医学界新聞

2011.01.24

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


《シリーズ ケアをひらく》
その後の不自由
「嵐」のあとを生きる人たち

上岡 陽江,大嶋 栄子 著

《評 者》津田 篤太郎(JR東京総合病院/北里大東洋医学総合研究所)

「ちょっと寂しい」に耐えるために

愛という名の"ひと依存症"
 いつぞや,作家の野坂昭如さんが,新聞のコラムか何かで,「ひとは,何かに依存して生きていかないといけない。酒や薬物にはまるひともいれば,国家やイデオロギーに心酔するひともいる。一番罪がないのは,ひとに依存することではないか?」というようなことを書いていた。つい先日,救急外来に急性アルコール中毒で若い女性が運び込まれ,夜中の2時ごろにもかかわらず,恋人が駆けつけて,朝までまんじりともせず,ベッドサイドで手を握っていた。それを見た救急の看護師が「愛だねぇ……」とつぶやいていた。

 薬物依存症,ギャンブル依存症,買い物依存症……たくさんの種類の依存症があるが,私は"ひと依存症"なるものもある,と思っている。ひとに対する依存は,モノに対する依存より,人々に警戒心を起こさせないようである。それどころか,「愛」という言葉に置き換えられて,しばしば賞揚の対象にさえなっている。

 昔の日本人は「愛」という言葉をたやすく口にしなかった。仏教では「貪愛」などと,むしろマイナスイメージで使われており,キリスト教伝来のころも,「神の愛」とは訳さず,「お大切」と言っていたそうである。

「ニコイチ」だから裏切られる
 本書で目を見張ったのは,モノへの依存の前に,ひとへの依存が形づくられているということを,非常に明快に説明しているところである。家庭内で母親が孤立し,病気や経済的問題などトラブルをかかえ,子どもに依存するようになると,子どもは「境界線を壊されて育つ」。すなわち,他者とぴったり重なり合う関係を,対人関係の雛形として人生の最初期に刷り込まれてしまう。この対人関係の雛形を著者は「ニコイチ」と名付けている。ニコイチすなわち「二つで一つ」である。

 このニコイチは,傍目にはラブラブに見えたり,または献身的なまでの面倒見のよさと映ったりする。が,実は極めて不安定である。他者と常時「ぴったり重なり合う」ことなど本来不可能であり,少しでもズレを感じると,裏切りにあった! と感じてしまう。"ひと依存"の人は,この裏切られ体験を何度となく重ねているので,慢性的な空虚感にさいなまれており,それがついには薬物や自傷行動の方向へ背中を押してしまうことがある。

特別な人の特別な話ではない
 私の臨床的実感では,クスリに手を出すまではいかないけれども,"ひと依存"にはなっている人はかなり多い。例えば,ひところよく言われた,一卵性母娘というような関係にも,ややニコイチ的な側面があるのではないだろうか。すべての一卵性母娘が病的でないにしろ,娘が嫁に行った途端,母親が「空の巣症候群」で鬱々となったり,新居に押しかけて何かと干渉する困ったお姑さんと化してしまったりすることは珍しくない。

 結婚をきっかけに,新しい母娘関係を模索するとき,著者のいう「"ちょっと寂しい"がちょうどいい」という気づきは,大きなヒントを与えてくれるはずだ。「閉じられたグチより開かれたグチ」というのもしかりで,本書にはニコイチ脱却のための智恵が詰まっている。

 本書『その後の不自由』は,その表題の通り,モノ依存にどうにか折り合いをつけても,その基底を成す"ひと依存"と向き合っていかなくてはならない事実に重点...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook