医学界新聞

対談・座談会

2010.09.13

【座談会】

言語聴覚士教育のさらなる充実に向けて

藤田郁代氏(国際医療福祉大学保健医療学部言語聴覚学科長/教授)=司会
長谷川賢一氏(聖隷クリストファー大学 リハビリテーション学部 言語聴覚専攻長/教授)
立石雅子氏(目白大学保健医療学部 言語聴覚学科長/教授)


 話す,聞く,食べるなど,人間が人間らしく生きるための基盤となる機能の回復や向上を支える言語聴覚士。高齢者や発達障害を持つ子どもの支援など,専門職としての言語聴覚士への社会的要請は年々高まり,そうしたニーズに応え,言語聴覚士教育の規模も急速に拡大してきました。そのようななか,今新たに求められているのが,高度化・複雑化するこれからの医療を担える人材を育てる“教育の質”です。

 そこで本紙では,言語聴覚士教育の質の向上をテーマに座談会を企画。わが国の言語聴覚障害学領域を牽引し,教育者でもあるお三方にご議論いただきました。


 言語聴覚士養成校の拡大
藤田 わが国で言語聴覚士法が制定されたのは1997年のことです。当時19校だった言語聴覚士養成校は,63校(大学17校)にまで拡大しました()。言語聴覚士の人数も急激に増加し,現在,言語聴覚士資格を持つのは1万7千人余です。言語聴覚士の社会的認知度が高まり,活躍の場が広がる一方,増大するニーズに的確に応えられる実力ある人材を育てることが,教育側にいっそう求められていると感じます。まさに言語聴覚士教育の真価が問われる時期に来ているのではないでしょうか。

 そこで本日は,言語聴覚士教育の現状と課題について,臨床現場の変化を踏まえ,日本言語聴覚士協会の取り組みも交えつつお話ししていきたいと思います。

まずは「動機付け」

藤田 今や大学全入時代とも言われ,高等教育への進学率は77%,そのうち大学進学率は49%に上ります。さらに教育の規制緩和が進み,個々の大学が教育課程の編成,学位授与,入学者受け入れの方針を明確にし,独自の理念・方針のもと教育を行うことが求められています。文科省も2008年に「学士課程教育の構築に向けて」という答申で,大学の自主性・自律性の尊重を謳っています。

 こうした流れのなかで大学のユニバーサルアクセスが進んだ現在,多様な学生が大学に入学してくるようになり,なかには目的意識や学習意欲が低い学生も見受けられるようになりました。この点に関しては,残念ながら言語聴覚士分野も例外ではありません。

長谷川 ゆとり教育などの影響もあり,入学時の成績は年々下がっていますね。また,学習への動機付けが不確かなまま入学してくる学生が増えており,意欲の低下などから入学後に自己学習が進まなかったり,教員がさまざまな教育的手段を講じても効を奏さないこともあり,指導上の課題となっています。

 一方で,入学後にきちんと動機付けできた学生は,初年次は成績がよくなくても,その後のGPA(Grade Point Average)は高い状態を保っている傾向があります。

藤田 やはり大事なのは導入教育,初年次教育ですね。

立石 確かに重要なことです。初年次教育ではまず,専門教育の礎となる基礎学力の補強が,リメディアル教育などのかたちで必要だと思います。

 また,モチベーションを確保する点では,初めに基礎科目をバラバラに学習するだけですと,言語聴覚士になる目的を持って入ってきた学生が学習の動機を見いだしにくくなるようです。本学は新設校として,カリキュラムの内容について毎年試行錯誤している状況ですが,基礎・専門にこだわらず,科目間のつながりを具体的に示す教育を,教員総出で行うことを心がけています。

藤田 本学でも専門科目を1年次から入れています。4年に一度,現行のカリキュラムを評価して改編するのですが,今回の改編でさらに科目を増やし,コミュニケーション・スキル演習を充実させました。

長谷川 本学における開設時のカリキュラムでは,1年次に専門科目を設けなかったのです。すると,学習の方向性を見失う学生も認められました。学習上の動機付けを明確化するためには,入学早期から専門科目を学ぶことが効果的だと思います。

回復過程を実感できる臨床を

藤田 言語聴覚士は多様な臨床現場で最善の言語聴覚療法を提供する役割を担っており,教育・医療・福祉環境の変化を踏まえて教育のあり方を模索することが非常に重要です。そこで,臨床におけるトピックをいくつか挙げ,議論していきたいと思います。

 医療福祉の現場では急性期・回復期・維持期といった病期別サービスの役割分担が進み,それぞれの時期の役割を意識した言語聴覚療法を提供することが求められます。ともすると,各期で働く者はその時期の回復しか視野になく,回復過程全体への見通しが持てていないことがあります。立石先生は慶大病院で急性期の現場を経験しておられますが,どのようにお考えですか。

立石 確かに,病期ごとに医療機関が分断され,急性期病院にいる場合はそれ以降のケアをなかなか見る機会がない一方で,維持期の現場では,急性期からの機能回復の結果今に至るという流れが実感されない,といった問題はあります。

 回復までの流れを可視化していかないと,言語聴覚療法の面白さ,やりがいが見えてこないと思いますので,それを教育でどう伝えていくかが難しいところです。

長谷川 入院期間の面でも,急性期の患者さんは2-3週間で退院する傾向にあり,今後はさらに短縮されると言われています。患者さんの経過をみながら訓練プログラムを立て,総合的な支援を行うという言語聴覚療法の魅力を実感しにくくなるかもしれません。

