医学界新聞

インタビュー

2010.12.13

interview

リンパ浮腫治療の現在
慢性化・重症化の予防にどう取り組むか

佐藤佳代子氏(学校法人後藤学園附属リンパ浮腫研究所所長)に聞く


 リンパ浮腫は,近年適切かつ早期の診断・治療により,慢性化・重症化を予防できることが明らかになってきた。2008年の診療報酬改定で「指導管理料(入院中1回)」と「四肢のリンパ浮腫治療のための弾性着衣等に係る療養費支給」が,2010年に「外来における指導管理料」が保険収載されるなど,治療の充実に向けた体制が整いつつある今,適切な治療,セルフケア指導にいかにつなげるかが重要な鍵を握っていると言える。本紙では,このほど発行された『リンパ浮腫の治療とケア(第2版)』(医学書院)の編者であり,この領域のパイオニアである佐藤佳代子氏に話を聞いた。


――先生が医療リンパドレナージ・セラピストをめざしたきっかけからお話しください。

佐藤 私がリンパドレナージに興味を持ったのは,学生のときに,ドイツから来日した講師によるマッサージ療法の講義を受けたことがきっかけです。講師が最終日に写真を示しながら説明してくれたのが,先天性リンパ浮腫の患者さんの治療経過でした。

 治療前の患者さんの足は,片方が50 kg近くむくんでいたのですが,治療後には左右差がほとんどないほどに改善していました。その写真を見て,この治療法の素晴らしさに感銘を受けるとともに,リンパ浮腫の改善が患者さんの心に計り知れない変化をもたらしたことが伝わってきたのです。私自身が,患者さんの身体と心の両方にかかわりたいと鍼灸・あん摩マッサージ指圧師をめざしたこともあり,この治療法にはその原点があると感じ,卒業後の1996年にドイツに渡りました。

――当時日本では,リンパ浮腫に対する知識はどのくらい浸透していたのですか。

佐藤 まだまだ認知されていなかったのではないでしょうか。当時の日本リンパ学会も,リンパ管の解剖生理や病理などが議論の中心で,治療法が検討されるような段階ではなかったと聞いています。

――ドイツでは,どのようなことを勉強されたのですか。

佐藤 現地の語学学校でドイツ語を習得した後,理学療法の専門学校で医学の知識や日本では行われていないさまざまなマッサージ療法を学びました。そして医療リンパドレナージ・セラピストの資格取得後,世界有数のリンパ浮腫治療機関であるフェルディクリニックにて治療の実践を積みました。

 フェルディクリニックには,世界各地から毎年約5000人の患者さんが来院します。リンパ浮腫治療は,ドイツでは保険適用となっていますが,日本と同様にまだ治療体制が整っていない国も多く,患者さんも半ばあきらめがちに受診します。それだけに,治療によって症状が改善していくと,患者さんの心に「もう一度自分の人生を大事に生きよう」という前向きな気持ちが湧いてくる。そんな場面に何度も出会いました。そこに居合わせることができるのが,セラピストとしてのいちばんの喜びだと実感しています。

身体中どこにでも起き得る

――リンパ浮腫はどのような原因で発症するのですか。

佐藤 リンパ浮腫は,原因疾患が確定しない原発性リンパ浮腫と,確定している続発性リンパ浮腫との2つに分類されます。原発性リンパ浮腫は,先天的なリンパ管の形成不全・発育不全により,リンパ管の働きが弱いことが原因だと考えられています。生まれてすぐに発症することもあれば,骨折や捻挫,あるいは妊娠・出産などをきっかけに突然発症することもあります。

 一方,続発性リンパ浮腫は,癌や静脈疾患,外傷などが原因とされています。特に癌の患者さんの場合は,リンパ節郭清や放射線照射などの後遺症として発症する方が非常に多いです。乳癌や子宮癌の術後など女性が圧倒的に多いものの,男性でも前立腺癌の術後などで見られます。症状としては手足のむくみが注目されがちですが,舌癌や喉頭癌,甲状腺癌などでは頭頸部がむくむ場合もあり,リンパ節郭清術を受ければ身体中どこにでも起きる可能性があります。

――現在,リンパ浮腫に対してはどのような治療が行われているのですか。

佐藤 標準治療とされているのは,保存的治療法である「複合的理学療法(複合的治療)」です。医師の指導のもと,あん摩マッサージ指圧師,看護師,理学療法士など医療従事者が実施するもので,「スキンケア」「医療徒手リンパドレナージ」「弾性包帯や弾性着衣による圧迫療法」「排液効果を促す運動療法」の4つを併用しながら治療を行います。

