MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2010.11.22
MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


《シリーズ ケアをひらく》
その後の不自由
「嵐」のあとを生きる人たち
上岡 陽江,大嶋 栄子 著
《評 者》宮地 尚子(一橋大大学院教授・精神医学)
「なんでできるの?」と「なんでできないの?」をつなぐ本
黄色と青のコントラストの装丁がいい。図や挿絵,表紙の写真がいい。まずそう思った。内容がいいことはわかっていた。前半の数章は,以前「精神看護」誌に掲載されたときに読んで「うわーっ!」と思って,友人に紹介したり,患者さんにコピーをあげたり,大学院の講義で使ったりしたからだ。
この本は,ダルク女性ハウスで薬物依存症の女性たちに長年かかわってきた上岡陽江さんと,DVや性暴力被害者のためのシェルターを運営している大嶋栄子さんが二人で,トラウマを受けた女性の回復の在り方を,当事者の目線から描いた本である。
「サバイバー」という言葉はよく使われるが,それが「嵐」をなんとか生き延びた人という意味だけではなくて,「嵐」のあとを生き続ける人だということは,あまり理解されていない。「嵐」はあとに,がれきや溝やさまざまな爪痕を残していく。そういう「残骸」の中を生き続けるのは,「嵐」を生き延びるより,終わり(ゴール)がないだけにつらいことも多い。まさに「その後の不自由」。タイトルどおりである。
生き続けるのは,苦しい。自傷や薬物で飛ばしていた現実感や身体感覚が戻ってきて,「なまみのからだ」を生きなければいけない。しかも,染み付いた恐怖や自己否定感と,過去の苦しい記憶のフラッシュバック付きで。「なまみーず」(註:「生身はつらい」から派生し,ダルク女性ハウスで用いられる呼称)には生理もあれば,頭痛・肩こりもある。「もうそろそろ忘れたら?」とか「いいかげん普通の生活してよ」とか「いつまで,あれもこれもできないって言ってんの?」とか,周囲からプレッシャーをかけられるちょうどそのころ,深~いうつや,だるさが襲う。
彼女たちの回復を支援する人たちも大変である。まじめな支援者ほど息切れするだろう。溝を感じるだろう。「なぜよくならないの? 私がこんなにがんばって支援しているのに」「なんでこれくらいのことができないの? 後で自分が困ることはわかってるのに」「なぜこれくらいですぐめげちゃうの? 励ましてるだけなのに」「なぜいきなり怒りだしちゃうの? こっちは悪気なんてないのに」と。一方,当事者たちも,「なんで“そんな簡単なこと”って言うの? 普通の人はそんな簡単にできるものなの? ラクに生きられるものなの?」「なんでそんなに責めるの?」と,一生懸命やってくれる支援者に戸惑い,苦しくなって,ためこんで,爆発する。
この本は,そんな当事者の「なんでできるの?」と,支援者の「なんでできないの?」とをつなぐ本でもある。例えば,ノーを言うこと,自分の身を守ること,危ない人には近づかないこと,時と場所にかなった服装をすること。「普通の人」には簡単なはずのそんなことが,彼女たちにとっては,富士山に登れと言われているみたいに聞こえる。けれども,彼女たちが身に付け(させられ)てきた暗黙の前提や人との距離感(のなさ)を,「わたしたちはなぜ寂しいのか」の章のように説明されたら,支援者も彼女たちを見守ることや待つことがもっとラクになる。思い通りにいかなくても,自分を責めたり,相手を責めたりしなくなる。
傷つきながら育ってきた人たちの対人的距離について,これまでこのようにわかりやすく書かれたものがあっただろうか? 生理と精神症状と行動の変化について真正面からとりあげ,すぐに役立つ対処法を示したものが精神医学関係の本にあっただろうか? 精神分析にあっただろうか? これまでの専門的知が男性中心主義的なものだったことは周知の事実だが,まさに何が欠けていたのかをこの本は見せてくれる。
当事者であるKさんからの聞き取りは,貴重な証言である。多くの人が「ドン引き」するものかもしれない。けれども,この話を読んで救われる当事者もたくさんいるはずだ。似たような被害を受けながら,「ドン引き」されるから誰にも言えなかったり,実際に言ってみて「ドン引き」されてしまって,こんな目に遭うのは自分だけだと思ってきた人たち。でもKさんの加害者のようにひどいことをする人間は,残念ながらこの世の中...
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