,さらに質改善のシステムとしてPDCAサイクルを図で示しながらわかりやすく説明している。
第II章は本書の副題ともなっている「病院の組織と機能」で,病院の全体的構造を写真とともに提示し,しかも機能と組み合わせて書かれ,診療のプロセスが手に取るように理解できるようになっている。
第III章では「介護システムとの連携」を取り上げ,今や医療と分離しがたくなった介護との連携を,ここでは「病院関連施設」と題して訪問看護ステーションから特別養護老人ホームまで触れている。在宅医療の高齢者を支援するサービスと要介護状態にある高齢者を対象とする施設とに分けて医療とのかかわりがわかるようになっている。
本書は医療人(病院人)個々人だけでなく,各職場において誰もが手に取り読めるような場所に置いておく必要がある。医療系・看護系・福祉系の大学をはじめ学校関係者には,まさに本書の題名通り"教科書になり得る本"として推薦する次第である。
B5・頁248 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00595-1
北島 政樹 監修
加藤 治文,畠山 勝義,北野 正剛 編
《評 者》篠原 尚(兵庫県立尼崎病院消化器外科部長)
紙上の臨床講義で10年分の得をする
『標準外科学』を手にするのは3度目になる。最初はもちろん学生時代,第4版であったと記憶している。外科学の最初の講義で教授から推薦され,何の迷いもなく購入した。すでに外科医をめざすと決めていた私は,内科の「朝倉」に比べてあまりにhandyな一冊本であることに多少驚きながらも,こげ茶色の重厚な表紙をわくわくしながらめくったものである。ベッドサイド実習の時期になると,真っ白い白衣に本書片手の学生たちが外科病棟に設えられた部屋で勉強していた。まさにstandard textbookであった。
2度目は第9版,日本消化器外科学会の専門医試験対策に入手した。表紙こそ紺色を基調としたイラスト入りの斬新なものになっていたが,本文は第4版のころと変わらぬ安心感のある2色刷りで,懐かしさもあって購入を即決した。専門医試験を受けようとする外科医が学生用の教科書で勉強するのもどうかと思い,同僚には「講義の準備のために買った」ことにしておいたが,卒後十数年の間にいささか偏りすぎた知識の穴を埋めてくれる期待通りの内容で一気に読んだ。今も医局の書架に居座り続けている。
さて,このたび改訂された第12版。一段とhandyになった印象で,さてはこちらもゆとり教育で内容が削られたかと心配したがページ数はほとんど変わっていない。白基調のすっきりした表紙と,使われている上質紙のためだろう。ページをめくると,大きめの文字でいかにも読みやすそうな記述が目に飛び込んできた。繰り返し読むことの多い教科書にとっては,内容はもちろん,「思わず次のページをめくりたくなるような読みやすさかどうか」ということも重要である。
章のタイトルデザインや余白・図版の配置,フォントの統一感などが旧版より洗練され,成功しているようだ。また,従来の教科書は文章の記述が中心で,ともすれば"退屈"な印象が否めなかったが,本版ではその常識を覆すかのように重要な部分が色文字やアンダーラインで強調され,しかも覚えるべきポイントが箇条書きされた「Note」欄が随所に散りばめられている。
例えば食道癌の「Note」では病因や疫学,病期分類,転移経路,診断,治療がわずか15行に凝集されている。これで知識を整理した後,本文に戻り再読すれば,より理解が深まるだろう。さらに余白に書き込んでいけばオリジナルの立派なサブノートが完成する。外科学の勉強はそれで十分だろう。
挿図の良し悪しも,外科の教科書の使い勝手に直結する。本版のイラストは旧版から一新され,立体感のある美しいものに入れ替わった。パソコンのアイコンに例えるならば,Windows 98と最新バージョンであるWindows 7を比べたときの変貌ぶりほどの違いがある。旧版にはなかったカラー写真も多く収載された。すさまじい勢いで進化する内視鏡手術用鉗子や吻合器に至っては,今現在われわれが使っている最も新しいタイプの写真が掲載されていて驚いた。学生向けだからといって手を抜かず,最先端の外科臨床を知ってほしいという執筆者の強い意図を感じる。
私は日ごろ,「教育とは,次世代に10年分の得をさせることである」と考えている。自分が外科医として20年かけて獲得した知識や技術を10年で修得させる。すると彼らは,得した10年を次なる進歩に充てることができる。それを伝承していくことが外科学の発展につながる。
問題はその手段である。本書第12版を読んだだけでも,私が卒業した22年前と今とでは医学生が学ぶべき知識レベルに雲泥の差があることが明白である。私の知る限り,本書の執筆陣は,主要学会で多くの第一線外科医を前に講演されるような各分野のエキスパートばかりであり,本書をひもとけば居ながらにしてそんな先生方の講義を次から次へと受けることができるのだから,一先輩としてはうらやましい限りである。国試合格を目標に,要点だけを羅列した本で暗記中心の勉強もよいが,医学生の皆さんには『標準外科学』紙上での臨床講義に出て,しっかり10年分の得をしてもらいたいと願っている。