藤田 確かに,制度上システム化された急性期・回復期・維持期といった期間と,一人ひとりの患者さんの実際の回復過程は必ずしも一致するものではありません。制度の縛りがあるなかでも,できるだけ個々人の経過や予後の時間軸に沿った言語聴覚療法を提供できれば,言語聴覚士自身が成長するチャンスにもなると思いますが,現状では難しいでしょうか。

長谷川 ええ。急性期では,先ほど述べたように患者さんとじっくり向き合う時間はあまり取れませんし,一方で回復期の現場でも,診療報酬の単位数などの関係上,日々の訓練に追われている状況にあります。そうしたことによる臨床能力の低下も懸念されています。

藤田 自分自身の臨床能力をモニターし,研鑽をして高めていく時間的余裕がない環境にあって,臨床能力が低下しているという危惧は強くあります。

 臨床能力向上のためには,特に言語病理学的評価・診断について確かな技術を備えることが重要です。検査を実施して得点を出すのは「測定」でしかありません。「評価」で検査の結果を意味付けし,「診断」で障害の発生メカニズムや予後を予測し治療仮説を導き出して初めて,一人ひとりの患者さんに合った訓練方針を立案することができます。しかしこのところ,言語病理学的評価・診断能力が鍛えられていない若い人たちが見受けられます。

立石 しかも,その方々が卒後6年目になれば臨床実習の指導者を務めることになりますので,それを考えると,看過できない問題ですね。

藤田 エビデンスに基づく,科学的な臨床実践を行うには,評価・診断結果をもとに論拠を明確にして治療仮説を立て,それを訓練過程で検証するといった科学的方法論を身に付けておくことが必要です。そのためには日々の臨床から課題を見いだし,研究に取り組むことも重要であり,臨床と研究は表裏一体を成すものだと私は考えています。しかし多忙を極める臨床現場では研究の時間を十分とることも難しくなっています。忙しいと,つい「現場はそういうものだ」と妥協してしまいがちですが,そうした雰囲気に飲み込まれない学生を育てることも,教育者側に求められているのではないでしょうか。

長谷川 根拠のある臨床を積み重ねていくことで,「私は言語聴覚士に診てもらったから,ここまで回復した」と患者さんが実感し,外に向けて発信してくれる。こういったことが,言語聴覚士の社会的認知度を高めるためには欠かせません。日本言語聴覚士協会としても,9月1日を「言語聴覚の日」として言語聴覚障害や言語聴覚士について広く知っていただくための取り組みを行っていますが,まずは個々人が質の高い臨床を実践することが,最も大切だと思います。

■子どもの障害を見過ごさないために

藤田 言語聴覚士の活躍が期待される領域として新たに注目されているのが,学童期の子どもの障害です。

 ADHD(注意欠陥・多動障害)やLD(学習障害)などの発達障害を持ち,軽度ながら言語・コミュニケーションや行動,学習に問題がある子どもたちへの支援のため,2007年から「特別支援教育」が学校教育法に位置付けられました。また,文科省による2002年の「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒の全国実態調査」では,「知的発達に遅れはないが,学習面や行動面で著しい困難がある」と担当教員が回答した児童生徒の割合は,6.3%に上ります。

 そうした子どもたちを観察すると,低学年ではやはり言語・コミュニケーションに問題のある子どもたちが多くみられます。言語聴覚士が学校教育に加わり,そうした子どもたちを早期発見し,教員と連携して適切に支援する体制が整ったなら,障害が看過されたり,コミュニケーションができず集団に加われない,学習が成り立たないといった問題は軽減されると思います。

立石 「特別支援教育」では,“専門家の活用”が明記されています。これまで,学校教育は外部に対して比較的閉ざされていた領域でしたが,言語聴覚士がさまざまな形で現場で実践を行う事例が増えている印象はあります。自治体が予算を計上して,動いているところもあるようですね。

藤田 ええ。本学がある栃木県においても,学科の教員が学校の先生と連携して子どもの支援に当たっています。しかし,常勤の言語聴覚士の配置はなかなか進みません。米国ではSLP(Speech-Language Pathologist)の約57%が学校で働いていますが,日本において学校に配置されている言語聴覚士は,現状ではまだ約2%程度です。将来的には常勤化,あるいは教育委員会に言語聴覚士を採用して,複数の学校を巡回するといったシステムができるとよいと思っています。

立石 日本の制度になじみやすいよう,言語聴覚士による支援が奏効した個別事例を共有し,広めていくのが一番確実ではないかと思います。「言語聴覚士がかかわると,このようなメリットがある,こういうふうに役に立つんだ」と理解してもらうためには,やはり地道に実績を積むしかないですね。

長谷川 そうですね。実績を積んで,“餅は餅屋”ということを実感してもらえたら,と思います。本学の教員も教育委員会などからの要請に協力し,しばしば学校に足を運んでいます。

 私は,小中学校からもう一歩進んで,幼稚園・保育園まで目を向けていくことが必要だと感じています。本学では2年次に,1週間の保育園実習を実施しています。健常な子どもの発達を理解するための実習なのですが,1割程度の園児に発達上の諸問題が見受けられ,指導に関する相談もたくさん受けます。3歳児健診,5歳児健診で見過ごされていても,普段接し...

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