医学界新聞

寄稿

2010.08.30

寄稿

心の健康予防教育
学校で,子どもの抑うつ対策に取り組む

石川信一(宮崎大学教育文化学部・講師/臨床心理士)


 「風邪の予防には,うがい・手洗いをしなさい」

 多くの方が,子どものころから学校や家庭で言われてきたことだと思います。小さいころに身につけた習慣は,なかなか失われるものではありません。大人になった今でもうがい・手洗いを継続されている方も多いことでしょう。中には親として,子どもに同じことを口酸っぱく言っている方もいるのではないでしょうか。

 このように,病気が生じないように注意し,前もって防ぐという「予防」の重要性は誰もが認めるところです。本稿では,私たちが学校現場と共同で取り組み始めた「心の健康」に関する予防教育プログラムを紹介します。

子どもの抑うつの現状とは?

 誰でも罹患する可能性のあるうつ病は「心の風邪」とも言われますが,子どものうつ病の症状には,精神症状(興味・関心の減退,意欲・気力の減退,知的活動の減退),身体症状(睡眠障害,食欲障害,身体のだるさ,日内変動),行動症状(行動抑制,学業問題,落ち着きのなさ,問題行動)が含まれると言われています1)。それでは,いったいどのくらいの子どもが抑うつの症状に苦しんでいるのでしょうか。

 米国の研究では,14歳までに重篤な抑うつエピソードを経験する人は,およそ9%いることが報告されています2)。そして,私たちの研究チームが行った中学1・2年生347人を対象とした面接調査においても,8.8%がこれまでに抑うつの問題を抱えていたことがわかりました3)。これらの数字を見ると,おおよそ1クラスあたり最低1人は,抑うつの問題を経験していることになります。

図1 抑うつ症状比較
 特に学校の問題に絞って言えば,不登校の中にうつ病と診断される子どもが比較的多くいるとされています。私たちの研究データにおいても,全体的な傾向として不登校状態にある小中学生の抑うつ得点は高いことがわかっています(図1)。ただし,このデータからは,学年や性別によって,どのような違いがあるのかまではわかりませんので,解釈には注意が必要です。

 また,いじめ被害と抑うつの関連性は複数の研究によって証明されていますし,反社会的行動においても抑うつとの関係が指摘されています。このように,抑うつは児童思春期のさまざまな問題と関連があることがわかっています。

小学校で抑うつへの対処スキルを学ぶ

 それでは,この抑うつを予防するためには,どのようなことができるのでしょうか。一般的に抑うつのリスク要因として,(1)個人的要因(遺伝的要因など),(2)外的な出来事の要因(ストレッサーなど),(3)家族の要因(親の養育態度など),(4)社会的要因(社会的スキルなど),(5)認知的要因(不適応な認知など)が挙げられています4)。私たちは,この中でも学校で扱うという観点から,社会的要因と認知的要因に注目し,子どもの抑うつの認知行動モデル(図2)に基づくプログラムを開発しました。本稿ではこのうち,小学生を対象とした抑うつ防止プログラム(通称:フェニックスタイム,写真)を紹介します。

図2 認知行動モデル

フェニックスタイムの授業風景

 フェニックスタイムは,社会的スキル訓練と認知再構成法を中心とした9回構成であり(),クラス単位で実施され,小学校の授業時間に合わせて1回45分で終了するように計画されています。学校現場で心理社会的プログラムを実施する場合,普段から子どもたちに接している教師が実施する形式と,外部の専門家が実施する形式の2パターンがありますが,フェニックスタイムでは,前者を採用している点が特徴的です。これにより,教師は子どもたちがプログラムを通じて身に付けた知識やスキルを日常的に使うよう促すことができます。また,教師が実施できる形式にすることで,プログラムの普及可能性を広げられます。

 フェニックスタイムの構成

 フェニックスタイムは,探偵事務所の見習い探偵として,困っている子どもたちを助けていくというストーリー仕立てのプログラムになっています。このことにより,抑うつを身近に感じている子でなくとも興味を持って参加できるように工夫しています。各授業のポイントとなるスキルは,探偵の「ひみつ道具」として子どもたちに提示されます。例えば図3の「きもち探知機」は,自分の気分を正確な言葉で言い表し,その強さを100点満点で評定するスキルを指しています。各セッションは,課題場面の例示,グループでの話し合い,ロールプレイ,ホームワークなどで構成されています。

図3 授業で配布するワークシート例

“フェニックスタイム”の成果

 フェニックスタイムに参加した小学校5・6年生の児童150人(介入群)と,参加しなかった同学年の児童150人(統制群)の抑うつの変化について検討したところ,図4にあるように,介入群の抑うつ得点は,統制群と比較して統計的に有意に改善していることがわかりました5)。また,開始前に抑うつ得点が高リスクにあった子どものうち,進級後も高リスクであった子どもの割合を算出すると,統制群ではちょうど半分(50.0%)がいまだに高リスクに分類されていたのに対して,介入群ではかなり減少している(16.7%)ことがわかりました。

図4 抑うつ得点の改善度比較

 一方,抑うつ得点の低い子どもたちは,フェニックスタイムでどのようなことを学んでいるのでしょうか? フェニックスタイム実施の結果,「とてもこまったことがあっても,自分の力だけで何とかしないといけない」「性格が弱い人が,きもちが落ちこむものだ」といった考え方をする子どもは減り,「もし友だちやまわりの人が悲しいきもちになっていたら,うまく助けてあげられると思う」という自信を持つ子どもが増えていました。心の問題に対する偏見をなくし正確な知識を伝えること,将来困難にぶつかったときのヒントを教えておくこと,そして困っている友だちを助けてあげられる方法を子どもたち全員に伝えていくことは,現在抑うつの問題を示している子どもたちへの対応と同じくらい大切なことだと考えます。もしかしたら,このように考えることができる子どもを1人でも多く増やすことこそ,本当の予防教育と言えるのかもしれません。

文献
1)傳田健三.子どものうつ病――見逃されてきた重大な疾患.金剛出版.2002.
2)Lewinsohn PM, et al. Adolescent psychopathology: I. Prevalence and incidence of depression and other DSM-III-R disorders in high school students. 1993 ; 102 (1): 133-44.
3)佐藤 寛,他.一般中学生におけるうつ病の有病率:半構造化面接を用いた実態調査.精神医学.2008;50(5):439-48.
4)石川信一,他.児童青年に対する抑うつ予防プログラム : 現状と課題.教育心理学研究.2006;54(4):572-84.
5)佐藤 寛,他.児童の抑うつ症状に対する学級規模の認知行動療法プログラムの有効性.教育心理学研究.2009;5(1):111-23.


石川信一氏
2001年早大人間科学部卒。03年同大大学院人間科学研究科修士課程修了。05年北海道医療大心理科学研究科博士後期課程を中退,同年より現職。08年北海道医療大にて博士号(臨床心理学)取得。専門は,子どもを対象とした治療や予防における認知行動療法。

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