中村耕三氏に聞く
インタビュー
2010.10.25
【interview】
ロコモティブシンドローム
運動器を長く使い続ける新たな時代の到来
中村耕三氏(日本整形外科学会理事長/東京大学大学院教授・整形外科学)に聞く
加齢に伴う関節疾患や転倒・骨折により,直立二足歩行が困難になっている,あるいはその予備軍であると考えられる人は,現在わが国で4700万人にも上るとされる。要介護となる大きな原因であり,超高齢社会を迎えたわが国において今後さらなる増加が危惧されている運動器疾患だが,その発症を予防するために,社会として,個人として,どのように取り組んでいけばよいのだろうか。本紙では,2007年に「ロコモティブシンドローム」の概念を提唱し,日本整形外科学会理事長として啓発活動を精力的に行っている中村耕三氏にお話を伺った。
――日本整形外科学会は,2007年に新たな概念として「ロコモティブシンドローム」(運動器症候群,以下「ロコモ」)を提唱されました。社会の関心の高まりと覚えやすいネーミングとで,浸透してきた感があります。ロコモを提唱された経緯について,あらためてお話しいただけますか。
中村 運動器の重要性についてはこれまでも指摘されてきたのですが,今あらためて問題が顕在化している背景には,やはり日本が超高齢社会であることを実感する機会が増えたことがあると考えられます。
超高齢社会になって何が変わったのかを知ることができる興味深いデータがあります。本学の整形外科学初代教授である田代義徳先生は,1907-22年の外来患者受診数に関する資料を残しておられますが, 30代になると整形外科を受診する患者さんが急激に減少していることがわかります。当時の平均寿命は40代後半であったため,高齢の患者さん自体が少なかったのでしょう。ですから,受診理由の疾患も現在とは大きく異なっており,脊椎カリエスなどの感染症や先天性疾患が大半を占めています。
その後,特に戦後の60年で,日本人の平均寿命は格段に伸びました。臨床現場においても,股関節の人工関節置換術,脊柱管狭窄症,大腿骨頸部骨折など,整形外科受診者の高齢化を日々実感するようになりました。
2007年に厚労省が行った「国民生活基礎調査」によると,要介護者約450万人のうち90万人強が「介護が必要になった理由」として,運動器疾患(関節疾患,骨折・転倒など)を挙げています。にもかかわらず,加齢に伴って運動器に障害が生じてくることや,要介護となる主因の1つに運動器疾患があることをきちんと認識している人はまだまだ少ないのが現状です。長寿社会になって,多くの人々が運動器を長期間使用し続ける必要が出てきたのです。新たな時代を迎えていることを,ロコモを提案することによって知ってもらう必要があると考えました。
運動器は加齢とともに衰えていくもの
――ロコモとは,具体的にどのような状態のことを指すのでしょうか。
中村 ロコモは,骨や関節,筋肉,神経などが衰えて運動器に障害が生じ,要介護や寝たきりになってしまうこと,またはそのリスクが高い状態のことを指します。全身の状態から要介護のリスクを見つけ,早めに対策を始めることを目的として提案しました。
――運動器の機能低下は,いつごろから始まるのですか。
中村 図は2006年から2007年にかけて,DPC(診断群分類包括評価)を導入している病院の整形外科において手術を受けた22万6644人の年齢構成と疾患名を調査した結果です。この分布を見ると,まず患者数が50代から急増していることがわかります。その内容を見ると,外傷による骨折,脊椎障害,そして膝関節の障害が多くなっています。脊椎障害は椎間板の変性である変形性脊椎症によるもの,関節の障害は軟骨が擦り切れて起きる変形性関節症が大半を占めています。
図 DPC導入施設における,整形外科で入院手術を受けた患者の疾患と年齢(文献1より転載) |
――さまざまな運動器が,加齢とともに衰えていくのですね。
中村 吉村典子先生(東大22世紀医療センター)を中心に行われた,3000人以上を対象としたコホート研究では,女性の場合,膝の軟骨の変性や骨粗鬆症が40代から始まっているとの結果が出ています。男性も40代で5割弱の人が腰の椎間板に変化が始まっているとされます。これらの結果を現在の日本の人口と年齢割合に当てはめてみたところ,ロコモと考えられる人が,その予備軍も含め,日本で4700万人にも上ることが推計されたのです。このような実態が研究によって明らかにされたことにより,多くの人にとって,運動器を健康に保ち続けることは容易ではないことがわかってきました。
――運動器はなぜ,加齢に伴って機能低下していくのですか。
中村 われわれの身体にはしなやかに動くためにたくさんの節があります。なかでも,膝関節や股関節などの関節の端は,動きやすいように球形になっており,表面がつるつるしています。しかし,動きやすくできているが故に,安定性が犠牲になっているのです。そんなわれわれの身体を立たせているのが靭帯と筋肉で,絶妙な身体のバランスを保って直立二足歩行を可能にしています。
このように,人間は骨折しても,骨と骨とをつなぐ蝶番の役割を果たす関節や椎間板に異常が生じても,筋力が衰えても,そのどれが悪くなっても立っていられないのです。加齢とともに,骨格を支える筋肉の衰えや膝の軟骨や背骨の椎間板の変性,骨量の低下などが水面下で起こり,それらが相互に関係し複合することによって,起立や歩行の障害という身体症状となって現れてくる。だからこそ,ロコモでは骨,関節,筋肉などを総合的にとらえてもらうことが重要だと考えています。
■骨,関節,筋肉,神経の機能を複合的に診断
――ロコモかどうかを診断するにあたり,指標になるものはあるのですか。
中村 起立や歩行などの機能検査法としては,「開眼片脚起立時間」や「3m Timed up and go test」などが,運動器不安定症の診断方法として既に確立されています。運動器不安定症は2006年に保険収載された疾患ですが,ロコモは運動器不安定症よりもさらに広い概念で,要介護リスクの高い状態までを含みます。ですから,正確に運動器の状態を把握しスクリーニングするためには,骨,関節,筋肉そして運動の制御系である神経の機能をそれぞれ数値化していく必要があります。
骨と筋肉については,既に測定が可能です。また,制御系についてはバランス力で代表できるのではないかと思います。残る関節については,本学の岡敬之先生がX線写真から変形性関節症の変性の程度を数値化して判定できる画像解析ソフトを開発するなど,現在研究が進んでいます。
これらは,医師が日常診療で用いるための診断基準ですが,一方で,一般の人が自分で簡単にチェックできるように,本学会では「ロコモーションチェック(ロコチェック)」という自己チェック法(表)を公表しています。ロコチェックでは,日常生活において運動器の変化に気付きやすい状況を7つ挙げました。普段歩けるから大丈夫だと思っていても,片足...
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