医学界新聞

寄稿

2011.01.03

取材記事

研究者,行政,町内開業医,そして住民 ――
互いへの信頼と尊敬が研究を支える

写真 久山町役場にて住民とともに。角森輝美氏(中央),稲田泰子さん(左),久永ミドリさん(右)


 福岡市の東側に隣接する久山町は,山林が面積の3分の2を占め,農林業と工業が共存する町とされる。全国平均とほぼ同じ年齢・職業分布を持つこの町で行われてきた疫学研究「久山町研究」が世界的に注目される理由の一つは,受診率,剖検率の高さだ(PDF参照)。

 半世紀にわたり,本研究が町民の協力と信頼を集め,日本発のエビデンスを創出し続けてきた原動力を探るため,久山町を訪ねた。


 久山町が九州大学第二内科の成人病共同研究町になったのは,1961年のこと。以来,毎年の成人病健診と5年に1度の40歳以上の住民全員を対象とした一斉健診,長期追跡調査を50年にわたって続けてきた。成人病健診を開始した翌年には,死亡原因の究明を目的とした剖検が始まった。調査・研究を行う九州大学(以下,九大),健診業務・健康行政を担う行政,かかりつけ医として診療に当たる町内開業医による三位一体の取り組みは,"ひさやま方式"として当時大きな脚光を浴びた。

 50年続いてきた間には,存続が危ぶまれたこともある。久山町研究はもともと米国国立衛生研究所(NIH)の助成により開始された。しかし,一定の成果が見いだされたことで1969年に研究費補助の打ち切りが決まった。このまま終了するかと思われた成人病健診だったが,久山町は町費で継続することを決める。その背景には,健康に対する住民の意識の高まりや,町長の大きな決断があったという。

 以降,久山町は本格的な健康行政へと大きく舵を切る。1972年には胃癌等で開腹手術した住民による「はらきり会」が,1975年には拡張期高血圧者による「高血圧を追放する会」が結成されるなど,住民同士が励まし合いながら健康維持に努めてきた。行政も,地域保健活動担当の保健師を1971年に採用して以降,保健師の増員等を図りながら健康指導に力を入れてきた。現在もライフステージに合わせたチェックとケアを行い,一人ひとりの健康状態を見守っている()。

 久山町における保健事業体系の概要

住民との個別のかかわりを重視

 取材当日,最初に訪ねたのは久山町のヘルスC&Cセンターに併設されている九大大学院環境医学分野の久山町研究室。ここには10人あまりの医師のほか,薬剤師や栄養士などの専門職が常駐し,脳卒中,高血圧,消化器疾患,糖尿病,腎臓疾患,心療内科,精神科,眼科などの分野で,日々データの解析や情報収集を行っている。また,研究室には,50年間追跡してきた久山町民の健診カルテや剖検結果のファイルが保管されており,何世代にもわたる幅広い研究を可能にしている。

 研究室に勤務する医師たちは,週1回町内開業医を巡回し,受診患者に関する情報収集や主治医との情報交換などを行う。また,住民が研究対象となっている疾患を発症した場合には,受診あるいは入院している医療機関を毎週訪ねてカルテを閲覧し,健康状態をチェックしている。

 そのようにして緻密な情報収集を行う一方で,個々の住民とのかかわりも大切にしている。その一つが,健康相談窓口の設置だ。久山町研究室に所属する医師の大半は臨床医だが,観察研究という手法をとっていること,また開業医との役割分担という観点から,住民の診療に当たることはない。その代わり,住民の相談に応じ,九大病院や近隣の医療機関に紹介したり,セカンドオピニオンを行っている。

 また,住民が入院している病院を巡回する際には必ず病室を訪ね,住民が最適な療養生活を送れているか,声を掛ける。さらに,町の保健師とともに各家庭を訪問し,生活指導を行うこともある。住民が死亡した際に医師が自ら出向き,家族に剖検への協力をお願いするというスタイルも,剖検を開始した1962年から変わっていない。

 当日案内をしてくれた同研究室の向井直子氏は,「研究は,住民とのコミュニケーションなしには成り立たない」と語る。その言葉通り,1985年より久山町の保健事業に参画し,食物摂取状況調査等を実施する中村学園大学も,住民が提出した記録票を基に,個別の指導を行っている。また,町主催の健康教室の講師を研究者が務めることも多い。「研究者と住民の距離が近い」ことも,"ひさやま方式"の特徴なのかもしれない。

健診結果は診療の貴重なツール

 保健師として"ひさやま方式"にかかわってきた角森輝美氏は,「久山町研究を基盤とした健康行政は,町内開業医の理解と協力なしでは継続できなかった」と語る。開業医は,どのような役割を担っているのだろうか。

 志方建氏(志方医院)は1976年から約10年間,久山町研究室のスタッフとして研究にかかわってきた。町から開業医を求める声が挙がったのをきっかけに開業し,25年が経つ。研究者と町内開業医という2つの立場を経験し,志方氏はあらためて"ひさやま方式"の意義を実感し

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