医学界新聞

寄稿

2010.12.13

寄稿

看護のエビデンス構築と研究交流の促進へ向けて
The Japan Centre for Evidence Based Practiceの活動

山川みやえ(大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻助教/The Japan Centre for Evidence Based Practice)


 特に最近,医療現場ではエビデンスに基づく医療や看護(Evidence Based Medicine,Nursing:以下,EBM,EBN)の実践が叫ばれている。看護界では,「エビデンスとは何か?」という問題から,最近では「多くの情報を基にして得られたエビデンスをどのように現場に還元するか?」という話題へとテーマが発展している。この背景には,時間的制約の多い現場の実践家にとって,エビデンスの基盤となる情報を入手する作業は煩雑であり,容易ではないこと,研究者が紹介するエビデンスの中には,現場で必要とされる情報とは異なるものも少なくないこと,などがある。こうした事情により,看護では,実践家に直接役に立つ情報が得られる環境が必要であり,得られた情報からエビデンスを構築することが求められている。

 大阪大学(以下,阪大)では,看護におけるエビデンスの構築と発信をめざしているオーストラリアのJoanna Briggs Institute (以下,JBI)との提携を目的とした施設としてはわが国初となるThe Japan Centre for Evidence Based Practice (JCEBP,センター長=阪大教授・牧本清子)を設立した。また,エビデンスの構築・発信を担う研究者の育成をめざした国際交流も実施している。本稿では,両者の取り組みについて紹介する。

“看護版コクラン・センター”JBIが世界のEBNをリードする

写真1 アデレード大とJBIのオフィス
 現在,EBMの基盤となる研究の集積は,英国のコクラン・センター(Cochrane Centre)が中心となって行われており,情報はコクラン・ライブラリーとして全世界に発信されている。一方,EBNについて活動を展開しているのが,JBIである(写真1)。

 JBIは,オーストラリアのアデレード大学の国際研究機関で1996年に設立された。現在,JBIの活動の一端を担う提携センターが世界40か国以上にあり,7600の医療機関・組織がJBIのサービスを購入し,JBIから発信されるエビデンスを実践に活用している。

 JBIには,主に2つの役割がある。1つは,世界中の研究論文を基に,新しい知見を分析・統合することによりエビデンスを構築していくシステマティック・レビュー(Systematic review,以下SR)を実施することである。2つ目は,そのSRを実践家が簡単に読める形式(エビデンスサマリー等)に変えて,インターネットを通じて全世界に発信することである。

 そのほかに,JBIは学会やセミナーを定期的に開催し,エビデンスの活用や評価などについての生涯学習支援を,看護師やコメディカルスタッフ向けに実施している。2010年9月に開催されたJBIの学会では,「ナーシングホームでナースプラクティショナーが活動する効果は何か?」「小児病棟で,子どもの不安を軽減させる環境とは?」など,非常に実践的な研究テーマが多数設けられ,議論された。

 アジアでは,韓国,中国,台湾,香港,ミャンマー,タイ,シンガポールなどで提携センターがすでに設立されている。日本では先述のとおり,2010年8月にわが国初のJBI提携センターとなるJCEBPが阪大に設立された。その取り組みについて以下で紹介したいと思う。

JCEBPの業務――SR作成と英文翻訳で看護実践をサポート

 JCEBPの業務は大きく分けて2つある。その1つ目が,SR作成によるエビデンスの構築である。SRを執筆するには,JBI主催のセミナーに参加する必要がある。セミナーには,他国の研究者も参加するため,国際的なネットワークを作ることができ,非常に有意義な研修である。阪大では,今年若手研究者3名を派遣し,それぞれの専門領域(地域,精神,老年)におけるSRを執筆する準備を進めている。今後も継続的にSRを発信して,専門領域を拡大するように整備している。

 なお,JBIが主催するセミナーの情報はJBIのホームページに掲載されている。

 JCEBPの2つ目の業務は,翻訳によるエビデンスの発信である。現在,JBIが発信している情報はすべて英語であるため,非英語圏では利用しにくい。JCEBPでは,多くの病院看護師,大学院生,学内外の教員により翻訳チームを編成し,エビデンスサマリーを日本語へ翻訳している()。将来,英語で提供されている情報をすべて日本語で利用・購読できるようにする予定である。

 がんに関するエビデンスサマリーのテーマ例

「がん疼痛:経口モルヒネ」
がんの疼痛管理についての経口モルヒネの使用方法とその効果について

「がん看護ケアコーディネーター:役割」
がん治療チームにおける看護ケアコーディネーターの仕事と役割について

フィンランド・オウル大学との研究交流

 エビデンスの構築,発信には,国際的な視野で活躍できる研究者の育成が欠かせない。阪大は,2002年からフィンランドのオウル大学と学術間協定を結んでおり,その一貫として,看護学の博士課程の大学院生を対象に研究交流をしている。

写真2 オウル大,阪大の交流会のようす(阪大にて)
両大学の教員,大学院生が参加した。
 具体的な交流を少し紹介する。2008年に,阪大の若手教員と大学院生4名がオウル大学に行き,2010年にフィンランドの8名の大学院生が来日し,お互いの国のヘルスケアシステムの見学と研究発表を実施した(写真2)。

 オウル大学の博士課程の学生は,社会人が多い。フィンランドでは,博士課程は通常4年間で,研究を開始する前にSRを行い,学術雑誌に1-2本の論文を掲載する。研究は1つのテーマを継続的に発展させ,現場で利用しやすい結果を生み出すことを重視している。例えば,慢性閉塞性肺疾患 (COPD)で入院中の患者への患者教育の評価には,どのアウトカム指標を使うのが効果的かという研究テーマに対し,インタビューを含めた実態調査をし,介入プログラムを開発し,介入研究で実証する,といったプロジェクトを実施する。オウル大学の博士課程の研究プロセスは非常に洗練されており,エビデンスをどのように構築し,現場に還元できるのかということを研究者として意識できる。この相互交流により,毎回,研究についての深いディスカッションができ,お互いの今後の研究活動に大きな刺激を与え合えた。

写真3 JCEBPメンバー
前列左から牧本清子(センター長),伊藤美樹子,後列左から筆者,心光世津子,福録恵子。

 EBNを日本で進めていくためには,現場で必要とされる情報を基盤として,エビデンスの構築,つまりSRを推進し,SRをエビデンスの1つとして,日本中に発信することが重要である。また,SRの担い手となる研究者の育成にも精力的に取り組んでいくことが必要である。

 JCEBPでは,実践家と研究者との協働や,SRを進めるために他大学との連携を視野に入れているので,興味があれば,この機会にぜひ筆者宛てに連絡をいただきたい。


E-mail:jcebp@sahs.med.osaka-u.ac.jp

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