医学・医療の発展がいのちと地球の未来をひらく(矢崎義雄)
インタビュー
2010.12.20
【interview】
医学・医療の発展がいのちと地球の未来をひらく
第28回日本医学会総会開催に寄せて
矢崎義雄氏(第28回日本医学会総会・会頭/独立行政法人国立病院機構・理事長)に聞く
第28回日本医学会総会開催まであと約100日と迫った。100年以上の歴史を有し,わが国の医学・医療のすべての領域を俯瞰する総合医学会と位置付けられる日本医学会総会。今回は「いのちと地球の未来をひらく医学・医療――理解・信頼そして発展」をメインテーマに,現在の医学・医療にまつわる諸問題をさまざまな視点から議論するプログラムが予定されている。
開催に先駆け,本紙では第28回日本医学会総会会頭の矢崎義雄氏にインタビュー。総会の見どころとともに,わが国の医学・医療が抱える課題について幅広く伺った。
――今回のメインテーマには,どのような意味が込められているのですか。
矢崎 有史以来,医学・医療は人類の発展に大きく貢献してきました。近年では生命科学の進歩により,難病といわれた疾患でも克服できるようになってきています。今回の日本医学会総会では,そのような人類に大きな幸せをもたらす医学・医療のこれからに注目し,メインテーマを設定しました。
今日,医学・医療の進歩とともに,医療と社会の関係はより密接かつ複雑なものとなり,その関係のわずかな変化が社会システムとしての医療全体に大きな影響をもたらします。医療と社会との連携がますます求められるなか,お互いが理解・信頼しながら発展していくことが重要です。今回は,医療への理解を深めていただくため,国民全体を対象とした「わかろう医学 つくろう!健康 EXPO2011」と題した医学博覧会も企画しています。高度に進歩した医療や,在宅医療などの現場を実際に体験することで,医療と社会の相互理解をさらに推進したいと計画しています。
あらゆる医療者を交え,医療の課題に立ち向かう
――今回の学術プログラムの特徴を教えてください。
矢崎 現在わが国では,高齢化や医療の高度化・複雑化,経済成長の停滞などの問題が生じ,従来の医療提供体制では立ち行かなくなってきていることから,医療の抜本的な改革が求められています。そのような背景を踏まえ,医師以外の参加者も重視し,看護師やコメディカルを対象としたプログラムを充実させたことが,今回の特徴です。
また,2011年は国民皆保険制度が実施されて50周年に当たります。皆保険制度によって医療の給付の平等とフリーアクセスが保障され,わが国は世界一の長寿国になりました。しかし現在,医療が抱える多くの問題でその存続が危ぶまれています。そこで,皆保険制度からわが国の医療制度の在り方を考える「記念シンポジウム」を企画しています。
――今日の医療の課題に応えるべく企画が組まれているのですね。
矢崎 はい。このほか,現在特に大きな課題を抱えている地域医療については,特別企画「病院と勤務医の未来をひらく」でその崩壊を防ぐための議論を予定しています。ここでは,地域医療を守るための「病院の機能分担と連携」,過酷な労働環境から勤務医を守ることを議論する「急性期病院勤務医の諸問題」,国民と医療者の両方の視点をもとに考える「専門医制度の在り方」,そして「チーム医療の在り方」の4つの観点から,危機から脱するための議論ができればと考えています。
特にチーム医療は,従来は異なる医療職種が情報を交換して最適な医療を提供するという視点で語られてきましたが,これからは各医療専門職の業務内容の見直しも含めて協力し合う形を展望できればと考えています。
――このような課題の解決には,医療と社会の連携もやはり大事ですね。
矢崎 現在は医師不足が叫ばれていますが,2000年以前は不足という感覚はあまりありませんでした。これは,医療は公益性の高い行為であり,皆保険制度の下で国民も低負担で医療を受けられていたため,医療は国が行うものという一種のパターナリズムが国民の意識にあったからです。しかし,1999年に手術患者取り違えや消毒薬の誤投与といった医療事故が生じ,メディアが医療問題を大きく取り上げました。時を同じくして,医療費が増加するなか経済は停滞し,国民の負担感だけが大きく増しました。このため,国民の安心・安全な医療への要求が急激に高まったのです。
一方,この間病院の体制はほとんど変わらず,人員も増えませんでした。結果,国民からの要求に医療は応えることができず,不信感だけが増しました。医療の進歩で世界一の長寿国になっても,患者満足度が必ずしも高まっていない背景には,そういった医療と社会のミスマッチがあるのです。
――医師不足解消へ向けては,医学部定員増の動きも進んでいます。