 「医療徒手リンパドレナージ」では,浮腫の症状に合わせたマッサージにより,皮下組織に過剰に貯留した組織間液やリンパ液の排液を正常な機能を保持するリンパ管に誘導していきます。例えば,乳癌で腋窩リンパ節を切除すると,腋窩リンパ節が管轄している腕や胸,背中にむくみが生じる可能性があります。ですから,健康な機能を保っている他のリンパ節に,貯留したリンパ液や組織間液を誘導していくのです。

 リンパ浮腫の治療法としては,ほかに手術的治療法があります。皮下に糸を通して患肢から健常体幹へのリンパ液誘導を図る方法や,浮腫組織を切除する方法,皮膚弁や腸間膜など自己組織を挿入して排液する方法などが従来,手術では行われてきました。しかし,いずれも侵襲性が高く,合併症などの危険性が指摘されています。

 そんななか,近年新たな治療法が開発され,治療成績の向上も見られるようになりました。例えば,東大病院形成外科の光嶋勲先生が中心となって行っている「リンパ管-細静脈吻合手術」は,リンパ管造影の所見をもとに約0.5 mmのリンパ管と細静脈をつなぐという治療法です。新たに開発された手術的治療法は,保存的治療法が困難な症例に有効だとされていますが,長期的な成績の検証が今後の課題です。

正しい知識と技術の習得を

――複合的理学療法では,解剖学的な知識も不可欠ですね。

佐藤 そうですね。私は現在,日本医療リンパドレナージ協会主催の講習会を中心にセラピストを育成しています。講習会は初級・中級・上級の3段階に分かれていますが,解剖生理や医療用のリンパドレナージ,圧迫療法などの基本を学ぶ10日間の初級講習と,臨床現場における実践的な内容を学ぶ12日間の中級講習を修了してはじめて患者さんへの施術が認められます。それほど,リンパ浮腫の病態は多様で,個別性にきちんと対応するための知識と技能の習得が不可欠なのです。

――特に難しいのは,どのような点ですか。

佐藤 例えば,医療徒手リンパドレナージには禁忌があります。一般禁忌としては,感染症による急性炎症,心性浮腫,心不全,深部静脈血栓症,急性静脈炎などが挙げられます。また,頸部や腹部の疾患の症状によっては,局所部位の施術を避ける必要があります。ですから,講演会を聴きに行ったり,本を読んだりして得た知識しかない状態で治療を実施するのは非常に危険だと言えます。

――複合的理学療法では,手で触れて施術することも患者さんへのケアになっているのではないかと思いました。

佐藤 私もそのように感じています。1人の患者さんの治療には70-90分かかりますが,マッサージを開始してからは,患者さんの身体からほとんど手を離すことがありません。基本的には柔らかいタッチのマッサージを行うので,気持ちがよく安心感が得られると喜ばれています。リンパ浮腫は完治が難しいと言われるため,よい状態を保ち続けるためにも医療従事者と患者さんのパートナーシップはとても大切です。患者さんとの信頼関係は,このようなかかわりからも生まれているのかもしれませんね。

――治療において,重視しているのはどのようなことですか。

佐藤 リンパ浮腫の治療は,主治医の指導のもと基礎疾患の治療と並行して行うのが大前提です。そのため,主治医との密な連携が非常に重要だと考えています。私たちが治療を行う際には主治医から必ず診療情報提供書や患者紹介状などをいただき,患者さんの病態や症状を的確に把握することに努めます。主治医に対しても,治療経過報告書を提出し,何らかの異変を発見したらすぐに連絡しています。

――そうした連携ができるまでには,さまざまなご苦労もあったのではないでしょうか。

佐藤 最初のころは,リンパ浮腫治療自体が知られていなかったので,医師の関心も低く,なかなかこちらの思いが伝わらないというジレンマに直面することが多かったですね。患者さんが紹介されてくるときにも,名刺に「患者さんをお願いします」とだけ書かれていたこともありました。ですから,主治医に対し,なぜ患者さんの詳細な情報が必要なのかを説明することから始め,少しずつ信頼関係を築いていったという経緯があります。現在は,遠隔的なものも含め,全国の約1000人の医師と連携させていただいています。

早期診断・早期治療が必須

――08年,10年の診療報酬改定の意義をお話ください。

佐藤 リンパ浮腫は早期の適切な診断と治療,ケアを受けることで,慢性化・重症化を防ぐことが可能になってきました。ですから,癌の治療を受けている入院患者さんに対して,リンパ浮腫の基礎知識やセルフケアの方法について,情報提供しておくことが非常に重要なのです。診療報酬改定により医療従事者の意識も高まったことで,早期の情報提供が進み,今後重症化する方を減少させることができるようになると思います。また,続発性リンパ浮腫において年間にして10万円近い自己負担のもと着用していた弾性着衣が療養費払いになったことも,大きな進展です。

