医学界新聞

対談・座談会

2011.01.31

座談会

日本の院内感染対策を考える

森兼啓太氏(山形大学医学部附属病院准教授検査部・感染制御部 部長)=司会
本田仁氏(手稲渓仁会病院総合内科・感染症科医長/米国感染症専門医)
黒須一見氏(東京都保健医療公社荏原病院 感染管理認定看護師)
吉田眞紀子氏(東京都立小児総合医療センター 医療安全対策室/感染制御専門薬剤師)


 帝京大病院での多剤耐性アシネトバクターによるアウトブレイクが,医療界に大きな混乱を招いたことは記憶に新しい。国民の不安は高まり,メディアは国への報告の遅れや専従スタッフの少なさを糾弾したが,感染制御システムの抜本的な改善に向けての踏み込んだ議論は,あまりなされていない。

 世界各地で多剤耐性菌の出現が報告されるいま,医療者は院内感染にどのように対峙していけばよいのだろうか。感染管理の中核を担う医師・看護師・薬剤師の職種の異なる4人が,日本の現状に即した院内感染対策の在り方を考える。


森兼 院内感染を考える上で忘れてはいけないのは,医療に関連する感染は決してゼロにはならないことです。多くの医療者がゼロに近づける努力をしても,不幸にして起こる感染もあります。「院内感染」から「医療関連感染」へと用語も変わりつつありますが,そのような感染をできるかぎり防ぐためには医療者はどのような対策をとればよいのか,本日は皆さんと考えていきたいと思います。

 まず日本の院内感染の現状ですが,現在ある院内感染のサーベイランスについてご説明ください。

日本は院内感染多発国なのか?

吉田 現在,全国を対象としたデータベースとして厚労省のJANISと日本環境感染学会のJHAISがあります(MEMO)。ただ,ここからは個々の病院でどのような感染症の発症傾向があるかまではわかりません。

森兼 病院ごとの状況は,実際に病院で調査しないとわからない面はありますね。それでも最近のサーベイランスは,病棟での感染症を登録するだけの形式から,デバイスに関連した感染症の発生状況を調査する米国に準拠した形に変わってきているので,病院ごと,国ごとの比較が容易になってきているのではないでしょうか。

吉田 確かにNHSN(全米医療安全ネットワーク)のデータと比較されることもありますが,日米での感染症の微妙な定義の違いが結果に影響を及ぼすこともあるのではと懸念しています。

森兼 そうですね。判定基準や疾患定義の違いで,科学的な比較は難しい部分もあります。

本田 NHSNの項目でも,例えば人工呼吸器関連肺炎の定義は非常にあいまいで,それを不愉快に感じる集中治療医も米国にはいるようです。しかし,治療のための臨床と現状把握のサーベイランスでは,定義の乖離はどうしても生じてしまうものなので,そこは受け入れるしかないと私は思います。

森兼 割り切って考えれば,厳密な比較はできないけれども大まかな比較は可能,ということだと思います。

 その前提に立ってJANIS,JHAISの数字を見ると,日本の院内感染の発生率は欧米と比べ極端に高くも低くもないという印象を持ちます。

本田 私も同感です。ただ,調べれば調べるほど菌は検出されるので,「感染者」という分子だけではなく,「検査数」という分母も見た上での数値として考える必要があります。

MRSAへの対応が重要

森兼 院内感染の把握にはサーベイランスのほか,アウトブレイクが指標とされています。

本田 アウトブレイクはセンセーショナルに報道されるため確かに目立ちますが,耐性菌が「いる」ことと「見つかる」ことは全く異なります。表ざたになった院内感染は実は氷山の一角で,名前が出た病院はむしろ問題意識を持ってサーベイランスをしているとも考えられます。

森兼 2004年に阪大や京大,長崎大でMDRP(多剤耐性緑膿菌)によるアウトブレイクが発生しましたが,これらの大学病院は感染予防の意識が高く,ある程度菌が検出されたところで発表し,調査や研究も行って感染を減らす努力が見られました。

 一方,MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)のアウトブレイクは,どこでも起こっているからかあまり発表されないことに不安を感じます。

本田 医療者がMRSAに鈍感になってきていると感じます。欧米諸国では,MRSAは最も重要と認識される耐性菌のひとつです。感染対策に力を入れてきた結果なのか,米国のMRSA菌血症発生率は,10年ぐらいかけ減少の兆しが見えてきました。ですから日本にも,MRSAへの認識の甘さを改善すれば発生を減少させる余地が十分にあると思われます。

森兼 国立感染症研究所の感染症発生動向調査では,MRSA感染は定点あたり年間約50件発生しています。基幹定点機関が500施設ですので,定点のみで2万5000件。これを全国の医療機関に当てはめると,おそらく年間10万件以上の感染が日本で発生している状況ですから,数十例検出された多剤耐性アシネトバクターとはレベルが違います。また耐性化率を考えると,黄色ブドウ球菌のなかでMRSAが占める割合は約50%と想定され,これは深刻な数字です。

