医学界新聞

2010.09.06

健康格差の解消に向けて各界専門家が討論


岸玲子氏
 社会格差と健康に関する市民公開シンポジウム「健康の社会格差――今,多様な知を結集し,すべての人々に生きやすい社会を」が,日本学術会議基礎医学委員会・健康・生活科学委員会合同パブリックヘルス科学分科会(委員長=北大・岸玲子氏)主催のもと,7月30日に日本学術会議講堂(東京都港区)にて開催された。

 最初に登壇した岸氏はまず,非正規雇用労働者の増加など,わが国の社会に見られる格差について概説。その上で氏は,格差社会の根源を雇用と年金の不具合であると指摘した。雇用機会の性差別や,先進国中最低レベルの最低賃金などを問題に挙げた。さらに,パートタイム労働者と正社員の待遇の不均衡を挙げ,パートタイム労働者の労働条件保障等を定めたILOの「パートタイム労働に関する条約」をわが国も批准すべきだと主張。こうした対策なしでは,現在の非正規雇用労働者への年金支給額はわずかとなり,格差問題がより悪化すると警告した。

 社会学者の盛山和夫氏(東大大学院)は,社会学における健康格差問題の歴史はまだ浅いとした上で,今後,社会学の立場からの検討課題として,(1)健康維持のための機会の平等という概念,(2)高齢者の健康格差の抑制,(3)健康を維持しうる社会保障・医療制度の骨格作り,(4)社会関係資本や公共財などの社会的共同性変数が健康へ及ぼす影響の分析とその適正化,などを挙げた。

 日本学術会議,健康・生活科学委員会「子どもの健康分科会」委員長の實成文彦氏は,虐待の増加や学力・体力の低下など,子どもたちのまわりでみられる問題を概説。その上で,現代的な健康課題の解決を図るには,(1)健康的公共政策の推進と体制整備,(2)健康支援環境の創造,(3)健康のための社会的ネットワークと地域活動の強化,(4)子どもが自らの健康をコントロールする個人的スキルや能力の強化,(5)健康開発のための研究とその組織づくりの推進,(6)学校を核とした地域のヘルスプロモーションの推進,という6つの方策を柱とする総合的・包括的取り組みが重要であるとした。

 続いて,愛知老年学的評価研究(AGES)に取り組む近藤克則氏(日本福祉大)が登壇。同研究によると,高学歴を持つ人や現在の所得が多い人ほど,不眠やうつを訴えたり,要介護認定を受ける人の割合が少ないという。背景には,医療費の支払いを嫌っての受診控えなどの経済的要因のほか,高学歴,高所得者であるほどストレス対処能力が高いなど身体的な特徴との相関もみられる。これを受けて氏は,生活の質を小児期から高めることが高齢期の健康につながると指摘。保健医療だけでなく,教育,労働,所得保障・再分配などの対策を行う必要があるとした。

 健康格差の改善には,地域での取り組みも必要である。高野健人氏(東京医歯大)は,緑地を伴う歩きやすいオープンスペースが健康に与える影響を高齢者3144人を対象に調査。その結果,「緑地あり」の高齢者では5年後の生存率が向上したという。氏は,ほかにも地域での健康教育活動が住民の生活改善に寄与したことを表すデータを示し,地域での取り組みの健康に対する効果を証明した。

 最後に登壇した二木立氏(日本福祉大)は,わが国の医療格差縮小へ向けた医療政策として,次の5つを提案した。(1)主財源に社会保険料,補助的に消費税等の公費を当てながら,公的医療費を拡大。(2)組合健保の保険料率を,事業主負担分などを重点的に引き上げるとともに,保険者間の財政調整の拡大を実施。(3)国民健康保険について,国庫負担の「復元」,保険料の「応能負担」化,資格証明書の廃止などを実施。(4)高額療養費制度について,外来医療にも現物給付を拡大するとともに,特定疾病の対象を拡大。(5)医療保険の自己負担割合の引き下げ。

 その後の総合討論では,労働環境の改善へ向けて聴講者も参加して議論が行われ,岸氏が改善への強い意志を示し,閉会した。

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