医学界新聞

2010.11.01

第38回日本救急医学会開催

社会の要請に負担なく,そして最大限に応えるために


 第38回日本救急医学会が10月9-11日,有賀徹会長(昭和大)のもと,東京ビッグサイト(東京都江東区)にて開催された。「救急医学,救急医療と社会のあり方」をテーマに開催された今回は,社会とのかかわりのなかで救急医療が今後どのように進化して行くべきか,「救急医療と死因究明」「救急現場における脳死下臓器提供」「救命救急医とERドクター」など,時宜を得たテーマが取り上げられ,会場が一体となった活発な議論が交わされた。本紙では,その一部のもようを紹介する。


救急医療を最適化するシステムの在り方を探る

有賀徹会長
 救急医療をめぐる問題が深刻化するなか,長期的な視点に立った対策を講じるとともに,今ある資源を無理なく有効に活用していく方法を探ることも重要である。そのような視点から行われたシンポジウム「救急医療体制の全体最適化に向けた情報活用」(座長=岐阜大・小倉真治氏,消防庁・松元照仁氏)では,ITの活用方法や情報共有の在り方などが議論された。

 はじめに座長の小倉氏が行った基調講演では,救急患者の搬送先が見つからないという従来の問題に加え,質的な保証がなされていないことが,現在の救急医療の問題点として強調された。さらに氏は,患者搬送を適切化・迅速化するための体制整備を行うに当たって患者統計などのデータが不在であることを指摘。必要な情報を負担なく蓄積できるシステムを開発し,各医療機関で応需情報が相互閲覧できるようにすべきと説いた。

 続いて熊田恵介氏(岐阜大)が,岐阜大を中心に進められている救急医療体制支援情報システムプロジェクト(GEMITS)について紹介。GEMITSは,救急患者情報収集システム,医療機関側情報収集システム(医師の勤務状況や位置情報など),統合エージェントシステム(両者の情報を統合し最適な医療機関を紹介)の3つを連携させることで,リアルタイムに情報を統合・整理し全体最適化を図るというもの。氏は「GEMITSを汎用性の高いプラットフォームとして標準化したい」と抱負を述べた。

 消防庁からは,座長の松元氏と長谷川学氏が口演。松元氏は,救急車出動件数が増加するなか2次救急医療機関数は減少しているという現状を踏まえ,消防庁,厚労省のデータベースのICT化を進め,共通した考え方に基づいた緊急度判定が可能なシステムづくりが急務であると述べた。また,昨年4月に成立した改正消防法において「傷病者の搬送・受け入れ実施基準の策定,公表」が義務付けられたことについては,現状で7都県で整備が完了していると報告した。

 長谷川氏は,現在救急車搬送の半数近くが軽症患者であることを明かし,トリアージシステムの導入の必要性を説いた。トリアージは現在,家庭,現場,医療機関など各段階に分けて検討されており,自己診断,電話相談のための窓口の設置や,緊急度を判定するためのトリアージツールの作成などが進められているという。トリアージシステムについては,工廣紀斗司氏(富山大)がカナダのCTAS(病院トリアージ)とCPAS(病院前トリアージ)による連携システムについて解説し,理解を促した。

 医療現場からは,ITを活用した先進的な取り組みを大林俊彦氏(東大)と仲村将高氏(千葉大大学院)が報告。ともに,救急車からのシームレスな動画伝送システムの構築をめざしたもので,搬送時間・距離の長い患者のフォローや搬送機関決定までの時間の短縮などが期待されている。

 続いて,地域の救急医療体制の構築をテーマに3氏が口演。小澤和弘氏(愛知医大)は,愛知県の救急・周産期医療情報ネットワーク構築実証事業について解説した。今後はさらなる充実をめざし医療機関内でのルールづくりや救急隊のトリアージ能力向上などに取り組んでいくとした。切田学氏(東京警察病院)は,自施設における重症大血管疾患の事例を挙げ,心臓血管外科を専門とする転送先の病院の担保があることで,自施設で患者の初期治療を行った上で転送することが可能になったと報告。同じ医療圏に属する救急医療機関の得意分野に関する情報を共有する有効性を示した。

 増野智彦氏(日医大)は,傷病者搬送情報は消防庁が,患者診療方法は各医療機関が管理していることが,限りある医療資源を最適に分配活用することを阻んでいると強調。現場の状況を適切に評価するためにも,両者のデータベースを統合すべきとの見解を示した。

救急医と精神科医が手を携えて取り組む自殺予防

 パネルディスカッション「自殺未遂者ケア」(座長=武蔵野赤十字病院・須崎紳一郎氏,沼津中央病院・杉山直也氏)では救急医(演者5人)と精神科医(演者4人)が一堂に会し,救急医療機関に搬送されてくる自殺企図者にいかに対応すべきかが議論された。救急医療現場には,多くの自殺企図者が搬送され,その割合が10%に上る施設もあると言われる。特に,救命救急センターに搬送されてきた自殺企図者は1年以内の再企図の傾向が強く,自殺完遂率も高いという。パネリストからは,精神科入院歴があり,救急で重大な問題行動を認める患者に完遂の危険が高いとの報告がなされた。

 以上のような背景から,自殺企図者に対しては何らかの精神科の関与が必要だと考えられてはいるものの,精神科が設置されている2次救急医療機関は限られているのが現状だ。そもそも,精神疾患を抱える患者の搬送先を見つけるのが困難だという問題も指摘されている。そのため,1995年より国と都道府県が精神科救急医療体制整備事業を運営し,救急スタッフやベッドの確保に努めるなど,さまざまな取り組みが行われている。しかし,整備はまだ十分ではなく,本パネルディスカッションにおいても地域差などの課題が示された。

 また,精神科医自体が充足していないという問題もある。そうしたなかで,一定の効果を挙げていると紹介されたのが,精神保健福祉士の存在だ。自殺企図者は前述したように再企図者も多いことから,長期的なフォローアップが必要である。そのため,地域の支援体制や精神科医療機関の情報に精通した精神保健福祉士が早期から介入することで,地域の医療資源を効果的に活用する必要性がパネリストから提案された。また,転院先の精神病院や患者が通院しているクリニックなどに,救急受診時の患者の情報を詳しく報告する重要性も指摘された。

 先進的な取り組みとしては,岩手医大における自殺未遂者ケアシステムが紹介された。同大では,救命救急センターに精神科医が常駐し患者の診療に当たるほか,患者の家庭問題,経済問題などについてはソーシャルワーカーが介入し調整を行っているという。

 また,指定発言者として登壇した河西千秋氏(横浜市大)は,自殺未遂者への複合的ケース・マネジメントの有効性を検証する多施設共同無作為化比較試験「ACTION-J」について解説。自殺未遂者へのより効果的な支援の実現に役立つことが期待されることから,研究結果の報告が待たれる。最後に,自殺予防に戦略的に取り組むことや,人材育成など今後の課題が確認され,パネルディスカッションは終了した。

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