中村清吾氏に聞く
インタビュー
2010.08.30
【interview】
乳癌診療が培ってきた
患者中心のチーム医療を広める
中村清吾氏(昭和大学教授・乳腺外科学/聖路加国際病院乳腺外科非常勤嘱託)に聞く
近年癌治療は,診断技術の高度化,治療法の複雑化に伴い,1人の患者に対して外科,腫瘍内科,放射線科など,複数の診療科がかかわるようになっています。患者を心身両面から支える仕組みづくりも進み,高い専門性を持った看護師や薬剤師などの活躍の場も広がっています。そのようななか,それぞれの強みを最大限に発揮し,患者に最適な医療を提供するには,チームとしての結束が重要な鍵を握ります。
本紙では,乳癌診療にかかわるあらゆる職種が共通の知識を持つことを目的に書かれた『乳癌診療ポケットガイド』の発行を機に,同書の責任編集を務めた中村清吾氏に,乳癌診療をめぐる最近の動向や,よりよい乳癌診療のあり方などについて伺いました。さらに,聖路加国際病院ブレストセンターで行われている病棟ミーティングを取材。同院の円滑なチーム医療の秘訣をお伝えします。
――まず,先生が乳腺外科を専攻された経緯をお話しいただけますか。
中村 私は学生時代,コンピューターを上手に診療に生かせるような領域に進もうと考えていました。特に人工臓器に興味があり,一般外科で技術を修得してから移植外科を専攻しようと思い,聖路加国際病院に入りました。しかし,日本では移植医療がなかなか進まなかったことから,今後も活発化しないのではないかという思いが次第に芽生えていきました。
当時は,乳癌の手術件数が急激に増加した時期であり,それに伴って乳癌の治療も非常に短いスパンでダイナミックに変化していきました。その乳癌診療の急激な進歩を目の当たりにし,興味が乳癌に移っていったんですね。
さらに,乳癌診療にかかわるなかで,乳癌の患者さんは適切な治療を行えば長生きできることもわかりました。そこで研修医2年目のときに,過去10年間の乳癌手術のデータ,約400人分をデータベース化しました。ここで自分が持っていた情報システムのノウハウを生かすことができたことも,乳癌診療に携わるきっかけになったのかもしれません。
――この間,乳癌の治療は具体的にどのように変わってきたのでしょうか。
中村 私が一般外科のトレーニングを始めたのは1982年ですが,当時乳癌の手術は外科という大きな枠組みのなかの1つに過ぎませんでした。しかも,手術法は腋窩リンパ節郭清という乳房切除術のみだったのです。抗癌薬の種類も限られていて,タモキシフェンという抗エストロゲン薬が術後の再発予防薬として用いられるようになったのは,私が医師になって2年目でした。
その後,1985年に米国ピッツバーグ大学のB. Fisher博士が,「乳房温存手術+放射線治療は,乳房切除術と治療成績において差がない」と“New England Journal of Medicine”に発表しました。これを機に,乳房温存療法が早期乳癌の標準治療として世界的に急速に普及しました。手術も拡大手術から縮小手術に変わり,なおかつ薬物療法をうまく使いこなすことによって,全身疾患である乳癌の治療成績が格段に向上したんですね。私が一般外科のトレーニングを終えたのは,ちょうど日本においても乳房温存療法と抗癌薬,ホルモン薬を組み合わせて治療するという時代に入ったころでした。
薬物治療で癌を治せる時代に
――このように急速に進歩してきた乳癌診療ですが,先生が現在注目しているトピックスはありますか。
中村 従来,癌治療の主体は手術でしたが,現在は治療の1つの選択肢という考え方に変わってきています。化学療法をうまく使うことで最小限の侵襲にとどめ,なるべく非手術の方向に持っていきたいというのが,私の現在のメインテーマです。
外科医としては,手術痕をなるべく目立たなくすること,左右差のないきれいな乳房を残すことなど,Oncoplastic Surgery,つまり形成外科のノウハウを取り入れた手術法にも注目しています。ただ,やはり究極の目標は,手術をしないで薬物療法によって治癒できるようになることですね。
―― 分子標的治療薬などの誕生も,その目標の達成に一歩近づいた部分ですよね。
中村 ええ。分子標的治療薬は癌細胞を選択的に攻撃するので,癌が完全消失する可能性が高まり,副作用も極力抑えられる可能性があります。現在乳癌における中心的な薬剤は,HER2蛋白質を標的とするトラスツズマブですが,それ以外にも細胞内の増殖メカニズムを把握した上で合目的的に作用する薬が多数開発されています。
ただ,それらの薬をどのような組み合わせで使用していくかなどについては,今後の臨床試験の結果が待たれます。また,新薬を患者さんの手元にいかに最短時間で届けるかも,今後の重要な課題であると考えています。
――形成外科的な手術について,もう少し詳しくご説明いただけますか。
中村 私はもともと一般外科において,内視鏡手術と乳癌の手術の両方を専門としていました。内視鏡手術自体が,いかに低侵襲で患者さんに苦痛を与えず,手術痕を目立たないようにするか,という考え方から開発されたものですから,同様の考え方を乳癌にも転用するということです。
ただ,乳癌の手術は,まず画像診断で癌の広がりをきちんと把握し,必要最小限にしこりを切除して乳腺を元通りきれいに修復することが求められます。そのためにはさまざまなノウハウがあり,ある程度の経験も必要なのだと思います。
個々人に適した検診スタイルに
――乳癌検診についてもさまざまな議論がありますが,これから検診のあり方も変わっていくのでしょうか。
中村 乳癌検......
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