胃癌撲滅への道しるべ(上村直実,乾純和,加藤元嗣,藤城光弘)
対談・座談会
2010.10.11
【座談会】 胃癌撲滅への道しるべ | |
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Helicobacter pylori(以下,ピロリ菌)が胃癌を引き起こすことが明らかとなり,その除菌を含めた胃癌予防が大きな話題となっている。日本ヘリコバクター学会では昨年,すべてのピロリ菌感染者に対して除菌を勧める指針を公表したが,一方で大規模な除菌療法については慎重な意見があるのも実際だ。
ただ胃癌をめぐっては,基礎・臨床研究の進歩からより効果的な検診の在りかたも提唱されてきており,胃癌を予防できる時代へと着実に向かってきている。そこで本紙では,これからの胃癌戦略を考える座談会を企画。ピロリ菌をめぐる最新の研究事情とともに,“胃癌撲滅への道しるべ”を幅広く語っていただいた。
ピロリ菌診療の現状
上村 1983年のピロリ菌の発見以来,上部消化管疾患の概念と診療は大きく変化してきました。1991年に報告された米国のParsonnetらやNomuraらの疫学的研究をきっかけにピロリ菌と胃癌との関係に注目が集まり,1994年にはWHOの癌研究部門(IARC)が「ピロリ菌は明確な発癌要因(ClassIのCarcinogen)である」という声明を発表しました。日本でも近年ピロリ菌が胃癌に深く関与するという認識が浸透し,除菌による胃癌予防に注目が集まっています。
最初に,ピロリ菌の診療の現状についてお伺いします。日本ヘリコバクター学会のガイドラインにおけるピロリ菌感染の診断方法をご紹介ください。
加藤 日本ヘリコバクター学会が2009年に発表した『H. pylori感染の診断と治療のガイドライン』(以下,ガイドライン)では,(1)迅速ウレアーゼ試験,(2)組織鏡検法,(3)培養法,(4)尿素呼気試験,(5)抗ピロリ菌抗体測定,(6)便中ピロリ菌抗原測定,の6つの検査のいずれかを用いて感染診断を行うとなっています。また,複数検査を行うことが推奨されています。
今年4月から保険適用が変わり,初回は1種類しか認められなかった検査が組み合わせに制限はあるものの2種類行えるようになり,よりガイドラインに沿った検査が可能になりました。
上村 検査の併用が承認されたのは大きな変化ですね。では,臨床現場においてはどのように診断が行われているのでしょうか。
乾 私のクリニックでは,消化器症状を訴えて来院された方には,保険請求できない場合でもピロリ菌の尿中抗体検査を必須で行っています。また,内視鏡が必要と判断される方には,内視鏡と迅速ウレアーゼ試験を行い感染の有無を診断しています。
藤城 東大病院では,まず内視鏡を行います。そこで胃炎を除く潰瘍,癌,MALTリンパ腫などのピロリ菌関連の病態が見つかった場合,迅速ウレアーゼ試験と血清学的な評価を併せてピロリ菌の感染診断を行っています。陰性の場合は,さらにUBT(尿素呼気試験)を加えて感染を確認しています。
上村 診断方法については各施設で工夫されているのですね。最近,低下しているとされるピロリ菌の感染率はどのような状況にあるのでしょうか。
乾 若年者の感染率は激減しています。高崎市医師会の住民検診では,20代では約9割,また30,40代では7割程度が未感染です。40歳以上の受診者でみると,除菌群を除いた未感染群が43.5%でした。
加藤 少し古いデータになりますが,1950年以前に生まれた世代では感染率が80%以上であると,本学の浅香正博先生が1993年に報告しました1)。それを現在に当てはめると,感染率が高い世代は60代からになります。
上村 やはり,60代以上は感染率が高いものの30代未満は激減しているのが現在の特徴と言えるのですね。
保険と自費が混在するピロリ除菌治療
上村 ピロリ菌の除菌治療には,保険適用が可能な疾患が限られているという課題がありますね。
加藤 ええ。これまでは胃潰瘍または十二指腸潰瘍の確定診断がなされた方だけが除菌の対象でした。今年6月に,早期胃癌のEMR(内視鏡的粘膜切除術)後の残存胃粘膜,胃のMALTリンパ腫,ITP(特発性血小板減少性紫斑病)の3疾患が公知申請で保険適用追加となり範囲は広がりましたが,慢性胃炎で胃癌予防のために除菌したいという方をまだまだカバーできていないのが現状です。
上村 そうですね。今回の除菌治療の適用拡大も,2005年に承認された2次除菌と同様,公知申請による承認でしたね。慢性胃炎の保険適用の拡大についても,今後,公知申請の活用が重要と思われます。除菌治療の適応に関して,ガイドラインではどのように扱われているのですか。
加藤 2000年に出版された最初のガイドラインでは,今後の保険適用を考慮して胃・十二指腸潰瘍を除菌の推奨としました。その後の改訂で疾患の範囲を広げ,03年に「胃のMALTリンパ腫」を除菌治療の推奨疾患に,それ以外の疾患については「(除菌するのが)望ましい疾患」と「検討中の疾患」に分けて発表しました。そして09年の最新のガイドラインでは,疾患を分けずに「Helicobacter pylori感染症はすべて除菌適用である」という考え方に大きく変更しました。これは,どんな疾患であろうが,感染している方は全員除菌すべきだという指針です。