矢崎 現在,メディカルスクール構想や新しい医学部を設置するという動きもありますが,私はもう少し慎重に議論を進めるべきだと考えています。単純に医師数を増やすという話ではなく,医療全体のシステムのなかで足りない部分をどう補っていくかを考慮することが必要と私は主張していますが,なかなかそのような方向には議論が進まない。「医療費抑制政策に協力するのか」とたたかれたこともありますが,例えば医学部定員を増やす場合,やはりそれに見合うだけの教員の増員が必要です。定員が1.5倍になったら,従来の医学教育システムではもはや対応できないため,教育体制も改めなくてはなりません。
判断力を持った看護師の養成が求められる
――チーム医療については,特定看護師(仮称)の議論が行われています。
矢崎 現在は,特定看護師(仮称)にどのような医療行為の実施が可能かという視点で議論が進んでいますが,実施する医療行為が患者に与える影響を看護師が十分に理解する,という視点が必要だと私は考えています。患者の病態生理に与える影響を知り,対応できる範囲内でその医療行為を実施しなければなりません。自身の能力を把握し,対処できない症状や病態は即座に医師の判断を仰ぐといった対応が求められます。ですから,そのような判断力を養うための教育が前提となり,医療行為を実施するための技術はその後に習得することになります。
私は,病態生理の知識を十分に身に付けて,医療における判断力を発揮できるような看護師を期待しています。そしてそのような看護師が中心となって,すべての医療者が協力するチーム医療の実践ができるようになればよいと思っています。
――チーム医療の促進が,医療崩壊の回避にもつながりますね。
矢崎 しかし,チーム医療の促進だけでは今日の危機の一因となっている医療費高騰という課題を解決できないので,やはり財政面での支援も必要です。ただこれは国民の負担増となるので,国民の信頼を真に得なければなりません。医療費を増やすことが医療者自身の懐を豊かにすることではなく,最終的に国民の利益となって戻ってくることを国民に理解してもらう必要があります。これは,医療者自身に課せられた課題でもありますね。
「医学」は人類の欲求にどこまで応えるのか
――今回の医学会総会では,「医学」についてのセッションも多く企画されています。医学は分子生物学の進展などで大きく進歩していますが,どのような課題があるのでしょうか。
矢崎 医学の進歩で,遺伝子治療や再生医療などの先端医療技術が期待されています。このような進歩は人類にとって重要なことですが,人類の飽くなき欲求に対し医学はどこまで応えればいいのか。これは大きな課題です。
例えば,脊髄損傷などで若年者が大きなハンデを背負う場合,再生医療などで何とか救いたいと思いますが,高齢者への医療では限界も考えなくてはなりません。これは人間の「生」と「死」というものを一人ひとりがしっかり考えた上で,どこまで医学の進歩を求めるかを議論する必要があります。
――一方で,医学の進歩に必須な基礎医学者は不足していますね。
矢崎 現在,医学教育はよりよい在り方を模索している状況にあり,抜本的な改革が必要なときだと私は考えています。文部科学省が策定した医学教育モデル・コアカリキュラムは,医学教育の抜本的改善を目的としていますが,明治以来の「学体系」を基礎にしている部分は変わっていません。特に基礎医学者を増やすためには,私は薬理学や解剖学といった従来からの学体系を少し組み替えるような試みがあってもよいと思っています。例えば,時代の進歩を組み入れた生命科学の基盤に立った基礎医学の教育を行うなど,もう少し広い視野から教育を考える必要があるのではないでしょうか。
現在,そういった教育の基盤がないため,「臨床が大切だ」と声が上がると皆そちらに流れてしまいますが,振り子のように振れるのではなく,しっかりと地に足をつけて医学教育を行っていかなければいけません。
使命感を持って医学・医療を支えてほしい
――未来の医学・医療を担う医療者に向け,メッセージをお願いします。
矢崎 医学・医療は,安心・安全な社会の構築や発展のインフラになる最も重要な部門を担っています。医療危機や医療事故が叫ばれていますが,医療がやりがいのある重要な仕事であることは,今後も変わらないでしょう。
現在,医学・医療は大きく変化しているように見えますが,振り子が少し振れているだけに過ぎません。社会状況に強く影響されることはあっても,医学・医療の基本的なスタンスは変わらないのです。人類の発展のために「いのちと地球の未来をひらく」医学・医療の使命は今後も続きます。人生をかけるだけの価値はあると思うので,ぜひ私たちの後に続いて,使命感を持って医学・医療を支えていってほしいと思います。
―― ありがとうございました。
(了)
◎第28回日本医学会総会 | |
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矢崎義雄氏 |
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