FAQ 助産師・看護師による妊婦への服薬指導(山内愛)
寄稿
2010.11.22
【FAQ】
患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。
今回のテーマ
助産師・看護師による妊婦への服薬指導
【今回の回答者】山内愛(国立成育医療研究センター看護部)
妊娠・授乳中の服薬については,さまざまな研究・調査からリスクとベネフィットを考え,治療上必要なものは継続することが多くみられます。しかし一般の方には,胎児の催奇形性や胎児毒性のために妊娠中の服薬は良くないという考えも根強くあるのが現状です。今回は,妊娠中に遭遇する疾患と薬の使用について,助産師・看護師としてどのように対応したらよいのか考えていきましょう。
FAQ1
妊娠16週の妊婦から薬の使用について以下のような質問を受けました。どのように答えたらよいでしょうか。「薬を飲むことは,妊娠中は赤ちゃんの奇形の心配があるからいけないのですよね。これからの季節,風邪もひきやすいし心配です」
薬による奇形・胎児毒性発生率は低い
一般に妊婦は薬の使用に不安を抱き,否定的な考えを持っておられる方が多いと思います。このような質問もよく耳にするのではないでしょうか。
はじめに,妊娠と薬物の関係について基礎知識を整理しましょう。
妊娠中の薬物使用の胎児への影響は,大きく分けて催奇形性と胎児毒性があります(図)。催奇形性は妊娠4-15週ごろ,特に重要な臓器が発生する器官形成期である4-7週においてハイリスクであり,最も過敏な時期であると言われています。8-15週は過敏性は低下するものの,まだ注意が必要です。妊娠16週以降は,催奇形性の心配はなくなりますが,胎児毒性について注意しましょう。催奇形性が心配される以前の妊娠3週までは,「All or None」の時期と言われ,この時期に胎児に影響を及ぼす可能性のある薬を使用した場合,「受精卵として着床しない,もしくは流産」という結果か,「妊娠の継続」かのどちらかになります。そして,妊娠継続した場合は奇形等の影響は残らないと言われています。
図 胎生時期の器官形成と薬物の影響 |
自然流産率は15%,胎児奇形の自然発生率は約3%であるのに対し,薬剤が奇形発生の原因となるのは全奇形のうちの1-2%であり,非常に少ない確率となっています。とは言っても,一部の薬剤には催奇形性がわかっているものや,催奇形性が問題となる器官形成期を過ぎての暴露によって,胎児の発達や機能に障害を引き起こす胎児毒性が問題となる薬剤もあり注意が必要となります。一方,妊娠以前から慢性疾患などで薬を服用している場合,妊娠を機に安易に休薬することは,疾患そのものの悪化などのリスクが発生します。したがって,臨床では有益性が危険性を上回ると判断されれば,薬の使用は継続されます。
以上のことから,この質問には以下のような対応が妥当と考えます。
Answer…「妊娠したら薬を全く使用できないということはありません。あなたの週数で薬を使用しても胎児の奇形発生の心配はないと考えられています。しかし,お腹の赤ちゃんへの影響が全くないというわけではありませんので,安易に市販薬を使用することは控えたほうが良いでしょう。薬については必ず主治医に確認するようにしましょう」
では,本ケースの妊婦が心配している風邪薬について考えてみましょう。風邪症状は,咽頭痛,咳そう,鼻汁,頭痛などさまざまですが,ほとんどがウイルス感染で起こります。したがって,本来,抗菌薬は必須ではありませんが,ウイルスの先行感染で細菌感染症が続発する場合があることから予防的に処方されることもまれではありません。妊娠期に使用する抗菌薬の第一選択としてはセフェム系(セファクロル:ケフラール®),ペニシリン系(アモキシシリン:サワシリン®),マクロライド系(クラリスロマイシン:クラリス®)があります。解熱鎮痛薬としてはアセトアミノフェン(カロナール®など)が第一選択で用いられます。これらは妊婦に投与しても胎児への影響がなく,安全に使用できると言われています。解熱目的によく用いられるジクロフェナクナトリウム(ボルタレン®)は非ステロイド系消炎鎮痛薬であり,胎児の静脈管早期閉鎖や,尿量産生抑制から来る羊水過少などの報告があり妊娠中の使用は制限されています。したがって,解熱鎮痛のために常備薬としてボルタレンを持っている場合には使用しないよう指導することが必要です。また,風邪の予防にはうがいが有用ですが,ヨードを含むうがい薬を頻繁に使用することは母体の甲状腺機能に影響を及ぼすこともあると言われているため注意が必要です。
