透析療法の流れを変える高齢者への腹膜透析(平松信)
寄稿
2010.11.01
【寄稿】
透析療法の流れを変える高齢者への腹膜透析
高いQOLと尊厳を保持するために
平松 信(岡山済生会総合病院 副院長/予防医学部長/腎臓病・糖尿病総合医療センター長)
高齢化が進むわが国の慢性透析患者
日本透析医学会の統計調査によれば,2009年末の慢性透析患者は29万人を超えている。2009年の新規透析導入患者数は3万7543人で,導入時平均年齢は67.3歳と年々高齢化し,65歳以上の高齢者が62.6%を占めている。5歳区切りでみると,最も割合が高い年齢層は男性では70-75歳で15.0%,女性では75-80歳で16.0%であった。
透析導入患者の高齢化と透析患者の加齢に伴って,高齢透析患者数は増加の一途をたどり,2030年ごろまでは高齢者,特に75歳以上(後期高齢・超高齢)の透析患者の割合が増え続けることが予測されている。
慢性透析患者の療法別では血液透析が96.6%であり,腹膜透析は3.4%(約1万人)に過ぎない。血液透析は透析医療の代名詞として,腎移植のドナーが限られているわが国の腎不全医療を支え,多くの透析患者の社会復帰と長期間の延命を可能としてきた。
一方,腹膜透析は,心循環器系の負担が少ないことや残存腎機能(尿量)の保持などの多くのメリットがあるにもかかわらず,長期間の透析に限界があることや被嚢性腹膜硬化症などの合併症により,導入が伸び悩んでいる。また,血液透析と異なり,患者個々の腹膜機能に応じた透析処方が必要であり,24時間の在宅医療の支援など,腹膜透析を提供している医療機関やスタッフに負担が多いことも普及しにくい要因となっている。さらに,腹膜透析の腎不全医療における位置付けも広く浸透していなかったことから,医療機関によって透析療法選択時の説明に温度差が生じている。
世界一のレベルを誇るわが国の透析医療であるが,糖尿病性腎症や腎硬化症などの透析患者の増加による医療費の逼迫という困難な課題を抱えるようにもなってきている。
高齢者にメリットの多い腹膜透析
末期腎不全治療の三本柱(血液透析,腹膜透析,腎移植)の中で,腎移植はドナー不足と後期高齢者・超高齢者には医学的に適応となりにくいことから,高齢者の多くは血液透析か腹膜透析かの選択をしなければならない。
腹膜透析が日本に紹介された当初は,対象として60歳以下が望ましいとされ,高齢者には積極的に導入されなかった。しかし,導入時まで自立,あるいは家族の支援で自立していた高齢者は,腹膜透析導入後に予想以上に素晴らしい透析ライフを過ごせることや,腹膜透析が高齢者に心理的に受容されやすいことなどから,高齢者における腹膜透析が増加している。また,高齢者の特徴と腹膜透析の身体的・精神的・社会的メリットとデメリット(表)を考慮すると,高齢者における透析療法選択の際に最初に導入を勧めるべき療法である。
表 高齢者における腹膜透析のメリットとデメリット | |
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一般に,身体的因子・精神的因子・社会的因子における腹膜透析のメリットは高齢者においてより大きく,デメリットは高齢者においてより小さいと言える。すなわち,表に掲げる高齢者における腹膜透析のデメリットは高齢者本来の弱点に起因するものであり,その弱点を補充するための支援が高齢者の腹膜透析においては大切である。
後期高齢者・超高齢者の腹膜透析は,最小限の透析回数と透析液で十分なことが多く,また,腹膜炎,カテーテル感染など腹膜透析関連の合併症が少ないことから,血液透析と比して医療経済的にも優れていると考えられる。
適切な時期での療法選択と透析導入
透析導入に当たっては,適切な時期に適切な医療情報の提供をすることが不可欠であり,患者,家族などに対しての情報提供は医師,看護師,医療ソーシャルワーカー,さらには臨床工学技士などを含めたチームで行い,同意を得ることが望ましい。
腹膜透析の導入は,残存腎機能(尿量)の維持される時期に計画的に実施することが,合併症の回避と生命予後の改善に重要となる。高齢の末期腎不全患者は,症状があっても自覚症状に乏しくかつ進行が緩徐であり,老化による衰弱や認知障害などの症状なのか,腎機能の低下に伴って尿毒症の症状が出現しているのかが区別できないことが多い。そのような際の透析導入の是非に関しての判断は慎重になされなければならない。適切な時期の療法選択と透析導入は高齢者では容易なことではないが,予後を左右する重要なポイントである。
昨年発表された,2009年版日本透析医学会「腹膜透析ガイドライン」では,腹膜透析をCKD(慢性腎臓病)ステージ5の患者に対する包括的腎代替療法(血液透析,腹膜透析,腎移植を総合的に捉え最適な療法から選択していく治療法)の初期治療であると基本的に位置付けている。このガイドラインでは,糸球体濾過量(GFR)が15mL/min/1.73m2未満で治療抵抗性の腎不全症候が認められれば透析導入を考慮し,GFRが6mL/min/1.73m2未満では透析を導入することが推奨されている。これは,欧米のガイドラインとほぼ同じ考え方であり,クレアチニンが上昇しにくい高齢者の透析導入時期の決定には有用である。
低下した腎臓の機能に対する補助手段としての透析療法を,ヨットの帆かボートのエンジンかであると例えて患者・家族に説明している。すなわち,生命の維持に必要なレベル以下に腎機能が低下してきたときに必要なことは,腎臓の働きを助けるためにヨットのように帆をつけるか(腹膜透析),あるいはモーターボートのようにエンジンをつけるか(血液透析)のどちらかの選択である。
それまでの長い保存期腎不全の間,一生懸命にボートを漕いできたにもかかわらず透析導入を余儀なくされる患者にとっては,不足分の腎機能を補いながら自らも続けてボートを漕ぐ腹膜透析は,エンジンをつけて漕ぐのをやめる血液透析よりははるかに受容しやすい治療法であるはずである。透析導入後の残存腎機能(尿量)の保持は,腹膜透析の大きなメリットであり,高齢腹膜透析患者のQOLの高さと生命予後に影響を与えている。
腹膜透析を第一選択に
小児の透析療法では腹膜透析が第一選択であることと同じように,高齢者においても多くのメリットから腹膜透析が第一選択となることが期待される。高齢者が尊厳を保って残された人生を透析とともに自然に生きることができるだけでなく,高齢者への腹膜透析の普及により透析医療費の削減が可能となる。
自立した高齢者のみならず,要支援・要介護の高齢者にも腹膜透析は向いている。介護保険制度は高齢者の腹膜透析に追い風となっているが,在宅のみならず施設での腹膜透析も増えていくことが望まれる。そのための支援体制を構築することが,超高齢社会を迎えるわが国の腎不全医療の進むべき道と信じている。
平松信氏 1973年岡山大医学部卒,80年同大学院修了。80-81年英国ガイズホスピタルメディカルスクール留学,83年岡山大病院人工腎臓室主任を経て,87年より岡山済生会総合病院。2005年より現職。日本腹膜透析研究会・日本在宅透析支援会議・日本サイコネフロロジー研究会・日本医工学治療学会などの会長,高齢者腹膜透析研究会代表幹事などを務める。著書に『高齢者にやさしい腹膜透析』(悠飛社)など。2009年版日本透析医学会「腹膜透析ガイドライン」作成委員。 |
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