医学界新聞

寄稿

2010.08.02

【寄稿】

医学・医療教育は医師だけでするもの?

渡邊洋子(京都大学大学院教育学研究科准教授・生涯教育学)
Danë Goodsman(ロンドン大学クィーン・メアリー校医歯学部上級講師)
柴原真知子(京都大学大学院教育学研究科博士後期課程)
平出敦(近畿大学医学部附属病院救急診療部教授)


医学部の定員増と教育負担

 勤務医の負担が増大して,従来,救急医療や基幹的な医療を担ってきた医師の不足が深刻な状態になってきた。これに対して,医科大学を新設するのではなく,各大学が医学部の定員枠を増やすことによって,医師の増員を図ろうとする政策が進行している。

 こうした施策は,医学教育にかつてない負担を強いている。100名の定員が120名になったことはかつてもあった。しかし,当時と比較して,それぞれの学生に対する教育の負担は著しく増大している。かつてのように講義室を広くするだけでは対応できないのである。学生の増加は,むしろ医療現場で働く指導医たちに重くのしかかっていると言える。どんなに指導医が多忙でも,疲弊していても,やはり医師は医師でないと教育できないのであろうか?

日本の医学教育の担い手の大半は医師

 わが国の医療現場では,長年の間,医師が自ら指導医として後進の指導に携わってきた。現在でも日本の医学教育は,ほぼ医師の手によって担われていると言っても過言ではない。それは本来,当たり前のことなのだろうか? そしてそれは実際,好ましいことなのだろうか?

 指導医となる医師たちは,しばしば医学の専門知識や技能を伝授することが医学教育そのものだとみなしている。そして,それ以外は必要でないものと漠然と信じてきた。そこでは,いかにして学習を推進するかといった教育学の素養は医師自身が経験的にノウハウとして身に付けるもの,ないし一定の研修によって獲得できる技術方法とみなされる傾向にある。

 最近になり,医学教育の「教育」の部分,すなわち教育学の専門領域についても修得することが必要だという認識が,臨床研修指導医講習会などを通じて広がりつつある。しかし,その指導者は,やはり医師である。医師の中から医学教育専門家を養成する取り組みが始まったが,「医療の専門性を持たない」教育スタッフ,すなわち医師でない教育専門家が何らかの形で現場にかかわる必要性や意義は,ほとんど認められていないのが実状である。

欧米での取り組み

 欧米では近年,非医療系のスタッフ,とりわけ一部の教育学専攻者が医学教育の現場で専門性を発揮しており,注目されている。米国では,医療者教育専門職が修士課程で養成され,医学教育を医療系・非医療系の混合スタッフ・チームで行うことが現場に定着していると伝えられる。筆者らがこの2,3年調査してきた英国では,本格的な医学教育改革が始まってまだ日が浅いが,顕著な変化としては,非医療系の教育者がさまざまな形で医学教育者養成に携わるようになった。さらには,医学教育の文系学位コースが設立された点,また医師免許を持たずに教育学の専門家として医学・医療者教育に携わる非医療系教育専門家(Non-medic educationalist)が専任ポストを得るようになった点が注目される。

 以下,英国の医学教育の現場で現在,活躍する非医療系教育専門家が,どのような背景とニーズから生まれてきたのかを概観した後,(1)非医療系教育専門家とはどんな人々か,(2)非医療系教育専門家はどんな仕事を担っているのか,(3)非医療系教育専門家の存在意義は何か,(4)課題と展望は何かについて紹介したい。

非医療系教育専門家の登場

 1993年と2003年に英国のGeneral Medical Council(GMC)が発表したTomorrow's Doctors1)の提言を受け,学習者中心の医学教育への方向転換が図られてきた。また医学教育の潮流として,従来型の専門知識にかかわる講義や実習に加え,問題基盤型学習(PBL),シミュレーション学習,客観的臨床能力試験(OSCE),医学...

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