本田 米国でもほぼ同様の耐性化率が報告されています。

森兼 一方それ以外の菌,例えばMDRPの緑膿菌全体に占める割合は少なく,1%以下です。その意味でもMRSAの感染防止が最大の課題となります。

感染症診療の原則に則り抗菌薬の適正使用を

吉田 MRSAに関しては,いわゆる院内型と市中型との区別も重要になってきていますね。

本田 ええ。米国の2007年のサーベイランスでは,院内で発症した侵襲性MRSA感染症の16―17%がいわゆる市中型に分類される菌株によるものでした。抗菌薬への感受性の点でも,院内型では通常有効でないかあまり使用されないクリンダマイシンやST合剤が治療の選択肢に入ってきます。

森兼 以前よりは抗菌薬の厳密な投与設計が行われ,薬剤部が抗菌薬を管理する動きが確実に広まってきていますが,まだまだ不十分ですね。

本田 抗菌薬は限りある資源です。使えば使うほど耐性菌が出現することはほぼ間違いないでしょう。しかしながら,例えば抗がん薬でなされているようなプロトコールに則った適正な処方が,抗菌薬ではほとんど行われない。やはり原因菌に合わせ処方する感染症診療の原則に立ち返ることが,中長期的な院内感染対策や抗菌薬適正使用の重要なコンセプトになると思います。

森兼 抗菌薬使用のガイドラインは示される一方で,病院ごとの独自のルールが多く,処方の標準化は全くなされていないと感じます。

 一方,感染症に立ち向かうための新しい抗菌薬開発には,どのような展望があるのでしょうか。

吉田 実は,新しい抗菌薬の開発はあまり進んでいません。特に現在問題となっている耐性菌に効くような抗菌薬の開発は,ほとんど進んでいないのが現状です。その背景にはいろいろな問題がありますが,高血圧や糖尿病のような慢性疾患の薬剤と比べ,利益が見込めない抗菌薬の開発を製薬会社が避けている傾向があります。

森兼 米国では,抗菌薬開発のため政府が製薬会社に支援を始めると聞きました。

本田 2020年までに10の新しい抗菌薬をつくるという目標を米国感染症学会(IDSA)が中心となって掲げ,米国政府も抗菌薬の適正使用や多剤耐性菌対策を重要課題とする認識を表明しました。またEU諸国でも,多剤耐性菌に有効な新しい抗菌薬の開発に関与していくというビジョンを表明しています。

森兼 新薬の開発は特に2000年代に入って落ち込み,緊急事態に近い状況ですが,よい方向には向かってきていると思います。

■課題が山積する日本の院内感染対策

森兼 次に日本の院内感染対策の問題点を考えます。まず,人材不足が挙げられますね。

黒須 はい。日常の院内感染を把握し,必要なときには対策を取り,また感染症の教育や研究も担うには,専従もしくは専任の院内感染対策担当者が必須ですが,配置されている施設はまだまだ少ないのが現状です。

 2004年に,特定機能病院と第1種感染症指定医療機関で専従・専任の院内感染対策担当者の配置が義務付けられ,ICN(感染管理看護師)の養成自体は進みました〔2011年1月現在,感染症専門看護師は4人,感染管理認定看護師(CNIC)は1177人〕。しかし,そのうち実際に専従・専任として働けている方は2-3割ほどです。2010年の診療報酬改定で感染防止対策加算()が保険収載され,専従・専任が少し増えましたが,資金的な手当はまだ不足しています。

森兼 それでは,専従・専任者はどのくらいの人数が必要なのでしょうか。

黒須 日本の病院とは事情が異なりますが,韓国や台湾では約200床当たり1人の専従者が置かれているようです。

本田 米国では250床当たり1人と言われてきましたが,現在は感染管理の仕事が細分化され,業務量も増えてきているので,さらに多くの専従・専任者が必要とされています。

 ただ,人材は必要なのですが,病院の経営状態にも影響されるのでそのバランスは難しい部分です。日本のような人件費の高い国では,自動でサーベイランスができるようなコンピュータシステムに資金を投入し,人手がかからない仕組みを充実させていくことも現実的だと思います。

森兼 600床の当院では,専従のICNが1人いますがサーベイランスまですべて手がまわるような状況ではありません。私の感覚では,もう0.5人くらい人手があると助かるので,現在の日本では400床に1人ぐらいがよいのではと思います。

 ただ現在の感染防止対策加算は,1人置けば満額がもらえる制度なので,2人配置するメリットがありません。1000床や1500床規模の専従を2人以上配置すべき大規模病院では,人数に応じた加算となる制度が求められます。

薬剤師・臨床検査技師にも積極的にかかわってほしい

森兼 病院が置く院内感染対策担当者には,医師,看護師のほか臨床検査技師や薬剤師がいます。私は,臨床検査技師や薬剤師は専従になる必要はないものの,専門性を活かして対策にかかわるべきだと考えます。例えば薬剤師は,抗菌薬の使用傾向から感染症の発生状況を調べることもできる対策の1つです。

吉田 感染防止対策加算の要件となっているカルバペネム使用の届出で,受付担当の感染...

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