また頭痛は,風邪に関連していない場合でも妊婦にとって苦痛な症状であることに変わりありません。首の緊張やストレスとも関連しているので,まずはリラックスできる環境の調整やマッサージ・温罨法などのケアを行い,それでも症状が改善しなければアセトアミノフェン(カロナール®)を医師に処方してもらうとよいでしょう。
肩こりなどで頻繁に使用する湿布薬に含まれている非ステロイド系消炎鎮痛薬は前述のように,動脈管早期閉鎖などの胎児毒性があります。特に,妊娠末期は,内服薬ではないからと使用を勧めることは控えたほうがよいでしょう。表に胎児毒性のある主な薬を挙げていますので参考にしてください。
表 胎児毒性を誘起するとされている主な薬 |
FAQ2
次に,これからの季節に多いインフルエンザについての質問です。「周りでインフルエンザが流行っています。妊婦でも予防注射をしたほうがよいでしょうか?」
インフルエンザワクチンは妊婦にも接種可能
昨年は新型インフルエンザ(H1N1型)が世間を賑わせ,妊婦が罹患すると重い呼吸障害を併発すると言われ過敏になっていた方も多かったのではないでしょうか。妊婦は免疫力の低下や,増大する子宮により横隔膜が挙上し肺活量が低下することから,インフルエンザに罹患すると重症化しやすくハイリスクグループとなっているのは周知のことと思います。
CDC(米国疾病対策センター)では妊娠初期でも催奇形性に影響しないとし,妊娠全期間でのワクチン接種を推奨しています。日本でも,妊婦に対してインフルエンザワクチンの接種は推奨されており,当施設においてもほぼ全妊婦に接種をしています。
したがって,この質問に対しては以下の対応が妥当と考えます。
Answer…「インフルエンザワクチンは妊婦でも接種することが可能です。インフルエンザに罹患し悪化することを予防するためにも,接種をお勧めします。主治医に相談し早くワクチン接種ができるようにしましょう」
では,インフルエンザワクチンの知識を整理しましょう。今年のワクチンは,季節性に加えて昨年度流行した新型インフルエンザ(H1N1型)のワクチン株が含まれているそうです。また,インフルエンザワクチンは不活化ワクチンであり,防腐剤としてチメロサールというエチル水銀が添加されているものがあります。健康被害の報告はありませんが,当施設では脳神経系の発達への影響を考慮しチメロサール無添加のワクチンを選択しています。
インフルエンザワクチンは抗体が十分産生されるまで約3週間要し,抗体有効期間は6か月と言われています。したがって遅くともインフルエンザが猛威をふるう前の11月ごろまでには接種しておくことが望ましいでしょう。感染した場合の,抗インフルエンザウイルス薬としては,ザナミビル(リレンザ®)やリン酸オセルタミビル(タミフル®)がありますが,妊婦の場合有益投与となります。
インフルエンザは飛沫感染でありマスクの着用や手洗い,集団を避けるなど感染源から身を守るための予防策が有用です。また,私たち医療者が感染源とならないよう,積極的なワクチン接種や予防策を講ずることが大切です。
もう一言
今回はよくある症状と薬について取り上げてみました。通常,服薬指導は産科医師や内科医師,薬剤師が主に行っていると思います。現在日本では助産師による処方は許可されていませんが,妊産褥婦の最も身近にいる私たちにも知識は必要であると考えます。患者,家族の良き相談者となり,助産師の視点に基づく保健指導および,的確な状況判断と医師の治療への引継ぎを行う役割があると思います。薬は日々変化しています。常に,新しい情報をキャッチし正しい情報提供ができるようになりたいですね。
また,「妊娠と薬情報センター」等の専門機関への紹介も有効です。下記のリンクで案内している施設でも紹介を受け付けています。
http://www.ncchd.go.jp/kusuri/about/
*書籍『飲んで大丈夫? やめて大丈夫? 妊娠・授乳と薬の知識』にて,山内愛氏らが助産師・看護師による服薬指導法を詳しく紹介しています。
山内愛
1993年順天堂医療短大助産学専攻科卒。2002年より現職。周産期ハイリスク病棟勤務を経て,07年より国立看護大学校臨床教員(成育看護学)併任となる。当施設は合併妊娠や小児期からの疾患を抱えた女性も多く,助産師として疾患や妊娠・授乳と薬の関係について知識の必要性を日々感じています。
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