医学界新聞

寄稿

2010.11.29

寄稿

ALK陽性肺がんの発見から
診断法・治療法の実用化に至るまで

間野博行(自治医科大学教授・ゲノム機能研究部/東京大学大学院医学系研究科特任教授・ゲノム医学講座)


新しい肺がん原因遺伝子の発見

 われわれはがんの原因遺伝子を効率よく同定し,それを標的としたがんの分子診断法・分子標的療法開発をめざし研究を行っている。本稿では,われわれが発見した新しい融合型がん遺伝子EML4(echinoderm microtubule associated protein-like 4)-ALK(anaplastic lymphoma kinase)の診断法・治療法の実用化に至るまでを報告する。

 われわれはまず,微量の臨床検体からそこで発現しているcDNAの機能スクリーニングを可能にする新しい手法を開発した。本手法を用いて実際の肺腺がん患者外科切除検体からがん遺伝子の探索を行ったところ,EML4-ALK遺伝子を発見することに成功した(Nature. 2007[PMID : 17625570])。ALK遺伝子は受容体型チロシンキナーゼをコードするが,染色体転座の結果ALKの酵素活性領域がEML4のアミノ末端側約半分と融合した異常キナーゼが産生される。ALKはEML4と融合することで恒常的に二量体化され活性化されるのだ()。

 肺がんにおけるEML4-ALK融合キナーゼの産生
EML4遺伝子とALK遺伝子は,どちらも2番染色体短腕内の極めて近い位置(約12 Mbp離れている)に互いに反対向きに存在する。しかし両遺伝子を挟む領域が微小な逆位を形成することで両遺伝子が同方向に融合したがん遺伝子が生じ,活性型融合キナーゼが産生される。

 これはちょうど慢性骨髄性白血病においてt(9 ; 22)染色体転座の結果ABLチロシンキナーゼがBCRと融合(BCR-ABL)してがん化キナーゼになるのと同様に,肺がんにおいても融合型チロシンキナーゼが存在していたのである。BCR-ABL陽性慢性骨髄性白血病に対してABLの酵素活性阻害剤(商品名:グリベック®)が特効薬と言えるほどの治療効果を有していることを考えると,ALKキナーゼの酵素活性阻害剤を作ることができれば,肺がんにおける「第2のグリベック®」となるのではないかと予想された。実際,EML4-ALKを肺胞上皮特異的に産生させるトランスジェニックマウスを作製すると何百もの肺腺がんを多発発症し,しかもこれらマウスにALK酵素活性阻害剤を投与するとがんは速やかに消失した(Proc Natl Acad Sci USA. 2008[PMID : 19064915])。すなわちEML4-ALKこそが同遺伝子が陽性の肺がん患者の主たる発がん原因であり,その活性を阻害する薬剤は有効な分子標的療法となることが生体において証明されたのである。

国際第1相・第2相臨床試験が始まった

 われわれの発見を受けて,世界中の多くの製薬会社が現在ALK阻害剤を鋭意開発中だが,中でも1社は既に独自のALK阻害剤クリゾチニブによる肺がんの臨床試験を2008年に開始している。その治験に参加したEML4-ALK陽性肺がん患者が,劇的な治療効果を得たことを自らのブログで公開している。

 このブログを私がある学会で紹介したところ,国内の呼吸器内科医の方から「自分の診ている肺がん患者とよく似た特徴を有している。ついては自分の症例の肺がんにEML4-ALKがあるかどうかを調べてもらえないか」との連絡をいただいた。実際にわれわれがその患者さんの喀痰を調べたところEML4-ALKが検出された。そこで前述したブログの患者の治療施設であるHarvard Medical Schoolへ,日本人患者の治験参加の可能性について問い合わせたところ,驚いたことにクリゾチニブによる治験はソウルでも行われていることを教えられた。

 後になって知ったことだが,実際はボストン・ソウル・メルボルンの3都市で行われた国際第1相臨床試験だったのだ。そこでこの日本人患者はソウル大学附属病院での臨床試験に参加することになり,2010年6月6日付の『New York Times』紙の記事のように,私がお見舞いに行った際には劇的な治療効果を目の当たりにすることができたのである。

ALCASネットワークの設立

 日本で発見されたがん遺伝子にもかかわらず,その阻害剤による治療を受けるために日本人は海外に渡らないといけない事実はショックであり,特にこれだけの素晴らしい治療効果を目の当たりにすると,何とか日本のEML4-ALK陽性患者を救いたいとの思いが強くなった。そしてボランティアでALK肺がんを診断するAll Japanの診断ネットワーク(ALK肺がん研究会:ALCAS)を2009年3月に立ち上げ,EML4-ALK陽性患者の検出事業を開始した。ここで患者が陽性であることが確認され,かつ希望があれば海外の臨床試験に参加するお手伝いを行っている。これは,少なくとも日本で臨床試験が行われるまでは,海外における試験への橋渡しをしようという考えからだ。また科学技術振興機構からサポートを受けることができたことで,企業からの援助なしにALCASを運営することができたのは幸いであった。

 昨年3月から現在まで500例を超えるスクリーニングを行い,すでに13人ほどの陽性患者がソウル大学に渡りクリゾチニブの治験に入った。治験に参加した患者は,少なくとも初回治療においては全員劇的な効果があったのである。またこれらの日本人の治験参加に際しては,ソウル大学附属病院のYung Je Bang教授に手厚くサポートをしていただいた。

 2010年3月からは,いよいよ日本でもクリゾチニブの臨床試験が開始され,また同年9月からは別の製薬会社による独自のALK阻害剤の臨床試験も開始されている。さらに2010年4月からは日本におけるEML4-ALK診断の臨床サービスも企業によって開始されており,われわれのALCAS活動もその社会的使命を終えようとしている。

ALK阻害剤のこれから

 なお,ソウル・ボストン・メルボルンで行われたクリゾチニブ第1相臨床試験の結果が今年の6月6日に米国臨床腫瘍学会(ASCO)総会のプレナリー発表として行われ,完全寛解症例を含む腫瘍コントロール率90%という目覚ましい治療成果が発表された。その成果は『New York Times』紙や『Wall Street Journal』紙などといった一般向けの海外メディアでも,広く取り上げられたところである。こうして臨床試験が大成功を収めたALK阻害剤は,ヒト固形腫瘍の治療剤として現在われわれが入手できるものの中で,最も有効性が高い薬剤の一つではないかと思われる。

 今回の遺伝子の発見とその速やかな臨床応用の結果,今後世界中で何万人・何十万人の人命が救われると期待される。


間野博行氏
1984年東大医学部卒。同大第三内科を経て,93年自治医大分子生物学講座講師,95年同講座助教授,2001年自治医大ゲノム機能研究部教授となり現在に至る。また09年からは東大大学院医学系研究科ゲノム医学講座特任教授を兼任。2010年度武田医学賞,2010年度持田記念学術賞,2009年度高松宮妃癌研究基金学術賞,2008年度日本医師会医学賞など受賞歴多数。

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