B5・頁784 定価8,925円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00865-5
Matti Laine,Nadine Martin 著
佐藤 ひとみ 訳
《評 者》大東 祥孝(京大名誉教授/周行会湖南病院顧問)
認知神経心理学的視座から「失名辞」をとらえる
興味深い訳書が出版された。何が興味深いかというと,失語症の最も重要な中核症状である「失名辞」を真っ向からとらえて,それがどのようにして生じると考えられているのかを,古典論的視点から出発してごく最近の知見までを極めて包括的に,かつ一貫して「認知神経心理学的」視座から精緻な解説を試みている点,今一つは,認知モデルを利用した立場から導出されうる多様な「失名辞」のセラピーについて,ごく最近に至るまでの状況を指し示している点,にあると言ってよい。
精神医学とともに臨床神経心理学を自身の専門としてきた私にとっては,1970年代後半以降,失語症は,最も主要なテーマの一つであり続けてきた。したがって「失名辞」がどのような機序で生じるのか,どのような脳損傷と関連しているのかという問いは,いつもとても重要な課題であった。私が失語症の方を診るようになったころは,まだ認知神経心理学といった学問領域は明示的には確立されておらず,失名辞が生じ得る脳損傷部位は少なくとも左半球のかなり広汎な領域に及ぶといった臨床的な認識が共有されていた時期であった。そして,失名辞そのものの発現機序を解明しようとすれば,失名辞に伴っていわばジャクソニズム的な意味での陽性症状として生じてくるとみなし得る「錯語」(言い間違い)を分析・解明することが,臨床的に実行可能な研究方法であると思われた。そこで私は,「錯語の臨床・解剖学」を研究テーマの一つとすることにした。
ここでいう陽性症状というのは,損傷を被って適切な言葉が出てこなくなるという意味での陰性症状に随伴して,損傷を免れた脳部位が総体として活動する結果,出現することが予測される症状のことである。今回,あらためて最近の研究状況を読ませていただき,私たちの世代が考えていたことが,失名辞の認知神経心理学という方向から十分にアプローチ可能となっているという事情を確認することができ,失語症学における最近の動向の意義を再認識させていただくことになった。
ところで私は本書を通して,ずっと以前から抱いていた疑問を今一度,考え直してみることにした。それは,「認知神経心理学と臨床神経心理学は結局のところどのような関係にあるのだろうか」という問いである。認知科学でいうところの「認知」が何を意味するのかについては,別の理由があってここ数年ずっと考える機会があり,要するに「内的過程,心理過程をいったん外在化して,それを情報処理過程としてモデル化する」ことなのであろうと私は解釈している。
一方,臨床の場では,脳損傷を被った患者さんを前にして,認知モデルのみを念頭に置いて診療に当たるわけにはいかないところがある。今現在,どんな精神状態にあるのか,いかなる意識状態にあるのかを常に推し量りながら対応していかなければならないし,病変の影響がどのように現れているのかを包括的にとらえておくことが必要となる。私は,「すべからく相応の神経基盤を有する意識の病理」を考究することが精神医学の基本課題であると考えている。そのため,たとえ「失名辞」という症状を診る場合であっても,患者さんの「意識表現」の在り方に常に配慮することを欠かすわけにはいかないと考えている。要するに臨床神経心理学というのは,「認知」表現と同時に常に「意識」表現をも射程において「診る」構えではないか,という気がする。
神経心理学はとりわけ今世紀に入って,いよいよ意識表現をも自らの研究対象とし始めた。そうした状況を考慮するならば,とりわけ失語症のセラピーを行う場合には,脳損傷を基盤として現前している「認知」表現と「意識」表現とを包括的にとらえることがいっそう不可欠になってきているのではないかと思う。その際に,本書で示されているような精緻な「認知モデル」を念頭に置いて診療に当たることによって,いずれかに押し流されてしまうようなことが可及的に避けられるのではないかと思う。
そういう意味で,「失名辞」の認知神経心理学の現状が紹介されている本書の存在意義はとても大きいと思う。よくお読みになれば気付くことだが,この書の対象は,実は決して「失名辞」にのみにとどまるものではなく,著者の「失語」全般に対する認知神経心理学的立脚点が指し示される結果となっている。「失名辞」というものが,いかに重要な症状であるかが,図らずも顕わになっていると言ってよいであろう。
最後になったが,本書が,認知神経心理学の気鋭の研究者であった故伏見貴夫先生に捧げられていることを知って,私の胸は熱くなった。翻訳者である佐藤ひとみ氏の堅実で貴重なお仕事に心から感謝の意を表したい。
A5・頁224 定価4,200円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00992-8
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