医学界新聞

2010.11.01

多角的視点で「いのち」を支える

第34回日本自殺予防学会開催


 第34回日本自殺予防学会総会が,9月9-11日,大妻女子大学千代田キャンパス(東京都千代田区)にて松本寿昭会長(大妻女子大)のもと開催された。自殺者数が年間3万人を越え,国を挙げた自殺予防への動きが高まるなか,テーマ「支えあう『いのち』」のもと,医療従事者のみならず,自殺予防・遺族ケアに取り組む民間団体や当事者など,多様な視点から議論が交わされた。


シンポジウムのもよう
 シンポジウム「根拠ある自殺予防対策の推進のために――若手研究者の提言」(座長=国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所・竹島正氏)では,5人の若手研究者がわが国の自殺の現状と予防について見解を述べた。

 まず,立森久照氏(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所)が疫学的見地から,1980-2008年の人口動態統計を分析。自殺の発生件数は月曜に最多,土曜に最少となること,季節では春が多いことなどを示すとともに,著名人の自殺など突発的な出来事も影響するとした。また,男性,死別・離別経験者,無職など,リスク要因が重なることで自殺率は急上昇すると指摘。リスクが高い集団の存在を把握した上で,介入支援の方向性を考えることが大切と話した。

 続いて同研究所の勝又陽太郎氏が,心理学的剖検の解説とその結果分析を行った。自殺既遂者の生前について,遺族らから情報収集し,症例対照研究を行い自殺の危険因子を明らかにする心理学的剖検は,日本においては近年本格的に活用が始まったばかりだが,自殺要因の探索や,援助・介入方法の最適化に有用だという。氏は自身の研究から,うつ病やアルコール依存症などのほか,幼少期のいじめや親との離別など生活歴上の問題が危険因子であることなどを分析。自殺の実態分析と援助方法の評価を連動させ,複数の研究結果を活用し,時代に応じた効果的な介入方法を探り続けるべきと述べた。

 井上顕氏(藤田保衛大)は,精神医学・公衆衛生学と,法医学とが連携した自殺対策を提案した。氏は,法医学と連携した自殺研究を行うことによって,自殺動機や背景,手段などのより詳細な検討が可能となり有効な対策につながると主張。自殺以外にも,高齢者の孤独死など多くの社会問題を解決するヒントが得られるのではないかと話した。その上で詳細な分析に基づき,総合的・具体的な自殺対策を立案すること,自殺対策に関連する諸機関や,医学に限らずさまざまな分野が連携して対策を行うことが重要と提言した。

若手研究者の提案する自殺予防

 森川すいめい氏(久里浜アルコール症センター)は,路上生活者への炊き出し支援などとともに精神疾患有病率調査を行っている。調査では,対象者の半数前後が精神疾患を抱えており,知的障害の割合も高いことが明らかになった。さらに氏は,生活保護制度の捕捉率が10-20%と低く,その背景として“自らの無能力”を証明して初めて受給できる申請主義であることなどを問題視。生活困窮者の支援にメンタルヘルスのプロが当たると同時に,彼らの自尊心を傷つけることのない,平等を基礎とした福祉の体制作りが必要と訴えた。

 最後に登壇した末木新氏(東大大学院/日本学術振興会)は,インターネットを利用した自殺予防の可能性を論じた。ネット心中などネガティブな面が強調されがちなインターネットだが,氏は自殺関連ワード検索の解析や,自殺情報サイトの管理人および自身のサイト来訪者へのアンケートなどを実施。検索を通して,自殺リスクの高い人と援助の手とをうまく結べる可能性,ネット上のコミュニティなどで援助する側を経験することで,予防効果が生まれる可能性などを示唆し,インターネット上での自殺予防には,(1)検索動機の研究,(2)援助の場の創出,(3)援助側の条件の精査が必要だとした。

 その後,指定発言者の高橋祥友氏(防衛医大)が演者らに質問。高橋氏の「研究を臨床にどう生かすか」との問いに,立森氏は「疫学データをリスクマーカーとして活用したい」,勝又氏は「援助の連携構造を作るのに役立てたい」と回答。さらに参加者とも質疑応答が行われ,「アディクションモデルの人を援助することに困難を感じる」との会場からの訴えに森川氏は「生きるのが下手な人を管理してもうまくいかない。共感を表した上で,安易な手段に走ることを防止するための取り決めをあらかじめ作っておく」と提案。最後に座長の竹島氏が「“自殺”の中にも多様な死があり,自分から支援を求められず自殺に至る人もいる。社会的援助で救えるならば力を尽くしたい」と語り,シンポジウムは盛況のうちに閉幕した。

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