医学界新聞

2010.11.15

最新の神経科学研究成果を臨床現場へ

第33回神経研シンポジウムの話題から


 シンポジウム「神経科学研究の新たな展開」が10月29日,新宿明治安田生命ホール(東京都新宿区)にて開催された。本シンポジウムは東京都神経科学総合研究所が,都民や研究者,医療従事者を対象に年1回開催しているもの。来年4月に東京都臨床医学総合研究所,東京都精神医学総合研究所との統合が予定されている同研究所としては,最後のシンポジウムとなった。

 シンポジウムでは,同研究所において行われているプロジェクト研究9題(学習記憶,神経可塑性,神経回路形成,神経細胞分化,パーキンソン病,運動失調,ALS,網膜・視神経,こどもの脳)と,特別研究課題「がん・認知症対策」について,最新の研究の動向が語られた。本紙では,そのなかから2題を紹介する。


リハビリ効果の評価法を提示

シンポジウムの模様
 「運動失調プロジェクト」からは筧慎治氏が登壇し,運動失調の病態解明と「神経疾患治療ナビゲーター」の開発について紹介した。氏はまず,従来の神経疾患の診断は,局在的で定性的な観察にとどまっており,筋運動を司る脳機能自体の評価が不足してきたと指摘。これを踏まえ,氏らは筋活動を分析して脳の運動指令を抽出することで患者の病態を簡便かつ非侵襲的に評価する「定量的運動指令解析システム」の開発を行った。その結果,筋活動のための指令を出す予測制御器とフィードバック制御器の状態を個別・定量的に分析できるようになったという。

 予測制御器は,経験に基づいて予測的な運動指令を生成し,一方のフィードバック制御器は,予測制御器の指令による筋活動の誤差を修正する働きを担っている。氏は,脊髄小脳変性症の患者の場合,予測制御器からの運動指令がうまく機能しないためにフィードバック制御器による大幅な誤差の修正が必要となり,滑らかな筋活動が阻害されていると解説した。

 氏らは現在,この定量的分析指令解析システムを脳卒中患者のリハビリテーションに応用すべく,病態の可視化・定量化に関する研究を行っている。多数の患者を経時的に追跡してデータベース化することで,機能回復の予測や病態に最適なリハビリテーションメニューの提案が可能になり得るとの展望を氏は述べ,この「神経疾患治療ナビゲーター」システムについて今後も研究を進めていくとした。

 さらに氏は,リハビリテーションの効果を定量的かつ精密に分析できるようになったことで,脳機能システムの総合的な評価が可能になりつつあると強調。現在世界中で進んでいる神経難病の治療法開発の必須のツールとして発展させていきたいと語った。

発達障害のメカニズム解明へ

 近年の分子生物学的研究の進展により,AD/HDや自閉症などの発達障害に対する神経伝達物質代謝やシナプス形成の異常の関与が明らかになってきた。さらに,睡眠・覚醒リズムの乱れなどが行動的あるいは情緒的な問題を引き起こす危険性も指摘されている。このようななか,薬物治療などの対症療法は行われているものの,根本的な治療法は見いだされていないのが現状だ。

 「こどもの脳プロジェクト」の林雅晴氏は上記の事情を踏まえ,氏らが現在取り組んでいる「脳内物質表出と病態変化の解析を通じた新たな治療法,予防法,療育システムの構築」について報告した。氏らはまず,難治てんかん患者の剖検脳を用いた脚橋被蓋核の解析に着手。この研究結果から,知能障害に脚橋被蓋核のアセチルコリン・ニューロンの関与が示唆されたという。

 続いて,知的障害の原因となる脳炎・脳症と酸化ストレスの関連性についての研究を実施。氏は,脳炎を引き起こすヒトヘルペスウイルス6型でDNAや脂質に対する酸化ストレスの関与がみられたほか,自閉症に似た知能障害を呈するRett症候群でも酸化ストレスマーカーの異常を確認したと述べた。

 さらに氏は,霊長類を用いた脳内物質表出の電子脳アトラス化と,明暗環境の乱れと発達異常の関連性を解明する研究について概説。発達障害につながるメカニズムを明らかにし,臨床現場に貢献していきたいとの決意を示した。

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