現在の公的保険で除菌できる適用疾患とは大きく異なり,適用疾患になっていない慢性胃炎などでは自費診療で対応せざるを得ないわけですが,日本ヘリコバクター学会としては積極的に自費診療を勧めています。
上村 北大病院では自費診療で診断と除菌を行うピロリ菌専門外来を大々的に始めましたよね。現状を教えていただけますか。
加藤 北大病院では,2009年3月からピロリ菌の専門外来を開始しました。開始1年間で約150人を診察し,そのうち約60%が陽性者でした。除菌治療は,2次,3次までいった方もいますが,陽性と判定できなかった方を含めて約98%の成功率ですので,皆さんに満足いただけていると思います。
上村 乾先生,藤城先生の施設ではどのようにされていますか。
乾 内視鏡で消化性潰瘍,あるいはその瘢痕が認められる方については保険に従って除菌をしますが,保険適用の対象となる病変がない方にも積極的に自費診療を勧めています。
藤城 東大では保険にのっとった除菌のみで,残念ながら自費診療を勧めるところまでは至っていません。
上村 ピロリ菌の感染診断,除菌治療の適用疾患というのは,まだまだ施設によって異なるということですね。
除菌デメリットは意外に少ない
上村 ピロリ菌の除菌には,胃癌予防をはじめさまざまなメリットが報告されてきていますが,一方で除菌のデメリットも考える必要があります。
乾 デメリットには,GERD(胃食道逆流症)や除菌に用いる抗菌薬への耐性,また薬剤自身による副作用が一般的に言われていますが,私はそれほどデメリットはないと考えています。確かにGERDを起こす方はいますが,それはプロトンポンプ阻害剤(PPI)でコントロールできます。また私自身,1次1800例,2次360例と2000例以上の除菌を行っていますが,重篤な副作用は経験していません。
上村 薬剤による副作用では,特に薬剤性の出血性大腸炎やアナフィラキシーが問題になると思いますが,そのような経験はありますか。
加藤 これまでに3000例以上除菌を行っていますが,出血性大腸炎の経験はまだありません。ただ,1000人に1人の割合で起こるという報告もあるので,強い腹痛や血便があったときには,すぐに服薬をやめて外来に来るよう伝えています。
現在最も問題となっている副作用は薬疹です。一過性ですぐに消えてしまう方や,ステロイドが必要となる方がいて,治療に難渋することもあります。
藤城 薬疹は何例か経験していますが,私もアナフィラキシーの経験はありません。GERDは晩期の症例で散見されますが,やはりPPIによってコントロールできていますので,除菌によるデメリットはそれほど大きくないという印象を持っています。
上村 先生方のご経験を伺うと,恐れていた重篤な合併症は意外に少ないと感じます。ピロリ菌の治療法もほぼ一般的になってきたいま,除菌治療は安全性の面からもますます推奨されるのではないでしょうか。
■早期胃癌治療の中心となった内視鏡
上村 さて,内視鏡診療の進歩には驚くべきものがあり,胃癌の早期診断や治療もその進歩とともに大きく変わってきたと思います。現在の胃癌治療における内視鏡の役割とはどのようなものでしょうか。
藤城 内視鏡の役割はますます増大し,私が以前所属していた国立がん研究センター中央病院では,2001年以降,早期胃癌の内視鏡治療の件数が外科手術の件数を上回るようになってきています(図)2)。手法自体も2000年前後に確立したESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)によって進化を遂げ,内視鏡で治せる早期胃癌が爆発的に増えてきているのが現状です。
図 国立がん研究センター中央病院における早期胃癌治療法の変遷(文献2より引用) |
内視鏡治療は局所切除ですので,当初は外科から再発への疑問や懸念が数多くありました。ただESDが登場して約10年が経過し,長期成績でも外科手術に遜色なく,患者さんのQOLも保たれているという結果が得られています。そして現在では,外科からも素晴らしい技術であると認められるようになってきたと思います。
加藤 最近では,外科切除の適応を決定するための完全生検を目的にESDを行う症例も増えています。内視鏡の適応がありそうな症例では,逆に外科から内科へ完全生検の依頼もあります。
除菌が異時性胃癌の予防につながる
上村 一方で内視鏡治療後には,治療部位以外にできる異時性胃癌が発生することが報告されていますね。
加藤 異時性胃癌は,内視鏡治療後3年間で約10%発生するとも言われ大きな問題となっています。外科的切除では,残胃が少なくあまり問...
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