――リンパ浮腫の発症自体を予防することは難しいのでしょうか。

佐藤 患者会によるアンケート調査では「リンパ浮腫についての知識がありセルフケアをしている人のほうが,発症率が低い」という結果も出ています。ただ,癌の温存治療などが発展しても,リンパ浮腫の発症を完全に防ぐことは難しいのではないかという印象を持っています。

――だからこそ,重症化を予防するという視点が重要なのですね。

佐藤 その通りです。医師によっては,癌の術後すぐに患者さんに対して後遺症の話をすると,余計な心配をさせてしまうのではないかと懸念される方もいます。しかし,今はインターネットなどで情報を簡単に入手することが可能なので,予備知識がないことで間違った情報を取り入れてしまう危険性もあるのです。リンパ浮腫の初期の症状はむくみによる重さやだるさ,疲れなので,何とか症状を緩和したいと美容のリンパドレナージや無資格者による施術を受けて,症状が悪化して当研究所に来られる方も少なくありません。

――癌の患者さんと接する機会の多い外来や病棟に勤務する医療従事者は,リンパ浮腫にどのようにかかわっていけばよいのでしょうか。

佐藤 医療従事者ができることは,正しい知識を学び,適切な生活指導を行うことです。リンパ浮腫の患者さんがまず気をつけなければいけないのは,皮膚を傷つけないことと,身体に過度な負担をかけないことです。皮膚が乾燥していたり,傷口があると,急性炎症や蜂窩織炎などの感染症を合併し,急激な悪化をたどることがあります。

 生活指導においていちばん重要なのは,患者さんの生活をより豊かにするには何をしたらよいか,という幅広い視野に立った指導です。ようやく癌の治療が落ち着いた患者さんの生活を制限するだけでは,患者さんの精神的な負担を増してしまいます。例えば,衣類の選び方や季節ごとのスキンケアの方法など,具体的なアドバイスをするのが有効ではないでしょうか。また,セルフケアについても,まずは患者さんが負担なく毎日続けられることを目標に,メニューを組むことが重要です。

チーム医療で裾野を広げたい

――リンパ浮腫治療をめぐる現在の課題をお教えいただけますか。

佐藤 診療報酬改定に関しては,2つの課題が残されています。1つはリンパ浮腫治療自体が保険収載されていないこと,もう1つは原発性リンパ浮腫の患者さんは弾性着衣等の療養費を含め,治療のすべてが保険適用外だということです。

――治療の保険収載では,何がハードルになっているのでしょうか。

佐藤 現在リンパ浮腫の患者さんは12万人以上いるとされていますが,日本における診断基準が明確になっていないこと,全国どこにいても一定レベルの治療が受けられる人的・物的環境が整っていないことが指摘されています。リンパ浮腫治療の裾野を広げていくためにも,まずは多職種が協力し合える仕組みづくりが必要です。

 現在,日本医療リンパドレナージ協会は,昨年9月に発足した厚労省「チーム医療推進協議会」の構成メンバーとして,患者さんを中心とした医療の在り方を模索しています。そのなかで,チーム医療においてリンパ浮腫の患者さんにどうかかわっていけばよいか,積極的に発信していきたいと考えています。

 それからもう1つ,現在リンパ浮腫治療を担っているセラピストの継続教育の重要性も認識しています。セラピストの見立てによって治療効果にも影響が出ますし,セラピストの数がまだまだ少ないなか,現場で周囲に患者さんのことを相談できず,多くの症例を抱えて悩んでいる方たちが大勢います。ですから,今後も引き続きセラピストの生の声を生かした講習会も企画していきたいと思っています。

――ありがとうございました。

(了)


佐藤佳代子氏
1996年神奈川衛生学園専門学校卒後,同校講師として勤務。同年10月よりドイツ・バーデン・ヴュルテンベルク州VPTアカデミーに留学,98年フェルディ式複合的理学療法セラピスト資格取得後,フェルディ学校・フェルディクリニックにて実践を積む。2000年には日本人初の同法認定教師資格を取得。01年後藤学園附属施設リンパ浮腫治療室室長,07年より同臨床統括,リンパ浮腫研究所所長。日本医療リンパドレナージ協会理事。日々の治療のみならず,セラピストの育成,講演,医療用品の開発など,精力的に活動している。